子どもとママを応援するAmulet☆ゆう -2ページ目

子どもとママを応援するAmulet☆ゆう

学校で「先生」やってます。でも教員ではありません。
「困っている子」をフォローするお助け先生。
色々試行錯誤していましたが、しばらくは日々感じたことをあてもなく綴っていこうかなと思っています。

こんにちは、ゆうです。

今日もありがとうございます。


ひまわり ひまわり ひまわり ひまわり ひまわり ひまわり ひまわり ひまわり


かなり間が空いてしまいました。

物事を3週間続けると「習慣」になる、と言いますが、書くことは好きなはずなのに、なかなか習慣にはなりませんね、ブログ。

どうもスマホでブログを書くのが苦手です。

パソコンで書いていた時代は、それこそ3年間1日も休まずに更新していたものですが。




Bさんとのその後。

貸したまま返して貰えずにいるものが何点かありました。

LINEは二度と開きたくなかったので、手紙で請求した記憶があります。

貸しているものがみっつありました。

そのうちのひとつは、縁を切ったその年のうち(正確には年越した元旦に届いた)に返してもらいましたが(ご丁寧に菓子折まで同梱されていた)あとのふたつは「もうしばらく貸しておいて欲しい」とのこと。

そしてさらに「返却し終わるまでLINEはブロックしないで」と言われました。


リストから削除はしましたが、ブロックはしていません。

でも三年経った今でも返却されていません。

3度、催促の連絡をハガキでしました。

なんの応答もありません。

生きているのか死んでいるのか、住所のところに住んでいるのかすら分かりません。


もう一度ハガキで連絡をし、次は内容証明を送るよと、通告しようかと思っています。


そろそろBさんの話は終わりにしたいのですが、学んだことも色々あったので、次はそれを書きたいと思います。



こんにちは、ゆうです。

今日もありがとうございます。


イルカ イルカ イルカ イルカ イルカ イルカイルカ イルカ


Bさんとの日々は、振り返ると思い出したくないことばかりです。

いろんな強要がありました。


電話は毎日すること。

誰かと出掛けるときは必ず言うこと。

電話出来る時間に帰宅すること。

友達と2人で個室で食事するな

ご飯食べてる所を写真に撮って送れ


ほかにもほんとに色々色々言われてました。

まるで恋人かのような束縛。

恋人であってもこれは嫌になるレベルだと思います。


黙っててもバレない程度のことは私もスルーしてましたが(個室で食事するなとか)まだコロナ前のことなので、大盛り上がりだった久しぶりの友人たちとの飲み会も、1人だけ早く抜けたりしたこともありました。


そして、その束縛を私が抜けられなかった理由…。


度重なる家出、自殺未遂などがあったからです。


Bさんは夫婦仲も良くなかったので(このあたりはデリケートな話なので避けますが、ちょっと異常でしたね、今思うと)ご主人と喧嘩しては家を飛び出し、私に当たり散らしてはその後音信不通になったり。

体調不良で飛び出して、倒れて救急搬送、その後病院から逃亡、といったこともありました。


病院から処方された薬を一気飲みしてみたり、背後にそんな脅し行為があったので、私も離れられなかったのです。


ほんとに異常な日々でした。

渦中にいるとその異常さが普通になってしまう恐ろしさ。


離れられたのは、ほんとにちょっとしたきっかけでした。

さんざん私のことを縛って、たくさんの時間と金銭を浪費させ、あっという間に鞍替え?といういらだちもありましたが、そんなこと言ってもなにも返ってくるものなどないので、これをいい機会にと、私は連絡を断ちました。


Bさんの最後のLINEには、これでもかというほど口汚く私を罵る文章が綴られましたが、私はそれを相手にしませんでした。

いちばん最後に「ごめんなさい」というのが届きましたが(なんで謝られたのかは忘れました)それは今でも未読のままです。



こんばんは、ゆうです。


今日もありがとうございます。


ハイビスカス ハイビスカス ハイビスカス ハイビスカス ハイビスカス ハイビスカス ハイビスカス ハイビスカス


連載始めてから、ありがたいことにフォロワー様がジリジリ増えているのですが、確認すると特にいいねをつけてくださってるわけでもなく、私が書いているものと同ジャンルのブロガーさんでもない。

……不思議です。

アクセス数も多くないブログ、どこから飛んでいらっしゃってるのでしょう?





更新がちょっと空いてしまったのは、今回の内容をどう書こうかと迷っていたからです。


ちょうどAさんとの連絡が途切れた頃、Bさんと出会いました。

当時私が書いていたブログの読者さんでした。

ブログを読んで、この人なら助けてくれると思ったようで、日に何度もコメント欄にコメントを入れてきました。

あまりにも多すぎたので、返信するのにわざと時間をあけたりしたのですが、返信がなくても送られてきたり…。


 あとから改めて振り返れば、その時点で情を出してはいけなかったことは明らかなのですが、彼女の背景にあるものに興味があったのか、Aさんを支えきることができなかったことへの自分の悔いだったのか…。


住んでいたところがものすごく遠くはなく、でも近くはない距離でした。


Bさんもその時たまたますごく弱っていた時期だったのもあって、私たちは会う約束をして…それから約3年間、月に数回、私がずっと会いに行く形をとっていました。

Bさんには小さい子どもがいて、子どもが出かける時間と帰る時間を考えると、私が動くのがいちばんいい方法だったからでした。



Bさんもいわゆる「毒親」に育てられた人で、暴力も受けてきていました。

下にきょうだいがいたのですが、そちらは溺愛され大事に育てられた中、Bさんだけが酷い扱いを受けていたようでした(でもきょうだいの仲は良かったようです)


会って話を聞くようになり、最初のうちは穏やかだったのですが、だんだん私に支配的な態度を取るようになってきたのでした。