武士道とは死ぬことと、見つけたりと言うフレーズで、有名な「葉隠」を読みました。

以前から気になってはいたのですが、これまで読むことなく過ごしてきました。

 

といっても現代語訳された抄本です。

本の表紙には131分で読めるなどと書いてありますが、

平易な言葉で現代語訳されているためか、

倍の時間はかからなかったように思います。

 

固有名詞があれこれ多く出てきますが、註や系図が用意されており、

ほぼ、つまづくことなくサラサラ読めました。

 

読んで初めて知ったのですが、この本は一人の著者が、

戦場で命のやり取りをする武士の心構えを武士道論として、

「葉隠」と言うタイトルをつけて書いたもののように思っておりました。

 

ところがこれは平和な江戸中期、

佐賀の鍋島藩の役職にあった山本常長(じょうちょう)が隠棲の後、

その常長に教えを乞いに訪ねた田代陣基(つらもと)に、

あれこれ語ったものを陣基が、聞き書きとしてまとめた

11巻にも及ぶ長い書物だと知りました。

 

私の読んだ現代語訳は、抄本であり、

全体を網羅したものしたものではありません。

 

ほとんど原文が載せられていないので、

原著がどのくらい格調高い文章なのかは分かりません。

ただ抄本とは言え全体がわかるように、

全巻の項目が載っており、おおよその見当はつくような構成になっています。

 

それによりますと死を前提にした強烈な生き方を説くのは、

最初の一、二巻であとは歴代藩主の年譜や、

言行録のようなエピソード集のようなものらしい。

 

また酒の飲み方や、叱り方、など「勤め人としての武士」

の処世を丁寧にアドバイスしているような項目も目につきます。

 

聞書第一(第一巻)の初めに、いきなり

「武士道と云うは、死ぬことと、見付けたり」のフレーズが出てきて、

え、もう結論が出てくるのという感じを受けます。

 

また「武士道とは死に狂いなり」や

喧嘩の仕返し殺法などの血の気の多いフレーズの間に、

宴席での振舞い方の注意や

あくび対策などビジネスマナー本かと思われるような項目もあります。

 

実際にこういう話を、

ごちゃごちゃに一緒に聴かされたら、

リアクションに困るのではないでしょうか。

 

読みやすくさらっとかかれた訳文のせいか、

50代の隠居した爺様が30代の聞き手に、

「ちかごろの若いものは、なっていないねえ」的な、

話し方をしているように感じるところもあります。

 

生真面目に思い込みやすい年代に読んだなら、

あるいは座右の書としていたかもしれません。

残念ながら元来ダメ武士の典型のような私には、

極端な思想を受け入れる素地が無かったようです。