忘れられない好きな人がいます。
誰でもいますよね。
その人を引きずって私は今まで1人だったのかもしれません。
彼は若い頃からめちゃくちゃもててました。彼女が途切れない位。
今は結婚してますけど、彼の事を好きで泣いてた女の子は私だけではないはずです。
結婚した彼女は彼にとてもお似合いでした。ルックスだけじゃなくて、彼の困難な夢に付き合って行くだけのバックグラウンドを持ってました。

悔しいけど納得したものです。

結構なもて男と付き合って別れると、もてない男と別れた時よりダメージがでかいです。

それは、やっぱり彼らがレアな男だからです。
中々いないからなのです。もうそんな男に出会うのは至難の技だ。。、

そう思うから、みんな引きずるのだと思います。

わたしもかなり引きずりました。

恋愛偏差値低めの私は、彼の奥さんになりたかったですが、無理でした。


ところで、知り合いの研究者と雑談をしている時にこんな話をしました。

自分の子供をオリンピックに出そうなんて思ってる人は少ない。
それはそんな能力なんて無いと思ってるからだ。
大抵の子供にはそんな能力は無いので、この判断は冷静で正しいと言える。
ところが殊、勉強となると話は違う。どの親も「努力」で頭が良くなると思ってるのだ。
冷静に見るとこれも違う。生まれつきの能力があるのは明らかだ。

多分A「生まれつきの能力」➕B「日頃の努力」が目標を勝ち得る力となる。

ところがこのAは、見落としても良いことになってる。これを論ずる事は、一種のタブーとなることすらある。

これを聞いて、ほほーっと思いました。


「努力」は美しいと思う。ただそれが持ち上げられ過ぎているように思うこともある。
それだけではダメな事も多々あるのだ。社会にでたらではなく、学校にかよってる頃からそういう事はたくさんある。それを知る事もかっこよさだと私は思う。

さて話を元に戻す。

恋愛にも『能力』が必要で、それプラス『相性』とかの不確定要素も出てくる。でも恋愛に限っていうとこの『相性』が拡大視されているように思う。だけどそれと同様に『能力』も必要なのだ。それには、年齢や学歴、年収も含まれるかもしれない。
周りを見まわすと、みんな自分に相応しい人を選んでる。それは清々しいほどに、、、。


だから、私たちはもうちょっとだけ、『能力』の部分を拡大視した方が幸せになれると思うのだ。







iPhoneからの投稿