雨が、降っている。
ひっそりと、気遣うかのように、雨が降っている。
雨はしっとりと地面を濡らし、木々の香りを一層強くさせた。
空の色は茜から藍に変わりつつあった。
森の向こうの館の屋根からは薄い月も出ていた。
その館が、彼の目的地だ。
榊 祐一朗(さかき ゆういちろう)は、傘を差そうか悩みながらも歩いていた。
人目を避けるかのように森の中に建つ館は、遠かった。
最寄駅からバスで揺られる事30分、降りてからもう15分以上経っている。
かろうじて舗装されていた道は、数分歩いたところから砂利道に変わっていた。
その間も、雨は降っている。
頬を湿らす程度の霧のような雨の中に、時々ぽつりと涙みたいな雨が交じる。
スーツをクリーニングに出したばかりだったので、傘を差そうかとも思った。
だが裾がもう泥で汚れてしまったので、諦めた。
こんな山奥に彼が住んでいるせいだ、と榊は少し嫌になった。
木々の合間からようやく見えた洋館を、恨めし気に睨んだ。
そうも言ってられないのだが。
何せ、榊はこれからこの館に通わなければならないのだ。
榊はこの日から、館の主に雇われるのだから。
教会のような古びた大きな洋館にただ一人で住む男に。
これからは絶対に車で来よう、そう心に決めた。
結局傘を開かないまま、館の扉の前までたどり着いた。
大きな木製の扉には、ステンドグラスがはめてある。
派手すぎない装飾のライトや置物があるが、インターホンが見当たらない。
スーツの水滴を払いながらきょろきょろ探していると、館の中から音が聞こえた。
かすかに聞こえる音は、よく聞くと旋律を成していた。
一呼吸置いたあと、ピアノの音だと榊は思った。
雨だれのような、寂しげで透明な、音色だった。

