色々なところで、「さすがディズニー!」という感想が多いけど、
全くその通り、「さすがディズニー!」よくもわるくもストーリー展開が
最初から見える。
でもその分、安心していられる、、、のかな?

一言で言うなら「成長の物語」。
そして、私はこの映画がかなり好きである。

目新しいところは、おとぎの国のお姫様が、現代のニューヨークというような
悪の町に迷い込むところ。

ピュアが現実を知る、ってところが、物語の軸かな。

おとぎばなしなんかにあるピュアとか善良って、無知ともいえる。
でも無知であるお姫さまも、とても魅力的でかわいい。

大人になってしまった男の子も女の子も、実は、ピュアのままでいたいとか
って思ってたりするのかもしれない。

そしてピュアとは、失いたくないが、生きていくうえで、いやおうなく失われてしまうもの。
というイメージがある。そして、それは失いたくないのに失うという意味合いが含まれてる。

ここで面白いのは、ディズニーはむしろそんなふうなイメージを定着させるのに、一役
かっているのに、この映画では、それをシニカルに考えているということかな。
むしろ現実派になっているということろ。

現代のニューヨークに生きるのは、おとぎばなしのままのピュアさでは生きていけないし、
まわりの人にはアホとしか思われない。w
アホのまま一生を終えるのも、とてつもなくハッピーだとおもう。
正直それもあこがれるし、おとぎばなしを疑いつつものめりこめるのは、
現実を知らない子どもまでだ。

おとぎばなしのお姫様たちに本気であこがれることはそれ以降はないだろう。

そして、おとぎばなしの中では、姫は王子様に守られるもの、、、というイメージがある。
女性は男性に守られて当然という考え方だ。

○○たるもの、●●して当然、、、という○や●のなかには色々な言葉を入れることが
できて、そしてその決め付けが差別を生み出すと私は考えている。

女たるもの、結婚して当然。
男たるもの、女性を守って当然。

などなどの考え方だ。

そして、おとぎばなしの多くが、古い時代に作られたもののため、こういう道徳観
が根強く反映されている。

それを否定するものではないのだが、でも結局、現代となっては古い考え方だと思う。


ここからネタバレです。。


この映画で、最後の方、姫は、自分がニューヨークで好きになった弁護士を
救うために怪獣と戦う。

そして、弁護士のモトカノは、王子とくっついておとぎの国へ。。。
誓いのキスのときに、モトカノは、自分からキス。

いかにも分かりやすい、現代風な「関係」で、リブを表現しているように思えるが、
でも分かってるけど、今言うことの意味、というかそういうのを感じずにはいられなかった。

あ、でも制作者はリブとか、考えないで、現代の男女の関係を描いているのなら、
なんか少し幸せな気分になるのだ。


とにかく、アメリカ映画で久しぶりに見て、とてもハッピーになった一本でした!