この日は別の新たな先生で、ユキちゃんの計らいで南インド料理に精通したインドでは有名な先生のご自宅を訪問することとなった。
もちろんクッキングクラスが開かれる。ユキちゃんや大ちゃんもかなりの情熱を持って勉強し、確かな経歴を持っているがそれを凌ぐ大先生と言う。
例えるなら、
ユキちゃんは小林幸子、大ちゃんは山本ジョージ、僕がのど自慢大会地区選抜とすると、今日の先生は、北島三郎…と言えば伝わるだろうか。
そして今日は氷川きよし的な甘いフェイスのトヨ君(初対面)がパーティに加わり、4人での参加となった。ユキちゃんの前情報によると、割とスパルタな先生らしい。
先生のお宅にお邪魔すると、本当に北島三郎の家のような大邸宅だった。一同が見惚れていると、先生がドアを開けて出迎えてくれた。
玄関から広間を越えてキッチンに入ったところで、最初に異変に気が付いたのは、このパーティーで1番英語力のあるユキちゃんだった。「あれ…もう始まってるね…レッスン始まってるっ!!!」天気の話でもしてるのかと思いきや、キッチンルームに入るやいなや、先生の説明が始まり出した。僕のたちは荷物を肩にかけたまま、慌ててメモを取り出し、臨戦態勢を取った。
これはゴングが鳴ってないのに、試合が始まったどころではない。リングに上がる前の控え室で、いきなり試合が始まった。そのくらいの出来事だった。
質問の隙間がない、話しかけても反応がないときすらある、それだけ教えることや作る事に集中しきっていた。
時々「This...This....like this...」と見せてくれる、語気は強く、曖昧さがなく、伝えようという意思がはっきり伝わる。僕はしばらくしてから鞄と帽子を椅子に置いた。無論そのわずかな間も止まることなく説明は続き、とにかくパワフルでノンストップだった。
北島先生のレッスンは、大きなセンターフライを打ち上げたかと思うと、次は送りバンドを転がしてくる。
かと思えば強烈なピッチャーライナーが飛んでくる。そんな学びの1000本ノックだった。一瞬たりともぼーっとできない、レッスンが終わる頃には僕らはヘトヘトだった。かなりの集中力を要する。
2日目もこんな具合にレッスンが続いた。
この日は玄関のドアを開けて、入ったところからレッスンが始まった。この時もいちはやくユキちゃんが察知し、臨戦態勢を促した。
ただこれを反則だと感じないのは、その溢れるほどの教えたい、伝えたいという情熱を感じるからだった。先生はエネルギッシュに話し、一心不乱に作って見せて、説明を捕捉してくれた。
もはや口内炎を気にしている自分はここには居ない。
完成した料理はとても美味しくて、この3日間はとても良い経験になった。いろいろ気がついたことや、試してみたい手法も見つかった。帰国後の試作が待ち遠しい。
完成した料理
美味しいお店を調べては、メモを取ったり、めぐる計画をたて、ネットのサーチ網を広げて食べ歩いてきた。
本場の味を舌や脳に、そして心に残すことはとても大事なことだ。安いものも高いものもいろんなランクのものを食べてみて、インド料理の味のバリエーションや巧さに驚きの連続だった。
そしてついに、そのタネ明かしとも言える料理教室の日を迎えた。
僕はたまたま旅が重なった友達と合流し、この日に臨むことにした。1人は関西で南インドの料理教室を営むユキちゃん。1人は京都で有名南インド料理店を営む大ちゃん(ほぼ初対面)。遠く離れた土地での再会は感動だった。
初日は、僕の滞在宿の近くで自宅教室を開催されている先生。とても優しい雰囲気で歓迎してくれた。和やかに始まったクラスだったが、僕にとっては試練の日となった。
まずは英語がわからない。単純な会話とは訳が違い、より複雑な会話が飛び交っている。それに料理名はヒンディー語、材料の名前はタミル語や英語、それが入り混じっての会話が飛び交っている。そして、僕は南インド料理に関しては、かろうじてにわか知識を持ち合わせた、ほぼ初心者だった。
テーブルテニス(卓球)と、テニスが違うように、カレーやスパイスの心得があるからといってインド料理(その中でもとりわけ別の食文化をもつ南インド料理)に役立つ知識や素養があるとは言い難く、通用しない。
こんな当たり前の事を、わかってはいた事を、まざまざと味わう事となった。せいぜい出てきたスパイスの形を見てわかるものがいくつかある程度だった。
他の2人は、ついていけている。大ちゃんに至っては、「僕も英語苦手でぜんぜんわかんないんで…」と話していたのに、先生の説明に頷き、先生のジョークに笑っているではないか。大ちゃんの嘘つき。
僕はついていけなかった。沸き起こる、心地悪い感じ。「あぁ…これは劣等感だ」
運転免許を取りに自動車教習所に行ったら、レーサー達がそこには集まっていた。
そんな感じだった。
僕はぜんぜんついていけてないし、言葉はわからないし、メモもぐちゃぐちゃになってきた。ヤバイヤバイ、自分は何しにきたんだ。焦りと劣等感が僕を飲み込んでいった。
僕はメモを取りすぎるのを、少し落ち着かせた。
字も乱れている。
ダメなりに何か吸収できないか…
僕は先生の目を見て話を聞き、作業を注意深く見る事にした。落ち着いてもっと集中しよう。何か少しでも質問しよう。
英語はもう仕方がない、どうしようもない。焦っても何も良くならない。知識も急に増えない。劣等感だって、誰も僕をバカにしていない、あなたは劣っていると言う態度をとる人もどこにもいない。自分が勝手にそう感じているだけだった。これは自分が作っている事だ。この貴重な時間に集中しよう、目の前のことに専念しよう。
焦りや劣等感やどうしようもない事に気を取られている場合ではない。それらを気にしても、いいことなんて1つもない。
口の中の口内炎が気になってレースに集中していないなんて良い結果が出るはずもない。
今の僕はまさにそんな状態だ。焦りや劣等感なんて口内炎と一緒だ。僕はそれをすぐに捨てることにした。今できる事に集中しよう。
僕は先生に質問した。
この材料の名前は何か?なんの料理か?聞き取れないのでもう一度プリーズ…、がむしゃらに頑張るしかない…。
程なくクラスは終わった。僕に至っては教わったというより体験したと言った方が正しいかもしれない。
部屋に戻ると、言葉を調べたり、メモの整理やレシピと写真を見ながらイメージを整理した。100本のノックの内、掴めた球は10球にも満たないかもしれないが、それでも掴んだものを確かなものに変える必要がある。
かなり疲れた1日だったけど、胸の内にはイメージが残っていた。これがあるとないとで大違い。
ベッドに伏せて重くなった体と、小さな兆しを感じていた。
初めてみる食材もチラホラ
インドへ着いた!
正直今ちょっとまいっている。
事件が多すぎて、つぶさに書き記すことが出来ないが、ダイジェストでいうと…
・関空への電車乗り遅れる
・マレーシアに夜に着いたのは良いけど、乗り換えのインド行きへのフライトが8時間も遅れていることにここで気づく
・マレーシアの現金リンギットがATMから引き出せず苦戦
・お腹減る
・なんとか銀行見つけてキャッシング成功
・空港内のバーガーキングで朝まで探す、仮眠
・翌朝、遅延理由を確認するとインド政府が全ての飛行機をキャンセルしたとの事
・チェンナイ(インド)行きの飛行機の出発2分前に、飛行機に乗れていないことに気がつく
・高島政伸に似たマレーシア人(空港スタッフ)と、マレー系美女(一般人)に助けられて無事に搭乗
・チェンナイ空港へ初めて降り立ち、シナモンぽい香りがした
・オートリキシャ(タクシーみたいなもの)でチェンナイ市街地へ、運転が荒いのと、景色がどんどん荒廃した風景へと変わっていく…不安
・あてにしてたホテルその1は刑務所のお風呂みたいな部屋で却下
・あてにしてたホテルその2は超素敵な部屋でチェックイン
・なんとかホテルには泊まれた!(予約なしで来てドキドキ)
・わまりにキャッシングできるATMがない
・プリペイドSIM(インドでスマホのデータ通信可能にする為)を探すけどどこに行っても、"ない"というリアクションされる
・カードOKの店で、なぜかクレジットカードが使えない(普通のVISAカードなのに、このカードはダメ)というリアクションされる
・心折れる、スマホの充電が減りまくり(オフラインでも地図は見れるので街を徘徊はできた)で不安になる。
・体力尽きて、ホテルに戻る
・今夜は食事なしでもう寝よう…という気持ちになる
・仮眠
・起きて思い直し、地球の歩き方、激読みする
・レストランで食事、清潔で女性も安心と書いていたレストランに行ったけど、古いデパートの社員食堂みたいなとこで、もうなんでもいいわーという気分になる(ここでもやはりカードはNGと言われた)
・帰って寝る
・現地通貨の残りは空港で換金した2600ルピーのみ
今朝やっと、ホテルのおじさんにFree Wifiのパスワードを聞き出して情報を調べまくっている
日本円の残りは7万円、カードを使っての現地通貨のキャッシングでしのごうと考えていて、円は保険的に所持している。カードでキャッシングが出来ないと、残りの旅がかなり厳しいものとなる。





































































