「緊急事態宣言」対象地域が全国に拡大され、まだまだ続く外出自粛。
家でテレビを見ていると、最近AC(公共広告機構)のCMを多く見るようになったと感じませんか?
CM総合研究所の調査によると、業種や表現によって出稿を控えたCMが増え、私たちがACのCMを目にする機会も増えたようです。
新型コロナウイルスの感染拡大にともない、テレビCMにも大きな影響が表れています。
CM総合研究所が4月16日に発表したレポートによれば、政府が小中学校などに対して臨時休校を要請した2月27日を境に、ACのCMが急増したというそうです。
4月1日、2日の東京の民放キー局での放送回数はそれぞれ111回、118回を数え、翌日からは一旦減少したものの、政府が7都府県を対象に緊急事態宣言を発出した7日には再び増加に転じました。
なぜ、緊急事態が起こるとACのCMが増えるのか?
同じ現象がよりはっきりと表れた2011年の東日本大地震を例に説明すると、このとき民放各局は、3月11日の地震発生時より3日間はCM無しで報道特番を放送したが、4日目にはほとんどの局が通常の番組編成に戻りました。
しかし、各番組のCM枠を買っていたスポンサー各社の約8割は自社CMの放映を自粛したため、多くのCM枠が空いてしまいます。
そこで民放各局は、局側の自由裁量で流すことのできるACのCMで穴を埋めたのでした。
例えば、「キューピー3分クッキング」(日テレ)は、キューピーがスポンサーを一時的に降板したため、単なる「3分クッキング」になってしまいました。
「水戸黄門」(TBS)は「パナソニックドラマシアター」のオープニングキャッチが流れず提供なしの扱いとなり、CMの半数以上はACのCMとなり、本来のスポンサーであるはずのパナソニックのCMはサービスの問い合わせになっていました。
今回もおそらく同様の対処がとられているのでしょう。
先のレポートでも、《東日本大地震発生直後ほどの大きな影響はないものの、業種や表現によっては出稿を控えたCMが多かったことがうかがえる》と指摘されていました。(CM総合研究所「新型コロナウイルスとテレビCM」)。
地震直後には、ACのCMがあまりに繰り返し放送されるので、嫌気の差した視聴者からクレームも殺到しました。
また、CMに出てくる表現が時節柄ふさわしくないとのクレームを受け、途中よりAC側からテレビ局に放送自粛を要請した作品もありました。
結果的に地震発生から3週間を経て、ACで放送可能なCMは4本にまで絞られました。
そのなかには、人間どうしのコミュニケーションの大切さを童謡詩人・金子みすゞの作品を用いて問いかけた「こだまでしょうか」や、「ポポポポ~ン」のフレーズが話題を呼んだ「あいさつの魔法」といったキャンペーンが含まれ、ひときわ私たちに印象を残すことになりました。
今回のウイルス禍は経済にもダメージを与えているだけに、今後は、広告費削減でCMの出稿を減らす企業が続出することも予想されます。
そうなるとACのCMはさらに増えるのではないでしょうか。
そもそも、AC(公共広告機構)はどんな組織かというと、国の機関と誤解している人もいるかもしれません。
だが、ACは民間の組織(公益社団法人)で、公共広告を通じて、よりよい市民社会の実現をめざして活動を行っています。
その会員社には、新聞社や放送局、広告会社のほか、多くの一般企業・団体が名を連ね、個人でも年会費6000円を払えば会員になれます。
ただし、個人会員は正会員ではないので、社員総会への参加資格はありません。
すべての運営は会員社からの会費で行われ、公的資金は一切受けていません。
CMも放送局が無償でスポット枠を提供する形で放送されています。
ACのCMは地上波だけでなく、BS、CSでも流れます。
なお、ACとは公共広告を意味する「Advertising Council」の略です。
ACのCMには、意欲的なクリエイターがこぞって制作に参加しているというそうです。
それだけに印象深いものが多くあります。
たとえば、1982~86年にかけて放送されたアニメによる「日本昔話」シリーズは、先述の「あいさつの魔法」にも影響を与えました。
このシリーズは、テレビアニメ「まんが日本昔ばなし」(毎日放送)に声で出演していた女優の市原悦子さんと俳優の常田富士男さん(ともに故人)を起用し、昔話風の物語を通して子供たちに生活習慣などを見直させるというものでした。
その第1作「もったいないお化け」では、子供たちが好き嫌いを言って食べ残した野菜などが夜中に化けて現れ、「もったいない~」と恨めしそうに連呼し、当時の子供たちに強烈な印象を与えました。
同時期には校内暴力やいじめなど教育現場でさまざまな問題が起きており、ACでもさまざまなキャンペーンが展開されました。
1984年には、青少年向けの悩み相談窓口の広告にプロ野球・近鉄バファローズの300勝投手・鈴木啓示氏を起用、そのキャッチコピー「投げたらアカン」は、翌年の新語・流行語大賞(流行語部門・大衆賞)を受賞しました。
ACのキャンペーンから新語・流行語大賞を受賞した言葉にはほかにも、2000年の同賞トップテンに入った「ジコ虫」があります。
自己中心的で他人に迷惑をかける人たちをそう名づけたこのキャンペーンは前年の1999年より始まり、説教っぽくなりがちなマナー広告をユーモアで包んで好評を博しました。(公共広告機構編・発行『社団法人公共広告機構 設立35周年記念作品集 公共広告の35年』)
2005年からはNHKとの共同キャンペーンがスタートし、資源リサイクルを呼びかけるキャンペーンでは2006年にAKB48、2007年にPerfumeが起用されました。
いずれのグループもブレイク前で、なかでもPerfumeはCM中で披露した楽曲「ポリリズム」がヒットし、一挙にスターダムへと躍り出ました。
ACが災害時において緊急キャンペーンを展開した初めてのケースは、1995年の阪神・淡路大地震でした。
このとき、被災者を励まし、ボランティア参加を呼びかけようとCM作成が決まり、制作日数5日間、震災発生から2週間後には放送にこぎつけました。
そこでは「人を救うのは、人しかいない。」というキャッチコピーのもと、全国向けには僧侶・作家の瀬戸内寂聴さんと数学者の森毅さんがそれぞれメッセージを発した2篇が、関西地区では被災地の様子を撮った「井戸水篇」「ボランティア篇」「ファイト篇」と題する3篇が放送されました。
このうち「井戸水篇」では、屋外の水道の蛇口に貼られた「水 自由に使って下さい」という紙が映し出され、「水、出るよ、水。持ってって。せやけど生で飲まんといてな。ポンポン(お腹)壊すよってに」と関西弁のナレーションが繰り返されました。
東日本大地震でも、発生した3月11日にはちょうど来期の新たな公共広告の最終決定が行われており、東京事務局に集まっていた役員や会員はその夜、泊まり込みで臨時CMをつくる相談をしたというそうです。
このあと、全国の広告制作者も自主的に声をあげ、アイデアの検討を経たうえ、地震発生から8日後の3月19日にはまず、「みんなでやれば、大きな力に」などといったメッセージを文字で流すCMの放送が始まりました。
さらに23日以降は、「サッカー篇」「日本の力を、信じてる篇」と、それぞれ海外で活躍する日本人サッカー選手、SMAPとトータス松本さんがメッセージを送るという具合に、震災臨時キャンペーンが展開されました。(『CM NOW』2011年5月号)
こうした地震発生時の迅速な対応を見ると、今回のウイルス禍でもACは何らかのメッセージを送るのかもしれません。
しかし、地震のときとは違い、今回は制作しようにも、ウイルスの感染拡大防止策として外出の自粛が呼びかけられている以上、スタッフや出演者を集められる状況になく、実現するには、これまでにない制作方法を見つけないといけないでしょう。
また、メッセージを送るにしても、どんな内容にすべきなのか。
じつは東日本大地震のときには、先述の臨時キャンペーン以降は、とくに被災地に向けてエールを送るようなCMはつくられませんでした。
これについてACの草川衛専務理事(当時)は、《そもそも「がんばろう」と行動を促したり、国民に何かを頼んだりするのは政府広報の役目。ACの広告は、「こうすれば、世の中が少し良くなるのでは?」とさりげなく心に訴えかけるものだ》と説明していました。(『日経トレンディ』2011年6月号)
とすれば、ウイルス感染を防ぐため注意をうながすなどといったことも、ACの役目ではないでしょうか。
現在の状況が5月の大型連休明け以降も続くことになりそうで、ACのCMはまだ多く流れそうです。
ウイルス感染者に対するバッシングは国内外で起きており、外国人や高齢者、生活保護を受けている人たちなど社会のマイノリティや弱者に対する差別的な言動も目につきます。
残念ながら、この状況が長引けば長引くほど、人々の不満は強まり、それをぶつける対象を見つけては攻撃するということが繰り返されそうな予感があります。
それを防ぐためにこそ、ACは広告技術を活かし、マスメディアの持つ力を最大限に発揮してメッセージを発するべきでしょうか。
ACのこれまでのCMを振り返ると、一連のマナー広告にせよ、覚醒剤撲滅キャンペーンや、児童虐待の防止を呼びかけるキャンペーンなどにしても、どちらかというと個人の行動を問うものが多かったが、いまや自己責任が声高に叫ばれ、そのために社会的に追いつめられてしまう人も少なくありません。
こうなると、ACのCMも方向を転じざるをえないのでしょうか。
とたとえば、薬物中毒者の社会復帰を支援したり、児童虐待が起こる社会的原因(いわゆるワンオペ育児の問題など)を追及したりといった形で、キャンペーンを展開する方法もあると思われます。
社会から取りこぼされそうな個人をフォローしようというキャンペーンは、これまでにもなかったわけではありません。
たとえば2001年にBS放送を中心に放送された「IMAGINATION」と題する作品は反響を呼び、アジア太平洋広告祭でグランプリを獲得するなど高く評価されました。
スタッフのひとりが体験した実話をもとにしたというこの作品は、90秒という長尺で、次のようなストーリー仕立てになっていました。
ひとりの少年が学校の図画の時間に、画用紙を一面真っ黒に塗りつぶしていました。
少年はその後も、何枚もの紙を黒く塗り続け、両親や教師ら周囲の大人たちを心配させ、医師の診断で入院までさせられるのだが、それでも一向にやめません。
やがて教師がふと気づいて、少年の塗りつぶした紙を広い場所でつなぎあわせていくと、大きな鯨の絵が浮かび上がる。ラストでは最後の1枚が置かれ、絵が完成するのでした。
このCMが発したのは、「子供から想像力を奪わないでください」というメッセージでした。
しかし、それだけでなく、自分とは物の見方や資質、境遇の違う人も認めようだとか、物事を部分的に切り取って見てはいけないといった意味も含まれていたようです。
いまのような状況下では、一見ネガティブに見えるものも、時が経てばいずれポジティブな方向に転じるという希望すら見出してしまいます。
いかに社会から取りこぼされる人を出さずに、この危機を乗り越えるのか、それを私たちに考えさせ、かつ勇気づけてくれるCMを、ぜひ、ACには作ってもらいたいと思います。