W杯中の為、工作は断念。

記事は行き帰りの電車の中での構成。

 

 

 

航空母艦葛城。アオシマの旧キット。
1973年発売のプラモデル黎明期のレジェンド。
プレミアが着いてもおかしくない、と個人的には思うところではあるが、800円で連れ帰った。
 

sidennkai様にご教示いただき、クラッシュバリケードが取り付けられた部分の甲板拡張部分、墳進砲スポンソン前側の射撃式装置スポンソンの追加をしている。

ここまで来て、自分自身も知らなかった壁にぶつかる。

塗装後、の話になるが。

 

まず葛城の墳進砲。

葛城のものは、28連装の可能性が高いとのことだが、30連装という資料が多く存在する。

AIに調査させるとジェミーで30連装、チャッピーで30または28連装という回答が返ってくる。

 

私には根拠が判らないのでチョイスしようがない。

そもそも現在ロケットランチャー自体モールドだ(笑)

 

もう調べると時間かかるので、個人的に可能性の高いと判断する28連装としておく。

 

最新研究は殊葛城に関しては近年進んでいる様だ。

 

 

 

 

そして本題はここから。

 

 

 

 

葛城専用武装である、89式12.7cm連装高角砲B1型についてだ。

 

葛城の高角砲は、最後期型のB1型もどきという専用なものなのだそうだ。

 

早速アフターパーツが出ているのかを確認したのだが。

 

残念ながらインジェクションを始めとして、レジン製でも商品が存在しないことが判った。

なら葛城のアオシマ、フジミの新キットはどうなのだろうか?

 

当然A1型という嘘部品で誤魔化されている。

しかも共通部品ランナーのようだ。

 

89式12.7cm連装高角砲B1型とA1、A2型とどの程度異なるかというと、一番大きな差は幅だろう。

 

↑著名なA型(大和に搭載された型) 模型始めたなかりの頃の拙作(2021年だからマットが綺麗)。

 

↑最後期型のB1型 幅が広いようだ。

 

その差異は調べていないので判らない。

 

やっかいなのは、葛城搭載のものは完全なB1型ではないということ。

つまり葛城専用の高角砲なのだ。

 

これはやっかいだ。

 

外見が結構違うので、自作するか・・・・

 

一番近そうな形はピットロードのアフターパーツの改造と見たが、このキットの為にそこまでやる?

であればわんさかあるWLシリーズのタミヤのアフターパーツ改造する方が早いか。

 

6個作る気力あるなぁ。

 

まさに最大の障壁になってしまった。




では。
お休みなさい😴💤



Operations research
艦橋部品の整形:
・基部の部品前張り出し甲板の整形✔
・電探室階のキャットウォークの再現✔
・後部主檣旗流甲板の謎の張り出しを切除✔
・羅針盤階の構造物より基部の幅を詰める✔
・羅針盤艦橋の後部露天部分における分厚いブルワークを切除✔
・醜い窓モールドを切除してエッチングパーツに取り換え✔
・羅針盤階の構造物を、下階構造物よりも前方へ張り出す様加工✔
・部品をカットして張り出し甲板に突き出る構造物を再現✔
・2k信号灯基部と2k信号灯の取り付け✔
・手すりはエッチングパーツ✔
・30㎝赤外線探照灯基部の取り付け✔
・アイランド基部の増補✔
・葛城にしか見られない特殊形状な基部と対空13号レーダーの自作✔
・22号水上レーダーの基部と本体の取り付け✔
・メインマストのトラス構造の自作✔
・メインマストへ対空13号レーダー取り付け✔
・踏み台の自作取り付け✔

・黒板の自作取り付け✔

・25mm単装機銃の取り付け

射撃指揮装置スポンソンと水面見張り所の作成:
・甲板からの張り出し部分を拡張した上に載せる✔
・スポンソンで支えるようになっているので自作✔
・舷側キャットウォークの自作✔
・ボートデッキの自作✔
・一部のスポンソン支柱基部、支柱の自作✔
・電子戦用赤外線通信機、二式哨信儀全受器の自作と取り付け
・セットな二式哨信儀の発哨器はどこについていたのか確証が無い
・80㎝探照灯の取り付け✔
・25mm単装機銃の取り付け

羅針盤艦橋階、及び露天艦橋階のブルワークの作成:
・高さは均一化する為に、プラストライプを使用✔
・問題は遮風板 >必殺プラ板切り出し合わせ技工作✔

羅針盤艦橋構造物前面の水密扉、側面における水密扉:
・エッチングパーツ使用

船首形状の修正:
・艦首機銃台座支柱の自作✔
・射撃式装置台自作と射撃式装置の取り付け✔
・菊花紋章取り付け版の自作✔
・フェアリーダ大の自作✔
・エッチング手摺の取り付け✔

艦尾スターンデッキの形状修正:
・フラット維持の支柱調整✔
・艦尾上甲板と格納甲板延長部、飛行甲板の支柱自作✔
・フェアリーダ大の自作
・エッチング手摺の取り付け
 ・内火艇の設置


飛行甲板の修正:
・艦尾着艦識別モールドの切除✔

・飛行指示白線モールドの切除✔

・木甲板モールドの切除✔

・エレベータの差し込み✔

・クラッシュバリケード部分の甲板拡張✔

・墳進砲スポンソン前側の射撃式装置スポンソンの自作追加✔



 

 

 

◎葛城で帰還した漢達の慟哭物語
 

旧帝國陸軍第5師団は旧廣嶋で徴兵された兵士を中心に構成された部隊が数多く含まれる。

特に、独立混成第38旅団は、昭和19年廣嶋市内(宇品)で編成され、南太平洋のブーゲンビル島や、ファウロ島などへ派遣され、この地域で終戦を迎えている。

独混38旅団の陸軍兵たちは、帝國海軍第82、87警備隊などの生き残りと共に、第1陣として、航空母艦「葛城」で帰還することになる。(※厚生労働省、アジ歴公開資料より)

待ちに待った本土への帰還。

南方から帰還する第5師団の兵士たちは、自分たちを迎えに来た航空母艦「葛城」を見て泣いた。

これで廣嶋に還ることができる。
皆泣いた。

エンジン音を轟かせ、近づいて来る巨大な葛城の艦影を見て、おーい、おーい!と心の中で手を振った者も多かったであろう。

葛城を見て、ようやく還る実感が湧いてきた者も多かったはずだ。

葛城に乗船する際、訳も説明されずにマスクが配布される。
南方に送られてくる時にそんな配慮は無かった。

決死の覚悟、生きて日本へ戻ることの無い覚悟をして南方へ来た。

こうして日本へ、廣嶋へ還ることができることは表情には出さないものの、誰もが内心喜んだ。

 


葛城は、現地を1946年1月26日に出港して内地を目指した。


長い船旅ではあったが、故郷日本の山野が目に入ると、誰もが無口になった。

葛城は広島県大竹市沖(宮島西沖)に辿り着き、彼らは輸送艇に乗って、日本の土を踏んだ。


感慨深かった。

 

ついに還って来ることができた。



叶わぬ願いではあるが、あいつにも日本の土を踏ませてやりたかった。



そう想うと泣けてきたが、嬉しさも同時の表現し難い感情が奥底からこみあげてくる。
自然と無口になった。


検疫を受けた。

集合場所では、荷物がびしょ濡れになる程の消毒液を撒かれた。
葛城を出る時は白い粉(DDT:発癌性物質)を全身に浴びせられたのに。

俺たちは汚物なのだろうか。
違和感があった。

でも自由になった。

これで家に還ることが出来る。

父と母、妻やまだ見ぬ子どもたちと一刻も早く会いたい。
事前に連絡することは出来なかったのだから、急な還りで驚くだろう。
喜んでもらえるだろう。


きっと驚くに違いない。

どんな表情で出迎えてくれるだろう。

どんな言葉を掛けたらいい?

期待は膨らむ。





しかし・・・


廣嶋市内に近づくにつれ、受け入れがたい現実が目の中に否応なく飛び込んでくる。


一面の真っ黒な焼け野原。

 廣嶋駅に降り立ち、自宅のあったところに徒歩で向かった。
跡形もない自宅。

自宅?

ここが?


残留放射能に怯えるまばらな人々。



数日間探しても行方不明の両親・家族たち。

折角踏んだ本土の土は、放射能に汚染され、家族は消え、住む家をもそこには無かった。




 もう涙も枯れて一滴も残っていない。

私は明日から何をすればよいのだろうか。





 

 

 

 

 

傷つけば 傷つくほど 優しくなれた (戦場で傷ついた身体や心があるから優しくなれた) 
貧しさは 大きな 力になり (敗戦により突き落とされた貧しさは、大きな成長のバネになった) 
意気地のなさは 勇気に変わる (戦場で突撃する時の意気地の無さは、勇気に変えることが出来た) 
ひねた瞳は 真実を欲しがる (戦場でひねてしまった瞳は、真実の自分を欲している) 

真実は とてつもなく 激しかった (戦争は、とてつもなく激しかった) 
愛せば 愛すほど 苦しくなる (愛する家族を想えば想うほど戦場では苦しかった) 
はかなさが 美しいから (はかなく散っていく仲間は、時に羨ましくも見えた) 
死にたくても また歩いた (自分も死に場所を探したくなったが、前を向いて歩き始めた) 

俺はいま 真夜中の湾岸を とばしている 
カーラジオ 消して 受話器を耳にかたむける 
進路は 東へとお前の 声を聞きながら走る 
とうとう昭和の歴史が 終わった 

悲しめば 悲しむほど 想いやれた (仲間の死は、想い遣ることの原点だ) 
悔しさは 大きな 力になり (敗戦の悔しさ、生き残った悔しさは、日本に巨大な力をもたらした) 
力はいつしか 詩になる (その力は奇跡の戦後復興と共に、詩になった) 
許せないのは 自分となる (許せないのは、生き残った自分だけになった) 

俺はいま 受話器を 静かに置いた 
あゝ吹きすさぶ 強く 冷たい風に抱かれたい 
夜明け前の 街が確かに 動き始めてる 
とうとう昭和の歴史が 終わった 

夜明け前の 街が確かに 動き始めてる 
とうとう昭和の歴史が 終わった


長渕 剛 - 「昭和」
 

 

 

 
 

混沌とした世界情勢とかけめぐる情報。

ナフサの件。

ナフサ問題については流石に正確な情報を理解している方が多い肌感覚。

実態としては、ナフサ不足は間違えであり、ホルムズ海峡閉鎖以前からの流通と現在の流通量は一切変わっていない。

しかし、ここで名前を挙げるのは不適切な為控えるが、とある塗料メーカーが一番上で買い占めを行っているという実態がある。

彼らの生活を護る為の防御策として到底批判できるものではない。万が一への備えという予防なのだから。

従ってナフサが下層へ流れてこない。
これが現実。

ところがNHKは一貫して

 ホルムズ海峡閉鎖に伴いナフサ不足が深刻・・・

と報道を続けている。

嘘報道だと怒っている人も多い。
 

だが表現として正確にとなるともっと長くなり、自由経済を否定する様な名指しに繋がりかねない危険性を孕む。確かに表現が難しい。

事実をストレートに報道することはできないと判断する気持ち、わからないでもない。が実際の現状が伝わらないもどかしさが残る。

 ホルムズ海峡閉鎖に伴いナフサ不足が深刻・・・

情報弱者な高齢者などは、この報道を額面通りそのまま受け取り、今日本ではナフサが不足して、と間違った解釈が進みかねない。

報道する側も、受け止める側も、それぞれ事情があり理解するところはあるが。

肝要なのは、問題解決の糸口をつかむこと。

本来の報道としては、ナフサの供給は以前と変わらず問題無い状況だが流通に目詰まりが起きている。冷静な行動を、というのが本来報道すべき内容なのは間違えない。

数日前、経済専門誌記者(自称化学系取材6年)が、ナフサが不足しているのにそれを肯定しない総理に、赤澤大臣から説明すべきではないか、という我々素人国民が聴いても呆れかえる質問が繰り広げられた。

 

赤澤経済産業大臣記者会見記録(経済産業省)


しかも買いだめしているのが企業なので有ればもっと市場へ流すよう促せ、とかもっと上流からナフサの供給を増やせなどと明らかに低能な要求を突き付けた。

これには流石に驚いた。いや笑った。経済専門誌で且つ化学系取材6年だって?

言葉は悪いのを承知で言うが、記者としての素養が全く無いと言わざるを得ない。

自分たちの危機を予測して買い貯めする企業にもっとナフサ下層へ流せと言えるのか。自由経済根本の無理解の証左だ。


ナフサの供給増やせって、八百屋でにんじんだけを買うレベルと思っているのであろう。原油を輸入したらナフサやらガソリンやら軽油やらが生成されるのを知らない様だ。

余剰が出たガソリンや軽油をどこに備蓄するのでしょう?どこにそんな設備あるのでしょうか?現状どこも満杯じゃないか。

「ナフサが不足している」と短絡的に報じることは、複雑な経済メカニズム(在庫管理、物流、精製プロセスなど)を無視しており、結果として現場での混乱を招くだけでなく、国民の不安を不当に煽る結果となる。ジャーナリストが一番やってはいけないこと。

こんな素人でも知っていることを本当に知らないのであれば自ら記者を辞めて欲しい。

寧ろ、私は政権を恣意的に批判する印象操作が目的だと穿った見方もできなくはないと思うくらいだ。

あまりにこのような不勉強で馬鹿げた知識の無い記者が最近多すぎる。

検証不十分な情報を基にした話が最近あまりに多く出回っているのはこういった著しく劣化した記者が多い点にこそ問題があると見ている。

それだけではない。

違う視点として、同志社国際の辺野古事件の視点も追加しておこう。自分たちの労働者としての権利を守る行為を否定する者はいない。

だが、そこが支援した先が犯罪的なことをやっているのは都合悪いから報道を控えよう、では駄目だ。

もう一つ。
人間誰もが感情を持っている。
感情をコントロールできない人間は大人になれない、とまで言われるが、恣意的に「怒らせて失言を引き出す」これはジャーナリズムとしては愚の骨頂。勘違い甚だしい。

目的が失言を引き出すことに成り下がっている。
我々は誰もそんなことは望んでいない。


世界を旅すると、俯瞰して日本の報道レベルがいかに酷く底辺であるかが解る。
我が国のジャーナリズムは、国際的な評価(RSFなど)でも非常に低い位置にまで堕ちた。その要因は日本記者クラブの排他的閉鎖性や広告依存による忖度、ファクトチェック文化の欠如などから来ている評価だ。

印象操作、嘘の報道、都合の悪いものへの忖度など。
必要な批判的態度姿勢は左翼の主張にすり替えられている。これは危険だ。

最近でも自分達の生存権をかけた文春の高市政権への捏造記事、これも酷い。
1次資料を獲らず、ネットで拾った情報を基にして驚くことに国会でも質問を悪びれもせず行う低俗な国会議員もいる。情けない。幼稚すぎる。

言論の自由を主張している輩には言論弾圧という空虚な盾も用意されているが、アクセス数稼ぎの為であれば何をしても良いということではない。こういう会社は刑法で対処(訂正義務や謝罪義務など)していかなければならない時代に来ていると思うのは私だけだろうか。

日本記者クラブの閉鎖性も問題か・・・課題山積。
これは難しい問題である。






 

名前なっが。

 

某先輩があまりに楽しそうに潜水艦をお作りです。

 

本日分のワールドカップの試合を見ていますが、つまらない内容だと手持無沙汰になるので、罪な中から潜水艦のキットがどんなものなのか、ながら作業でレヴューしてみることにしました。

 

不詳私のようなド素人であっても潜水艦製作経験あります。

 

過去潜水艦は、

 I-21

 I-402

 ガトー級 アーチャーフィッシュ

 

 

(ガトー級の写真が見つかりませんでしたが作成しています。)

計3隻を作成しています。

特に潜水航空母艦と呼ばれるI-402は巨大で思い出深いものでした。

 

では本題です。

 

キットはこちら。

ロシア:ロストフ・ナ・ド・ヌーのフラグマンというメーカー。

 

本日6/14も大々的に爆撃されて、この地域に住まわれている方々は地獄の生活を強いられているそうです。食料も燃料も何もかも無いそうです。クレムリンの一存で始まったこの負け戦。結果的に苦しむのは庶民。

 

それはさておき。

 

ソビエト 原子力潜水艦 K-3 レニンスキー・コムソモール 潜水艦のキット。

まえださんより有難くも頂戴した極超希少キットです。

 

どうやらソビエト初の原子力潜水艦の様です。

 

中身。

箱の大きさの半分くらいの体積のキット内容。

 

滅茶苦茶部品が少ないです。

 

では早速合わせ組みしてみましょう。

 

滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗

 

最中キットというのは理解できます。

 

ただ最中は最中でもあんこ駄々漏れの酷すぎる部品合い。

これは一筋縄ではいきません。

 

魔法ペンよりもこれはパテでしょう。

大変柔らかいプラ素材です。熱を加えたら大変なことになりそう。

滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗

 

部品数は少ないとは言え、作るのは大変そうだということが判りました。

 

 

 

 

 

こんなことやってるから午前0時を超えることになるんだけど。

 

あまりにつまらないので。

 

葛城があまりに合いが良すぎる素晴らしいアオシマらしからぬキットだったものですから、コロナの時に中古500円で手に入れたイラストリアスを出してみた。

 

総集編を見ながらたった7つの部品切り出して接着しないで載せただけだけど・・・

凄い。

この時代のアオシマのキットはオーパーツキットか?

バリも無いし、とても綺麗な抜き。

 

それにパチピタじゃないか。

このイラストリアスもちゃんと作れば大化けしそうで困ります。

今は作らないけど。

 

日本人にとってみたら沖縄を攻撃した中核空母ですから複雑。

 

でもその思考も良くないということは解ってます。

このイラストリアスの対空砲火や艦載機に撃墜された帝國海軍機約200機(ほとんど特攻機)。

 

このイラストリアスの艦載機も160機破壊されている。

その内殆どが発着艦での練度不足による事故だそうだ。

 

 

 

現実に向けるとつい長くなってしまう。

 

キットレヴューに戻ります。

 

しかもこのブルワークの薄さ。

模型製作を始めてすぐの頃、アオシマの旧キットの初霜を造ったことあります。

 

同時代のキットだと思いますが、お金を出して買うゴミと表現しましょうか。

酷すぎる作り(の割りにシルエットは似てるけど)。

 

兎に角当時モノのキットであれば旧キットとは言え、秀逸なアオシマ製品でした。

という潜水艦モノとは言えない記事になってしまいました~

 

アウフ・ビタゼーン!

今朝5時。
全国民の輿望を一気に背負った森保ジャパンの緒戦、ネーデルラント(以降オランダ)戦。

日本は0-2で終わるはずの試合を2-2に引き戻した。
その分析は、森保監督の采配と、オランダのミス、そして日本の“諦めない構造”の3つ。

戦前の私の予想は0-2の日本敗戦。

ファンダイクなどのプレスを日本が最初にどれだけ受け止めることが出来るか。
伝統的な前線からの圧力を前田らを配置した日本がどういなしていけるかが注目だった。

もう1つ伝統的にセットプレーの弱いオランダに対しては早い時間でのセットプレーからの得点が必要であった。

予想通り試合は強力な両サイドからのプレスへの対処という流れで試合が進んでいくこと
になった。

時たま発生する日本のカウンターに対し、オランダはDFを5枚に変化させるなど、新しい時代のフットボールの戦術としての試合巧者運びを実践して日本を翻弄する。

前半はスコアレスの状況で終了。

堂安はディフェンスにも回る時間が多く、なかなか個の力を生かしきれない。

そんな中、久保がかなり遠距離(40mくらい)の位置から強烈なミドルシュートを撃つ。
当然枠外に大きく外れる。

あぁぁぁ、ダメだ。
恐らく森保監督も同じく懸念していた最悪の事態が過っただろう。

あの距離から得点できるのはオランダ監督のクーマンくらいしか歴史的にはいないだろう。

昨晩記載したように、久保が如何に個を殺してチームプレーに徹することが出来るかも視点としていたのに、チームプレーが我慢できなくなってきていたか?

後半早々。
日本代表に暗雲が漂い始め、ファン・ダイクに芸術的なヘッドで先制点を奪われる。

あのような位置でしかも高さのあるところから得点できる日本人はいない。
流石としか言いようがないし、渡辺剛や彩艶を責めることはできない。

しかし、🍊軍団にとって安心から出たふとした気の緩みが発生する。
久保が個のプレーでチームに徹した絶妙なパスを出す。

完全にオランダのミスだ。
敬斗がノーマークでそのパスを受けた。

ユースレベルでも口うるさく言われるDFの鉄則で基本中の基本。
ボールに対してDFは前衛との一直線上にポジショニングしなければならないという基本があるのだが、集中力の欠如から完全に軸が左側で出遅れた。間に合っていなかった。

所謂初歩的なミス。

これで敬斗が右脚で振り抜く間までセットで与えてしまい、ゴールが左隅に突き刺さる。
通常なら身体を入れられていたコースだ。

オランダ側の完全なミスからの失点。
クーマンにとってあってはならない失点。
ACミラン三羽烏時代の英雄監督を怒らせた。

堂安がシュートコースを触れて変えるかもしれない、という一瞬の気の迷いはキーパーの判断を遅らせる。結果ゴールを奪えたのだからごっつぁんゴール。

まさかの相手ミスからの同点だから儲けもんだ。

そのすぐ後。
シュメルビルが、敬斗が右脚に体制を持ち直さなければ持ち込めなかったフィニッシュを、瞬時に左脚一閃、振り抜いた。日本はあれをやらなければならない。

彩艶の飛び込む範囲を想定して最も遠く、しかもポストギリギリを狙っており、入らなかった可能性を残して左脚で振り抜いている。この一瞬の判断が出来ない日本は、2点目を奪われた。大きな個の差を感じた。

ここまでミスであることをノーカウントにすれば0-2の試合運び。

これは試合終了直前まで続いた。

残念ながら、完全予想通りで終わるかと思われた。


しかしここからが、今の日本代表にいる森保ismの今までと大きく違う所。

オランダはファン・ダイクを下げ、体力豊富な新たな選手に次々と替え、さらに強力なプレスをかけて3点目を明らかに狙いに来ていた。

通常防戦一方になるのではないかという展開なのだが、森保監督の判断は異なった。

攻撃的な駒を2枚増やしたのだ。

ここが玄人と言えど、たかが地方レベルの私と、世界レベルの監督である森保さんとの大きな違い。

結局オランダの3点目を阻止しつつカウンターで、しかもオランダが最も苦手とするセットプレーでの小川の豪快ヘッドが炸裂し、鎌田を撃破・・・いや、鎌田に当たった事が幸いしてコースが変わり、ゴールネットを揺らす。

後半44分。
まさに終盤も終盤の最終局面での出来事だった。

2-2

これは森保監督の采配を称賛するしかない。
確かに鎌田に当たってコースは変わったが、そこに鎌田がいる構造を作ったのは森保監督。

監督の輿望の応えた選手たちも諦めない力が最後迄あった。

戦前の予想での0-2の予想は良い意味で外れたが、まさに日本人らしい諦めない力をおおいに活用した森保監督の采配を称えたい。

まずは予選突破でベスト32に残れる事をクリアだ!

そして本日のMOMは、伊東純也。
オランダの構造を一人で確実に壊していたのは間違いない。


 

体力をえらい消耗するワールドカップ。いよいよ本格的に始まった。

ブラジル、思ったより勢いが無い。予選結果からも苦戦は予想はされていた。駄菓子菓子、このチームの底力は何度も見て来た。ジュニオールというレアルの看板も健在だ。

 

何だかんだ言われても、結局危なげなくベスト16までは行くだろう。

 

それより慧眼。

 

開催国アメリカ強い

正直ノーマークだし知っている選手は仏リーグアン元得点王バログン以外ほぼゼロ。

こういう時にU-NEXTというサブスクを契約し続ける意義を感じざるを得ない。

 

アメリカは、結構上位行く可能性あるのではないか、というポテンシャルをパラグアイ戦で魅せつけた。特にマイク・タイソンと同じブルックリン出身のフォラリン・バログンの3点目。日本代表に一番欲しいプレースタイル!これね、是非後刻Youtubeとかでもアップロードされるだろうから見て欲しい。凄いプレーだ。

 

しかも4点目あれ誰?知らない人。何あの右サイドから切り込んでゴール左側からアウトサイドで蹴ったシュートのシュート回転での左へ突き刺すゴール。藝術じゃん。名前忘れたけど価値高騰間違え無しだね。しかも大観衆100%の応援。アメリカとどこもやりたくないかな。見ていて委縮してくる。

 

それに韓国がチェコに勝っちゃったのは想定外。

他の試合はこのアメリカとパラグアイ戦以外では予想に順当。韓国というチームは実力以上にムードで勘違いが発生するとそれが力となって発揮できる不思議な伝統がある。今回もそんな感じする。

 


明朝。

 

ほとんどの日本国民が明日朝5時にはテレビ前なのだろう。

我が家も、テレビ無いけどNHKONEで当然視聴するよ。

 

ズバリ。

 

0-2

 

日本敗戦。

としておこう。

 

ネーデルラントは前線からの圧力が強く、日本のビルドアップが乱れやすい。
日本は“前から来られる相手”に弱い傾向が間違えなくある。
ネーデルラントのウイングの1対1突破力は世界トップクラス
 

世界レベルには達したであろう日本でも、世界トップクラスの分野は無い。

 

日本の両再度のバックが孤立すると一気に崩されるのは確実。

 

日本代表がネーデルラントに善戦するかしないかは、緒戦でのコーナーキックからのセットプレーで先制点を獲れるかどうかにかかってるが・・・ムリぽだろうね。

 

士気も最悪な状況だし。

 

ポイントは堂安の個が発揮されるかどうか。

そして健英がチームプレーに徹することができるか。

 

日本のゴミマスコミが冷静な分析を大きく欠いて余計な期待をさせているのが現実だが、期待を裏切らせて伝統的な野球観戦にシフトさせたいのではないかと穿った見方すらできるほど、過剰な評価は絶対嘘。

 

でもグループリーグ突破は不可能ではない。

 

スヴェーデン戦の気温次第では十分可能。
 

 

 

 

長い前置き失礼。

しかしながらワールドカップの時のスタイルは一貫してこうしてみたい。

 

 

航空母艦葛城。アオシマの旧キット。
1973年発売のプラモデル黎明期のレジェンドキットだ。
プレミアが着いてもおかしくない、と個人的には思うところではあるが、800円で連れ帰った。
 

我が帝國海軍が最後に完成させた制式航空母艦「葛城」の工作である。

 

前回考察回において、戦後に撮影されたカラー映像に残る葛城の色を考慮して、米軍公式記録

・shipcamouflage.com:IJN camouflage measures -US Navy WWII

・US Naval Technical Mission to Japan

・Technical Air Intelligence Unit

  :

 

などの資料、及び2020年までの最新研究結果、宮野めさの氏の見解などから、信濃、葛城の塗装は、青系の迷彩塗装である可能性が大変高い、とした。

 

笠置、阿蘇、生駒、伊吹などが水色迷彩塗装であったことを考えると当然の帰結だと思った。

 

 

 

工作の方は。

艦橋の飛行甲板側の黒板、踏み台などなどをスクラッチ。

 

以降つまらぬ作業を続けている。

エッチング手摺の取り付け。

 

 

そして、甲板の凸モールドを全て磨き上げた。

 

船底部品も取り付けた。

 

エレベータ部品は差し込んだ。

 

これはアオシマか?

というくらい、ストレスなくピッタリ嵌る。


船底部品も隙間なくキッチりはまった。

タダの板なのでテーパーはついていないが驚異的な制度だと思う。

 

それだけ当時の葛城に対するアオシマの意気込みが凄かったのだろう。

アオシマさんやればできる(上から目線で失礼)。

 

菊花紋章取り付け台と菊花紋章。両脇にフェアリーダー(大)を次に取り付ける予定。

射撃指揮装置は自作。

 

甲板は全ての凸モールドだけでなく、大嘘な木甲板モールドも切除。

ヒケもあるので、やって良かった。エレベーターの奇跡的なバチピタは凄い精度。

 

28連装ロケットランチャーはまだ切除してない。左舷側は何だか寂しい。

 

艦橋頂部のレーダーは13号特殊レーダーも、22号もやり直しが必要。

 

一応13号は特殊形状なので、適切なエッチングパーツが無い。

アオシマやフジミの新キットエッチングパーツのレーダーも形が違うので使い物にならない。

 

今の所自作しか道がない。

 

結果、こうなった。

満足高くは無いが、実際にかなり近くなった。エッチングパーツよりは確実にマシ。

美しくはないが、これがクルクル回れば、トゲトゲが回るより良さそうな気もしないでもない。

 

あと気がついたのはここ。

何で?

設計ミスだね。

 

飛行甲板接着してしまったよ。

今更か。

リカバー。

 

仮組して眺めなければいけないことが検めて実感。

全般最新キットでもあるガンダムクワックスを仮組みしたからこそ、股間部品の設計ミスに気付けた。今回こんなに派手なのにわからなかった。

 

 

 

 

 

スポンソン支柱の角度が違う。格納甲板階のキャットウォークは舷側まで続いている。そして高角砲スポンソン階も艦尾にキャットウォークが続いている。ここはアオシマやフジミの新キットでも再現されていないのでは?見なかった事にする。

 

加工なしのカラー映像のキャプションだから言える船体色の青系。

褪色の黄色変化が無い分、緑系主張は厳しいこともある。

ただ、新型艦なのに、褪色だけでなく、錆びや傷みが酷い。こんなにも錆び跡がだら~っとこびりつくんだ、という事も判る。

 

艦橋部分の比較。

艦橋の幅ももっと広くなければならないことが判る。

そしてもっと低いのかな。

こうして手前の28連装ロケットランチャー架台を見ると、明らかに3台しか着かないね。両舷で6基。8基説はあり得ないことが1次資料で明らか。

 

マスト横桁幅の短さ。

 

94式射撃指揮装置のスポンソン支柱はバッチリ。

自作万歳な部分。

 

探照灯スポンソンはもっと張り出して良いようだ。

こうしてキットと写真を見比べると色々な事が判ってくる。

 

素組の瑞鶴(2019年作)と並べてみたのだがこんなにも大きさに違いがあるとは思ってもみなかった。飛行甲板の幅も短い。

 

鬼頭マスト建ててみた。

 

0.3mmプラ板に0.7mmの穴を開け。

 

こんな感じに切り出して。

 

デザインナイフで加工。

 

艦首フェアリーダーにしてみた。

 

さあ、あと少しで工作は終るぞ!

頑張るプンプン

 

また来週までお預け。

 




では。
お休みなさい😴💤

 朝は早起き頑張ろう!

 日本勝点獲得おめでとう🎉


前後半のわずかの間。

sidennkai様からご教示いただきましたクラッシュバリケード部分の飛行甲板の幅が拡幅になっている箇所の再現、そして舷灯の付く28連装ロケットランチャー架台前の射撃指揮装置スポンソンを再現したが、ちょっとオーバーサイズ気味?

 


 

Operations research
艦橋部品の整形:
・基部の部品前張り出し甲板の整形✔
・電探室階のキャットウォークの再現✔
・後部主檣旗流甲板の謎の張り出しを切除✔
・羅針盤階の構造物より基部の幅を詰める✔
・羅針盤艦橋の後部露天部分における分厚いブルワークを切除✔
・醜い窓モールドを切除してエッチングパーツに取り換え✔
・羅針盤階の構造物を、下階構造物よりも前方へ張り出す様加工✔
・部品をカットして張り出し甲板に突き出る構造物を再現✔
・2k信号灯基部と2k信号灯の取り付け✔
・手すりはエッチングパーツ✔
・30㎝赤外線探照灯基部の取り付け✔
・アイランド基部の増補✔
・葛城にしか見られない特殊形状な基部と対空13号レーダーの自作✔
・22号水上レーダーの基部と本体の取り付け✔
・メインマストのトラス構造の自作✔
・メインマストへ対空13号レーダー取り付け✔
・踏み台の自作取り付け✔

・黒板の自作取り付け✔

・25mm単装機銃の取り付け

射撃指揮装置スポンソンと水面見張り所の作成:
・甲板からの張り出し部分を拡張した上に載せる✔
・スポンソンで支えるようになっているので自作✔
・舷側キャットウォークの自作✔
・ボートデッキの自作✔
・一部のスポンソン支柱基部、支柱の自作✔
・電子戦用赤外線通信機、二式哨信儀全受器の自作と取り付け
・セットな二式哨信儀の発哨器はどこについていたのか確証が無い
・80㎝探照灯の取り付け✔
・25mm単装機銃の取り付け

羅針盤艦橋階、及び露天艦橋階のブルワークの作成:
・高さは均一化する為に、プラストライプを使用✔
・問題は遮風板 >必殺プラ板切り出し合わせ技工作✔

羅針盤艦橋構造物前面の水密扉、側面における水密扉:
・エッチングパーツ使用

船首形状の修正:
・艦首機銃台座支柱の自作✔
・射撃式装置台自作と射撃式装置の取り付け✔
・菊花紋章取り付け版の自作✔
・フェアリーダ大の自作✔
・エッチング手摺の取り付け✔

艦尾スターンデッキの形状修正:
・フラット維持の支柱調整✔
・艦尾上甲板と格納甲板延長部、飛行甲板の支柱自作✔
・フェアリーダ大の自作
・エッチング手摺の取り付け
 ・内火艇の設置


飛行甲板の修正:
・艦尾着艦識別モールドの切除✔

・飛行指示白線モールドの切除✔

・木甲板モールドの切除✔

・エレベータの差し込み✔



蛇足:葛城で帰還した漢達の慟哭物語
 

旧帝國陸軍第5師団は旧廣嶋で徴兵された兵士を中心に構成された部隊が数多く含まれる。

特に、独立混成第38旅団は、昭和19年廣嶋市内(宇品)で編成され、南太平洋のブーゲンビル島や、ファウロ島などへ派遣され、この地域で終戦を迎えている。

独混38旅団の陸軍兵たちは、帝國海軍第82、87警備隊などの生き残りと共に、第1陣として、航空母艦「葛城」で帰還することになる。(※厚生労働省、アジ歴公開資料より)

待ちに待った本土への帰還。

南方から帰還する第5師団の兵士たちは、自分たちを迎えに来た航空母艦「葛城」を見て泣いた。

これで廣嶋に還ることができる。
皆泣いた。

エンジン音を轟かせ、近づいて来る巨大な葛城の艦影を見て、おーい、おーい!と心の中で手を振った者も多かったであろう。

葛城を見て、ようやく還る実感が湧いてきた者も多かったはずだ。

葛城に乗船する際、訳も説明されずにマスクが配布される。
南方に送られてくる時にそんな配慮は無かった。

決死の覚悟、生きて日本へ戻ることの無い覚悟をして南方へ来た。

こうして日本へ、廣嶋へ還ることができることは表情には出さないものの、誰もが内心喜んだ。

 


葛城は、現地を1946年1月26日に出港して内地を目指した。


長い船旅ではあったが、故郷日本の山野が目に入ると、誰もが無口になった。

葛城は広島県大竹市沖(宮島西沖)に辿り着き、彼らは輸送艇に乗って、日本の土を踏んだ。


感慨深かった。

 

ついに還って来ることができた。



叶わぬ願いではあるが、あいつにも日本の土を踏ませてやりたかった。



そう想うと泣けてきたが、嬉しさも同時の表現し難い感情が奥底からこみあげてくる。
自然と無口になった。


検疫を受けた。

集合場所では、荷物がびしょ濡れになる程の消毒液を撒かれた。
葛城を出る時は白い粉(DDT:発癌性物質)を全身に浴びせられたのに。

俺たちは汚物なのだろうか。
違和感があった。

でも自由になった。

これで家に還ることが出来る。

父と母、妻やまだ見ぬ子どもたちと一刻も早く会いたい。
事前に連絡することは出来なかったのだから、急な還りで驚くだろう。
喜んでもらえるだろう。


きっと驚くに違いない。

どんな表情で出迎えてくれるだろう。

どんな言葉を掛けたらいい?

期待は膨らむ。





しかし・・・


廣嶋市内に近づくにつれ、受け入れがたい現実が目の中に否応なく飛び込んでくる。


一面の真っ黒な焼け野原。

 廣嶋駅に降り立ち、自宅のあったところに徒歩で向かった。
跡形もない自宅。

自宅?

ここが?


残留放射能に怯えるまばらな人々。



数日間探しても行方不明の両親・家族たち。

折角踏んだ本土の土は、放射能に汚染され、家族は消え、住む家をもそこには無かった。




 もう涙も枯れて一滴も残っていない。

私は明日から何をすればよいのだろうか。





 

 

 

 

 

傷つけば 傷つくほど 優しくなれた (戦場で傷ついた身体や心があるから優しくなれた) 
貧しさは 大きな 力になり (敗戦により突き落とされた貧しさは、大きな成長のバネになった) 
意気地のなさは 勇気に変わる (戦場で突撃する時の意気地の無さは、勇気に変えることが出来た) 
ひねた瞳は 真実を欲しがる (戦場でひねてしまった瞳は、真実の自分を欲している) 

真実は とてつもなく 激しかった (戦争は、とてつもなく激しかった) 
愛せば 愛すほど 苦しくなる (愛する家族を想えば想うほど戦場では苦しかった) 
はかなさが 美しいから (はかなく散っていく仲間は、時に羨ましくも見えた) 
死にたくても また歩いた (自分も死に場所を探したくなったが、前を向いて歩き始めた) 

俺はいま 真夜中の湾岸を とばしている 
カーラジオ 消して 受話器を耳にかたむける 
進路は 東へとお前の 声を聞きながら走る 
とうとう昭和の歴史が 終わった 

悲しめば 悲しむほど 想いやれた (仲間の死は、想い遣ることの原点だ) 
悔しさは 大きな 力になり (敗戦の悔しさ、生き残った悔しさは、日本に巨大な力をもたらした) 
力はいつしか 詩になる (その力は奇跡の戦後復興と共に、詩になった) 
許せないのは 自分となる (許せないのは、生き残った自分だけになった) 

俺はいま 受話器を 静かに置いた 
あゝ吹きすさぶ 強く 冷たい風に抱かれたい 
夜明け前の 街が確かに 動き始めてる 
とうとう昭和の歴史が 終わった 

夜明け前の 街が確かに 動き始めてる 
とうとう昭和の歴史が 終わった


長渕 剛 - 「昭和」
 

 

 

 
 

人を幸せにする職業だなぁ、とあらためて感動おねがい

 

とある縮れ毛著しいティーンな女子キメてるに付き合って行ってきました。

 

強烈な日差しから頭皮を護るために進化した人類の髪の毛、縮れ毛。

 

本日は縮毛矯正体験飛び出すハート

母国では日本円だと10万円ほどかかるみたいですが、日本では2万円そこそこでできちゃう。

 

薬剤つけて、シャンプーして、アイロンして、固めて。

 

表情が明らかに。

 

どんどん笑顔になっていくスター

 

見ているだけでも幸せを貰えるキューン

 

本人は感動で涙汗

 

多分多かれ少なかれ日本人でも癖ッ毛には悩んでいる人多いと思う。

 

髪の毛で悩み、髪の毛で弄られ、馬鹿にされ、嫌な想いを沢山してきた人達。

 

その悩みを根こそぎ壊滅に追い込んでくれるヒーロー。

 

こんなにも人を幸せにできる職業。

素晴らしいですね合格


どれほど多くの人の自信を支えているかを再認識させられますにっこり

 

美容師という職業は、単に髪を整えるだけではなく、その人の「人生の新しい一歩」をデザインする職業なのだと、改めて気付かされましたグッド!

 

感動しました。

 

タ・ダンソ・オシ!

遠藤・・

 

素人ではなく、玄人としての視点で発言できる分野は多少ありますが、その中でもフットボールは玄人目線で解説できる分野。

本日から地球上の人類の半分(約6割)とも言われる人類がエンゲージすると言われる最大イベントであるワールドカップが始まりました(前回大会でのエンゲージは50億人と言われ、人類の6割以上)。

 

その視聴・観戦はオリンピックの倍以上、ワールドベースボールクラッシックの1,000倍以上の規模とも比喩され、世界中が大注目するイベントになります。

本格的に始まるグループリーグの対戦前に、ストレートに事前予想をしておきます。
皆さんと共にW杯を盛り上げていきます!

予想結論:
優勝・・・・・・スペイン
準優勝・・・・・フランス
ダークホース・・モロッコ
日本の予想・・・ベスト32(ラウンド32初戦敗退)




まずは前例踏襲W杯決勝Tベスト16(ラウンド32で1勝するチーム)進出予想
A:
 1位:メキシコ
 2位:チェコ
 ※韓国無理だと思う。終了した緒戦南アフリカ戦も考慮してメキシコ。

C:
 1位:ブラジル
 2位:モロッコ
 ※モロッコは次のW杯に向けて前回大会の勢いを維持するでしょう。

F:
 1位:ネーデルラント
 2位:日本
 ※試合環境(気温)次第でイサクとかギェケレシュのスヴェーデンかも。

H:
 1位:スペイン
 2位:ウルグアイ
 ※ここの予想は固い。

I:
 1位:セネガル
 2位:フランス
 ※一応環境(気温)を考慮して。フランスは決勝Tの戦略上ね。デシャンですから。

J:
 1位:アルゼンチン
 2位:オーストリア
 ※ライオネル依存から脱却できないアルゼンチン突破できないという見方も。

L:
 1位:イングランド
 2位:クロアチア
 ※攻撃力からするとこうなりますかね。

グループ3位の上位8チームがラウンド32に進出できますが、ベスト16には勝ち上がらないでしょう。ここに他ポルトガル、ドイツが来るかな?程度の予想です。



優勝予想国:
スペイン


揺るぎないね。
 

ユーロを制した実力は折り紙付き。
今が旬のスペインを撃破する国はあるのかな?

ラミン・ヤマルの成熟期で鉄板ネタで面白味無い予想ですが、仕方ないかな。
それだけ誰が予想しても同じになるというのはこういうことです。
グループ緒戦からの投入はバルサが許さないと思いますがある意味ここが大会全体のキーかも。



エムバペも身体能力落ちたけど、ヴィニシウスとかロドリゴなど選手層が分厚いフランス。デシャンのこなれた戦略は証明済みである以上、不気味。今回W杯でいうところの当に韓信、諸葛亮といったような指揮官と見てますから。
それに手駒が豊富なのも許せない羨ましい(笑)

一応準優勝候補をフランスに。



日本は・・・ベスト8厳しいかな。ベスト16で御の字。下手すりゃ予選敗退。
ラウンド32初戦敗退でベスト32あたりが妥当。ネーデルラントやスヴェーデンというゲルマン民族グループを突破できるかどうかはフィジカル面がものを言う。
でも突破できたとしてもね。次は負けたらおしまいですからね。ベスト32が妥当じゃないでしょうか。

個の力は十分備わった、のは間違えないけど決定力不足の解決には明らかに至っていない。

世界レベルであることは確かだけど、トップレベルではない。

ライオネルの様なテクニシャンでなくて良い、ヴィエリみたいな猛牛タイプのストライカー一人いるだけで全然違うのですけどね。

ズラタンやディエゴ、ガブリエルの様なマインド(俺が王様)が無ければ歴史的ストライカーにはなれないのは誰もが知っていること。それ目指すのはA型にはソーシャルスタイル上不可能だとデータ上見ている。
日本には出木杉君の様な頭脳や、ドラえもんの未来の道具、優秀な組織力でもなければ個の力ではありません。必要なのはジャイアンの様な強引さのマインドだということを言いたい。野球で言えば伊良部みたいなね。

日本の致命的永遠の弱点ですね。

勿論中日数日でこなしていく過酷な日程をクリアできるかは別問題という課題もあるし。

そういった面で日本はグループリーグでさえスヴェーデンに劣る可能性も。





ダークホースはモロッコ
フットボールの将来性とチームや国民の気概は、どの国も及ばない桁違いのものがあるように見えます。現地でも実感した肌感覚。カサブランカでの盛り上がりは異常。それだけではなく、アラブの尊厳を双肩に背負っているというところも
大きい。持てる力以上の見えない力を発揮する可能性が高い。

勘違いしないで欲しいのが、彼らのアラブ人らしからぬアラブ人としての自覚。民族色が薄く、イスラム教の戒律が著しく緩い。モロッコという絆にもの凄い帰属意識があるのに必ずしもイコールアラブではない。

前回優勝のおっさんチームは、ライオネルは勿論、マックやエンソ、フリアンらベテランは最後まで持たずに疲れちゃうと思う。
 

英雄の屈辱は見たくないものです。

老兵はただ去るのみがいいよね。





さぁ、皆さんはどう思う?

 

タクる時は「四条河原OPA前」。
京都の夜の喧騒を梯子する時は、タクシーが便利。

そして「川る。」

今時の京都のカップルは、そう表現するようです。
橋から見下ろす鴨川には、いつ通っても大勢が鴨川辺に腰を降ろしてますね。
先週の四条河原橋近辺。

何でこうもイチイチ風情のある行動がとれるのか、京都人を羨ましくも思います。

昔はビッタシ等間隔にアベックが腰を降ろしたこともあり、鴨川等間隔とも言われたこともあったようですし。

【この写真は先週土曜の夜】
 

修学旅行の時に、鴨川の川床に座るといいことあるらしい、一緒に座りに行こうぜ、と誘った女子に殴られたこともあったのは内緒の話(その後付き合ったけど)。

以前のご当地シリーズ「平安京の秘密」では、平安京の秘密を伏見の伏水に絡めてリポートしたのですけど。

今回は江戸期に入る前の桃山期。

京都は大きく変貌を遂げます。
いずれ取り上げたいと思いますが、大阪も変わるのこの時期ですね。

実は同じ都市計画の下、住む建物(所謂町屋作りって知ってます?)含めて大幅に再整備が進むのです。

町屋作りにしたことで人口が爆増するのですが今回は取り上げません。

以前京都平安京は、上京と下京が


こんな感じで構成されていたことを説明しました。

この状態は、明治に入るまで続きましたが、形は変わらねど、中身は完全シャッフルと言っても良いくらいに桃山期に変貌を遂げます。

桃山期のドン、関白豊臣秀吉様。

私は嫌い。
好きになれない。

今豊臣兄弟では播磨の話をやってますがね。

私の先祖は村重と共に摂津の国衆挙げて挙兵しましたが敗れました。

だから、という単純な理由(´・ω・`)

昔から住む大阪人なら信長や秀吉好きな人いないですね。間違えなく。

酷い事されてます。


それはおいておいて。

この秀吉様。
何と平安京の街


を土塁で囲んでしまいました。
所謂御土居?(漢字忘れた(笑))ですね。

その東端の一部が鴨川沿いだったこともあります。
そしてシャッフルの正体。

京市中バラバラに存在していたお寺。

これを御土居の内側にずらりと並べたのです。
お寺はいい迷惑だったでしょうね。

引越と言っても建物ごとできるものではありません。
兎に角御土居の内側へ並べて集約されました。

いざという時の東側から来る敵(つまり徳川のこと?)に対して寺の堅牢な建物で防御、というのが通説の様ですが、寺町のお坊様が言うには、御土居を越えてくる泥棒が目の前に寺があると、委縮して退散するから、と伝わっているのが多い様です。知らんけど。

だから寺町というモノが出来上がりました。

華やかな四条河原の通りの裏寺町を歩くと表の喧騒が嘘のようですから一度歩いてみては如何でしょう?嘘みたいな静けさで、京極までずーっとお寺さんが続いてます。


ここで小話を一つ。

私と同世代とちょっと後世代までかな?
寺町の寺のお坊様は、皆立誠小学校に通いました。

でも前世紀末だったかな?残念ながら閉校してしまったのですが、暫く何ら活用もされず、建物は残っていましたが、今は
 

「立誠ひろば」
 

となって地元民の憩いの広場になってます。
知っている人で寝ころんだ人、絶対いるでしょう?

夜になると蝋燭のみで室内を経営するショットバーなんかもあったり、なかなか雰囲気も良い場所です。観光客の足が及ばない地元民のサンクチュアリです。

でも・・ここに地元民でも見落としがちな小さな祠に立て札があります。
 

土佐藩邸跡。

 


その立誠小学校跡の土佐藩邸跡から高瀬川を越えて真西へ行くと・・・

その昔、大英帝国のスパイで、日本の幕政転覆を企んだ当時の指名手配人物が瞬殺されたあの場所があります。

 


ここでお相撲さんに軍鶏を買ってくるように頼んだんです。

軍鶏は美味しいですよね。
私は名古屋コーチンが好きですが。
そんな軍鶏を脳裏に浮かべながらも、こんなにも土佐藩邸と離れていなかったんだ、と思うと切なくなります。

 

 

本当に目と鼻の先。


実際に歩いてみて実感する距離感。


余談ですが、この寺町のお寺さん。
この中のお付き合いあるお寺にはどうしても宿泊に困った場合は泊めてもらいます。
京都市中全域にいっぱいいる(浄土真宗・浄土宗限定ですけど)ものですから、彼ら(お坊様)の生態はばっちり存じております。

お陰で祇園白川の一元さんお断りのほんまもんの白川沿いの超高(略)まぁ、京都にはだからまるで通う様に行ったのはそんな理由もあります。

絶対必ずおねえさんの身分聞きます。

最近年増・・・最近は年齢が上昇傾向にありますが、10年前まではほぼほぼ100%大学生でした。

しかも旧帝●や同●社はざら。

 

あれ絶対学内で公募してへんか?と思えるくらい。(👈一番言いたかったこと)

そんなことで、本日は寺町の由来のお話でした(笑)
ちなみに祇園白川は、大人の事情により今後も取り上げません(笑)




おまけ:

平成になって高校生の修学旅行で宿泊したところ。

 








今迄取り上げたご当地シリーズ:

戦艦陸奥(山口県周防大島町)
廣嶋被曝遺跡の「いま」(広島県広島市)
ワン・ツリー・ヒルズの木(NZクライストチャーチ)
世界遺産『宮島』の本当の魅力(広島県廿日市市)
幻の海、秩父湾(埼玉県秩父市)
宝登山神社の伝承(埼玉県秩父市)
知林ヶ島のうた(鹿児島県指宿市)
風水渦巻型のお濠を持つ御城「江戸城」(東京都特別区)
四ツ谷見附橋の秘密(東京都千代田区:東京都八王子市)
渋谷発祥の地「神泉」(東京都渋谷区)
ラムセス2世勝ち戰の嘘とプロパガンダ(エジプトアブシンベル)
ヒエログリフの終焉(エジプトコムオンボ)
カルナックとルクソールの風(エジプトルクソール)
大家の谷 テロに立ち向かった丸腰のおっさん(エジプトルクソール)
クフ王ピラミッドの謎(エジプトギザ)
歴史民俗博物館ミイラ室と大エジプト博物館2024(エジプトギザ)
外ヶ浜で中学生が見つけた人類最古の土器(青森県東津軽郡外ヶ浜町)
オカルトに無縁な本当の恐山(青森県むつ市)
世界に誇れる縄文遺跡群(三内丸山)(青森県青森市)
サン・ローラン青の宮殿(モロッコマラケシュ)
トドラ渓谷の水(モロッコティネリール)
エルフードの化石群(モロッコエルフード)
フェズの迷路(モロッコフェズ)
青の街(モロッコシャウエン)
灼熱のローマ遺跡:ヴォルビリス
トゥト王の墓と3Dスキャンプロジェクト(神奈川県横浜市)
狭山湖?(埼玉県所沢市)
埼玉古墳群と金策銘鉄剣、難波吉士(埼玉県行田市)
うなぎの蒲焼発祥の地「谷田川」(埼玉県さいたま市)
悠久のメコン(ベトナムサイゴン)
虚構の街(ベトナムハノイ)
大エジプト博物館2026(エジプトギザ)
ピラミッド貸し切りとホルムズ海峡封鎖の影響(エジプトギザ)
聖天宮 台湾 旅(虚)行記(埼玉県坂戸市)
千日前の灰山処分(大阪府大阪市)
猿島遺跡(神奈川県横須賀市)
戦艦三笠(神奈川県横須賀市)
幻の競馬場(京都府京都市)
銀座発祥の地(京都府京都市)
伏水の恩恵伏見の酒処と平安京の秘密(京都府京都市)
とある県境の話(三重県某所)
茶臼山古墳の真実(大阪府大阪市)
宇田源氏佐々木京極氏の墓所整備(茨城県奥久慈郡)


 

 

航空母艦葛城。アオシマの旧キット。
1973年発売のプラモデル黎明期のレジェンドキットだ。
プレミアが着いてもおかしくない、と個人的には思うところではあるが、800円で連れ帰った。
 

 

 

本日はキットの再現時期を決定させるに資する考察回で。

これまた多分あまり触れたことの無い大胆な仮説を結論付けており、艦船模型を作られた方に驚ろかれる内容になってしまった。



いくら帰還兵士達がその姿を見て泣いたという復員船時代の再現は、不明瞭な部分も多く、格納庫内の再現も求められることから難易度は非常に高いし、手間暇もかかり、何よりも居た堪れない。

そうすると、2度の大空襲に遭いながらも、重厚な弾幕で被害を最小限に出来た最終時の再現が日本人の最期の意地を具現化した姿として彼女の最も華々しくも有終の姿なのかも知れない。

そうすると1945年8月の姿が適切だろう。

でも難関も控える。
例によって避けて通れない最終時の武装状態の考察なのだが素人には全く判らない。

 

 

でも嘘はダメだ。

 

 

これは、スケール感ですらガン無視で無茶苦茶でも、自由が許される寛容なガンプラではないのだ。

葛城最終時の武装について:
◎GoogleAIさん、Gemy(nanobananaちゃん)、Chappy、Coppi 協働
 ・40口径12.7cm高角砲 6基12門
 ・25mm三連装機銃 横転着底した航空母艦天城から、移設し最終的に22基(66挺)
  1.艦首 3基
   ・ブルワーク内に防盾付 3基
  2.艦尾 3基
   ・ツインブルワーク内に防盾付 2基
   ・ツインブルワーク下部のブルワークに防盾付 1基
  3.右舷側 7基
   ・艦橋アイランド直後の高い位置のブルワークに 1基
   ・起倒式マストの間と前部のスポンソンに防煙シールド付 4基
   ・高角砲座後方スポンソンに 2基
  4.左舷側 9基
   ・艦中央部付近のブルワークに 4基
   ・起倒式マストの間に 3基
   ・高角砲座後方スポンソンに 2基
 ・25mm単装機銃 30基[全基橇式]
  横転着底した航空母艦天城から、6基移設全て橇式なので固定位置は無し
  1.飛行甲板の前端エリア(最前部):約6挺
   ・艦首からの低空進入機を迎撃するため、飛行甲板の一番前に展開。
  2.飛行甲板の後端エリア(最後部):約6挺
   ・艦尾方向からの追撃に対応するため、甲板後部に配置。
  3.艦橋(アイランド)周辺の通路・プラットフォーム:約4挺
   ・艦橋の構造物の隙間や、見張り台の踊り場などに配置。
  4.高角砲座・3連装機銃座の待機スペース(通路):約10挺
   ・左右のスポンソンへ繋がるキャットウォーク(歩行通路)や、弾薬供給所の近くに配置。
  5.格納庫(ハンガー)内(待機・予備):約4挺
   ・最終時の葛城は航空機を積んでいなかったため、格納庫の一部が機銃の整備・待機所に。
 ・12cm28連装噴進砲(ロケットランチャー)6基 ※ただし天城の移植で8基説有り
 ・13号対空電波探信儀 1基
 ・13号対空電波探信儀(特) 1基
 ・22号水上電波探信儀 1基

意外にもすんなりと苦も無く考察できたので楽ちん。
ジェミーもチャッピーもコッピーにも感謝。

最も検索能力が高いジェミーで原案を作り、チャッピーの厳しめのチェックを通過して、コッピーに纏めてもらった。何気に今回初めて活用した最終時の擬装に係る調査へのAIだが、日常口うるさいチャッピー以上にコッピーのチェックが厳し目だった。

逐次優秀なジェミーがエビデンスを提示していく。

AIの活用は時短に大いに扶けになるので有難い。

いつもは自分で1次資料から紐解いて読み込んでいく作業がある意味苦行だった。特に原本ではなく、当時の紙媒体をPDF化したものは不鮮明だけでなく、筆跡が荒く、また個人の筆記の特徴もあり、読みづらい。それにも増して当時は漢字を使っていた為、登用漢字に慣れた我々では解読に時間がかかってしまう。たまたま日頃不要と叫んでいる漢検1級がこんな所で役立っていたが。

もっと気楽に模型製作を愉しむことが出来ればと頭では理解しているのだが、こんなくだらないことなど比較対象外に壮絶な人生を歩んだ先人たちに申し訳がたたない。

だから頑張る。

中古で購入した著名な大戦時航空母艦の図面と解説集。一応手書きでも丁寧に俯瞰した挿絵が入っており、葛城の艦橋の見えない奥を理解するに大変貢献している。中古でも高額な書籍は庶民には有難い。

艦橋後方主檣直下に三連装AA機銃があるのだが、その射界を完全に邪魔するように聳える意味不明な構造物。

それが射撃装置を置く台というかほとんどスポンソンであることが判った。支柱も確認できた。

射撃指揮装置がそこになければならない理由が詳細に記されている。



そして構造補強材の様なものがファンネルの脇にある。

こういう理解ができるのは貴重で、スケールモデルの最新キットでも再現されていないところだが、無視できない巨大な構造物として、確かに存在している。


もういちいち気にしていたら本当に完成しなくなる為、最低限の艦橋周辺だけ、としたのだからそうしたいもの。

この書籍を購入して一応葛城の箇所だけは読み込んだ。

衝撃的な問題提起が理解できた。

これは2022年時点での最新情報だ。
 

 

 

 


外舷21号、外舷22号という帝國海軍が戦時中期から末期にかけて大型艦船に使用した指定迷彩色である。

大変なじみのあるこの緑迷彩塗装色だが、実は南方戦線の海域を想定した迷彩塗装だった様だ。トラック泊地などでの有用性は現地でも確認されている。

つまり1943~1944年初頭にかけて研究された迷彩塗装だ。


しかし先日徹底的に調べた天一号作戦時の駆逐艦涼月(すずずき)の色が、ネイビーブルーとニアリーな青系の迷彩塗装であったことがほぼ確定と見ているのは触れた通りだ。個人的にはランバ・ラルのグフカラーと表現しておこう。

恐らく冬月(ふゆつき)も同じ青系の迷彩塗装だった(グフカラー)であろう。

その答えに資する記述を見つけた。

戦争末期(1944~1945年)になってくると、日本近海に戦域が遷移してきたことの重要性を鑑み、近海用の対潜迷彩塗装が研究された、と。

一方で戦線を押し込まれてきた末期に差し掛かり、近海の迷彩塗装には、コントラストの強い青系での塗装が有効であったことが明記されている。

であれば、どの艦艇にその青系の迷彩塗装が施されたのか、これをセクションパワー全開で調べた。

結論。






記録は無かった。





でもピンときた。


迷彩塗装もお馴染み側面対潜迷彩の模様(輸送船の様なもの)が一般的な理解で外舷21、22号(所謂ザクカラー)で想起される。

だが、涼月も冬月もそうであったように。

雲龍型航空母艦の生駒、阿蘇、笠置。

あれらの艦船の色。

カラー映像では間違えなく薄い青系色に見える。
緑系の体色は黄色になっていく為、その真逆の青になっていく、ということは無く、青系の塗装は明らかだ。


それに笠置は島嶼迷彩まで。
幼稚園の壁に卒園記念のペンキ画をよく見かけるが、あんな感じの舷側島嶼迷彩。

コントラストの強いブルー系の迷彩だ。

こんな感じだった。
・生駒 青灰色
・阿蘇 青系
・笠置 青系強い島嶼迷彩

研究者の間では、それでも
・コダクローム系の青強調
・現像偏差
・錆と艶消失
には要注意と警鐘を鳴らす。

それらを差し引いても、4番艦以降の雲龍型は水色系の迷彩塗装であった可能性が高いそうだ。

米軍記録では、Sea blue、Ocean grayと記録されている公文書が残っている。
(出典:shipcamouflage.com:IJN camouflage measures -US Navy WWII)

わざわざBlueとしているので、単なる青味のあるグレーや誤記で片付けることはできない。

US Naval Technical Mission to Japan や Technical Air Intelligence Unit でも帝國海軍の青系迷彩が取り上げられている。

信号機の色の表現のこともあるから断定はできないけど、少なくとも笠置、生駒、阿蘇は青系の迷彩塗装の可能性が高い。



そして葛城の色になるのだが、明らかにコントラストが強いことは白黒写真でも明らか。

 

ただカラー写真などは残っていないので、呉接収以降(1945年10月以降)の米軍調査資料に頼らざるを得ない。

それらを紐解いていくと、航空甲板の対空迷彩も、通常デッキタンの部分のコントラストは弱めで周囲の濃い部分色と馴染んでいる記録写真、記録映像が残る。

でも2番艦天城は、明らかに外舷21号、22号だ。
つまり緑系の迷彩。いわゆるザクカラーである。

3番艦葛城では天城と異なりもっとコントラストが強い薄い色を使っている様子が窺える。

濃い部分を含め、緑とも青ともどころかグレーにさえ見える舷側の不鮮明なカラー映像。

一方、末期では対潜迷彩より、対空迷彩へ思想が寄っていったのではないかと考えることもできる。

いや寧ろその方が自然ではないだろうか。

敢えて面倒で手間のかかる効果不明瞭な緑系迷彩を葛城に施すだろうか。だからこそ同じ場所で生まれた天城と葛城姉妹であっても、異なる迷彩を施したのであれば絶対考えている筈だ。

海面同化、または海面上誤認識や上空視認低減(航空偵察対策)に寄せたのではないか。


でも手間暇かけて一程度のカラーフィルムの感光状態を計算して現像補正等を鑑みた色を出すのも自分でできれば話は別だが他人にお願いするのは気が引ける。

だからあくまで個人で出した推論。

結論から言うと、葛城の舷側色は、グフカラーならぬ、よりコントラストの強いグフカスタムカラーの可能性を排除できないということ。

最近の葛城研究でも青系迷彩説はどんどんと有力視されてきている。

艦船考証派のYoutuberである深山氏(宮間めさの氏)も葛城の青系迷彩に触れているようだ。

何でいつもこんな誰もやったことの無い再現に行き着いてしまうのだろう。

冬月で定説のカッター撤去の嘘をご提供いただいた天一号作戦対空戦闘時の写真で否定し、初霜では直前までの甲板張替え工事という重大修復を行っていた都合上リノリウム貼付がなされていないことが判ったり、涼月でも前述の通り青系迷彩だけでなく前甲板にはリノリウムが貼られていなかったり、剥がれていたりと未だ誰もやったことの無い再現をして
来た。

そして雪風では無視できない大きさの電子戦機器の位置が特定でき、艦尾対潜兵器が従来の解釈と異なる1次資料を発見してしまい、手が止まる。
 

雪風の最終時は従来のイメージと異なり、全体的にガラッと変わってしまった。特に艦橋の異様さはまるで般若の様だ。

今迄の資料と呼ばれるものがいかに社会的な忖度や大人の事情で真実を記載できないことも学んだ。

 

定説を全く信用できないことも理解した。



定説であっても嘘はダメだ。



葛城の復員船時代は船体補修の際に塗装のし直しが記録されてしまっており、余りの塗料を雑多に塗られたであろうことから、元々の迷彩の確認に資する確実な情報は得られないだろう。

葛城の最終時の色。

これだけを見ても、当時の人々の想い、そして絶望、そして生存への執着。

これらがどう帰結していったのか。
その足跡を追わねばならない。



では。
お休みなさい😴💤

 

 

艦橋頂部の特殊形状な13号対空レーダー。

プラ材での自作には限界がある。中心棒並みの細さでこの情報量を収めなければ、大嘘だ(笑)

 

駄目だ。

全くダメだ。

オーバースケールどころではない。

 

寧ろただの棒状だけでいいかも知れない。

この部分につく形状のエッチングパーツはこの世に存在しない。

 

 

 

Operations research
艦橋部品の整形:
・基部の部品前張り出し甲板の整形✔
・電探室階のキャットウォークの再現✔
・後部主檣旗流甲板の謎の張り出しを切除✔
・羅針盤階の構造物より基部の幅を詰める✔
・羅針盤艦橋の後部露天部分における分厚いブルワークを切除✔
・醜い窓モールドを切除してエッチングパーツに取り換え✔
・羅針盤階の構造物を、下階構造物よりも前方へ張り出す様加工✔
・部品をカットして張り出し甲板に突き出る構造物を再現✔
・2k信号灯基部と2k信号灯の取り付け✔
・手すりはエッチングパーツ✔
・30㎝赤外線探照灯基部の取り付け✔
・アイランド基部の増補✔
・葛城にしか見られない特殊形状な基部と対空13号レーダーの自作✔
・22号水上レーダーの基部と本体の取り付け✔
・メインマストのトラス構造の自作
・メインマストへ対空13号レーダー取り付け
・25mm単装機銃の取り付け

射撃指揮装置スポンソンと水面見張り所の作成:
・甲板からの張り出し部分を拡張した上に載せる✔
・スポンソンで支えるようになっているので自作✔
・舷側キャットウォークの自作✔
・ボートデッキの自作✔
・一部のスポンソン支柱基部、支柱の自作✔
・電子戦用赤外線通信機、二式哨信儀全受器の自作と取り付け
・セットな二式哨信儀の発哨器はどこについていたのか確証が無い
・80㎝探照灯の取り付け
・25mm単装機銃の取り付け

羅針盤艦橋階、及び露天艦橋階のブルワークの作成:
・高さは均一化する為に、プラストライプを使用✔
・問題は遮風板 >必殺プラ板切り出し合わせ技工作✔

羅針盤艦橋構造物前面の水密扉、側面における水密扉:
・エッチングパーツ使用

船首形状の修正
・艦首機銃台座支柱の自作✔
・射撃式装置台自作と射撃式装置の取り付け✔
・菊花紋章取り付け版の自作
・フェアリーダ大の自作

艦尾スターンデッキの形状修正
・フラット維持の支柱調整✔
・艦尾上甲板と格納甲板延長部、飛行甲板の支柱自作✔
・フェアリーダ大の自作

 



蛇足:葛城物語

◎葛城について、実際の記録に残る証言:
出典:厚生労働省復員局「復員事業概要」
「南方からの将兵は、母国の艦影(葛城)を見て涙する者多し。」
「軍艦(葛城)が迎えに来るとは思わなかった。」 
「上陸前に白い粉(DDT)を全身に振りかけられた。」
「荷物がびしょ濡れになるほど噴霧された。」
「南方へ送られる時にはそんな配慮は無かったのに、と複雑な気持ちになった。」
「自分たちは汚れているのかと思った。」
「帰ってきたら家族が誰もいなかった。」(独混第38旅団復員兵)
「家は跡形もなく、どこにあったかも判らなかった。」(独混第38旅団復員兵)
「帰れた喜びと、失った現実の落差で涙が止まらなかった。」(独混第38旅団復員兵)
「生き残った自分を責めた。」(独混第38旅団復員兵)
「あいつにも日本の土を踏ませてやりたかった。」(独混第38旅団復員兵)
「自分だけ帰って来て申し訳ない。」(独混第38旅団復員兵)
「死んだ仲間の顔が浮かんで眠れなかった。」(独混第38旅団復員兵)
「帰って来たが、心は南方に置いてきたままであった。」(独混第38旅団復員兵)
「(葛城の)船内は静かだった。」
「皆、還れる喜びと不安が入り混じっていた。」
「南方の死線を潜り抜けた者同士、言葉少なに寄り添っていた。」
「甲板に出て、海を眺める者が多かった。」
「故郷に近づくほど、誰もが無口になった。」

◎葛城で帰還した漢達の慟哭物語
旧帝國陸軍第5師団は旧廣嶋で徴兵された兵士を中心に構成された部隊が数多く含まれる。

特に、独立混成第38旅団は、昭和19年廣嶋市内(宇品)で編成され、南太平洋のブーゲンビル島や、ファウロ島などへ派遣され、この地域で終戦を迎えている。

独混38旅団の陸軍兵たちは、帝國海軍第82、87警備隊などの生き残りと共に、第1陣として、航空母艦「葛城」で帰還することになる。(※厚生労働省、アジ歴公開資料より)

待ちに待った本土への帰還。

南方から帰還する第5師団の兵士たちは、自分たちを迎えに来た航空母艦「葛城」を見て泣いた。

これで廣嶋に還ることができる。
皆泣いた。

エンジン音を轟かせ、近づいて来る巨大な葛城の艦影を見て、おーい、おーい!と心の中で手を振った者も多かったであろう。

葛城を見て、ようやく還る実感が湧いてきた者も多かったはずだ。

葛城に乗船する際、訳も説明されずにマスクが配布される。
南方に送られてくる時にそんな配慮は無かった。

決死の覚悟、生きて日本へ戻ることの無い覚悟をして南方へ来た。

こうして日本へ、廣嶋へ還ることができることは表情には出さないものの、誰もが内心喜んだ。
葛城は、現地を1946年1月26日に出港して内地を目指した。

長い船旅ではあったが、故郷日本の山野が目に入ると、誰もが無口になった。

葛城は広島県大竹市沖(宮島西沖)に辿り着き、彼らは輸送艇に乗って、日本の土を踏んだ。
感慨深かった。

 

ついに還って来ることができた。



叶わぬ願いではあるが、あいつにも日本の土を踏ませてやりたかった。



そう想うと泣けてきたが、嬉しさも同時の表現し難い感情が奥底からこみあげてくる。
自然と無口になった。

検疫を受けた。

集合場所では、荷物がびしょ濡れになる程の消毒液を撒かれた。
葛城を出る時は白い粉(DDT:発癌性物質)を全身に浴びせられたのに。

俺たちは汚物なのだろうか。
違和感があった。

でも自由になった。

これで家に還ることが出来る。

父と母、妻やまだ見ぬ子どもたちと一刻も早く会いたい。
事前に連絡することは出来なかったのだから、急な還りで驚くだろう。
喜んでもらえるだろう。


きっと驚くに違いない。

どんな表情で出迎えてくれるだろう。

どんな言葉を掛けたらいい?

期待は膨らむ。





しかし・・・


廣嶋市内に近づくにつれ、受け入れがたい現実が目の中に否応なく飛び込んでくる。

一面の真っ黒な焼け野原。

 廣嶋駅に降り立ち、自宅のあったところに徒歩で向かった。
跡形もない自宅。

自宅?

ここが?


残留放射能に怯えるまばらな人々。



数日間探しても行方不明の両親・家族たち。

折角踏んだ本土の土は、放射能に汚染され、家族は消え、住む家をもそこには無かった。




 もう涙も枯れて一滴も残っていない。

私は明日から何をすればよいのだろうか。





絶望しかなかった。
 

 

 

 

 

傷つけば 傷つくほど 優しくなれた (戦場で傷ついた身体や心があるから優しくなれた) 
貧しさは 大きな 力になり (敗戦により突き落とされた貧しさは、大きな成長のバネになった) 
意気地のなさは 勇気に変わる (戦場で突撃する時の意気地の無さは、勇気に変えることが出来た) 
ひねた瞳は 真実を欲しがる (戦場でひねてしまった瞳は、真実の自分を欲している) 

真実は とてつもなく 激しかった (戦争は、とてつもなく激しかった) 
愛せば 愛すほど 苦しくなる (愛する家族を想えば想うほど戦場では苦しかった) 
はかなさが 美しいから (はかなく散っていく仲間は、時に羨ましくも見えた) 
死にたくても また歩いた (自分も死に場所を探したくなったが、前を向いて歩き始めた) 

俺はいま 真夜中の湾岸を とばしている 
カーラジオ 消して 受話器を耳にかたむける 
進路は 東へとお前の 声を聞きながら走る 
とうとう昭和の歴史が 終わった 

悲しめば 悲しむほど 想いやれた (仲間の死は、想い遣ることの原点だ) 
悔しさは 大きな 力になり (敗戦の悔しさ、生き残った悔しさは、日本に巨大な力をもたらした) 
力はいつしか 詩になる (その力は奇跡の戦後復興と共に、詩になった) 
許せないのは 自分となる (許せないのは、生き残った自分だけになった) 

俺はいま 受話器を 静かに置いた 
あゝ吹きすさぶ 強く 冷たい風に抱かれたい 
夜明け前の 街が確かに 動き始めてる 
とうとう昭和の歴史が 終わった 

夜明け前の 街が確かに 動き始めてる 
とうとう昭和の歴史が 終わった


長渕 剛 - 「昭和」
 

 

 

 
 

 

航空母艦葛城。アオシマの旧キット。

1973年発売のプラモデル黎明期のレジェンドキット。

 

プレミアが着いてもおかしくないのに800円で連れ帰った。

製作記としての記事は3回目?

 

 

前回まで冒頭に帝國海軍が最期に完成させた制式航空母艦としていたが、違うとのご指摘を頂戴した。

航空母艦信濃があるだろ、と。

 

だが、一応葛城としている事由がある。

 

信濃は艤装どころか、水密工事ですら終えていない。

つまり完成していない。

 

だから葛城が最後に完成した、として良いのではないか。

信濃が最後に完成したのであれば、生駒や阿蘇、笠置、伊吹も同類項であろう。

 

 

本日の工作はファンネル。

2本あるファンネルは男らしい1パーツ。

 

潔いのだが、スペシャルなヒケが目立つ。

 

こういう時は魔法ペンの登場。

ごにょごにょやって。

 

5分であっという間にヒケ消滅。

超時短。

 

パテ使わずとも同じプラ素材なので、馴染も大変良い。

高価なツールではあるが、時間には代えられない。

 

そしてこれどうしようか。

知らなかったのだが。

8連装ロケット弾ポットだと思っていたのだが、28連装というとんでもない兵器であった。

 

満足に工業力で弾薬補給をカバーできていたのであれば、米艦載機とてそう簡単に近づくことはできなかったであろう。

 

陸軍の無線誘導弾ミサイル(熱海の試射で民家直撃事件や、琵琶湖での目標物への試射で命中など記録が残ります)といい、第2次世界大戦時の兵器ではあるものの、今でも聞く兵器が既に完成系を迎えていたことに驚きを禁じ得ない。

 

話はズレたのだが。

 

この28連装ロケット弾については、×6個、スクラッチで解決・・・するか。

義務だ!義務。

 

仮組を重ねてどんな最終形になるかイメージ。

アオシマの再現力の中でも、葛城は格別ではないだろうか。

 

徐々に形になってくると、当時の匠の粋を極めた美しいプロダクト製品としての魅力が、スケールモデルという仮の姿を使って伝わってくる。

 

なかなかうまく表現できていそうではあるが、スポンソンはもう少し張り出している様だ。

 

あとは、アイランドとしての飛行甲板下の連続性をスクラッチしたのと、飛行甲板下のキャットウォークの再現、カッターデッキが無いのでそれを再現、見張り場の支柱基部の再現等をやって時間切れ。

艦橋だけ手を加える方針だった筈。

 

次から次へと見えてくる実際と違う部分。

見過ごせるようになるとどれだけ楽になるのだろう。

スターン部分もバランスが悪かったので調整してみた。

 

基のキットの部分がどんどんと自作部分に置き換わっていく様子もまた いとをかし。

 

 

 

では。

お休みなさい😴💤

 

 


 

 

 

Operations research
艦橋部品の整形:
・基部の部品前張り出し甲板の整形✔
・電探室階のキャットウォークの再現✔
・後部主檣旗流甲板の謎の張り出しを切除✔
・羅針盤階の構造物より幅を詰める✔
・羅針盤艦橋の後部露天部分における分厚いブルワークを切除✔
・醜い窓モールドを切除✔
・羅針盤階の構造物を、下階構造物よりも前方へ張り出す様加工✔
・部品をカットして張り出し甲板に突き出る構造物を再現✔
・窓枠をエッチングパーツで再現✔
・2k信号灯基部の取り付け✔
・手すりはエッチングパーツ✔
・60㎝赤外線探照灯基部の取り付け✔
・アイランド基部の増補✔

・特殊形状な基部と特殊形状の対空13号レーダーの自作

・22号水上レーダーの取り付け

・メインマストのトラス構造の自作

・メインマストへ対空13号レーダー取り付け

射撃指揮装置台?兼兵員待機室?の作成:
・甲板からの張り出し部分を拡張した上に載せる✔
・スポンソンで支えるようになっているので自作✔
・舷側キャットウォークの自作✔
・ボートデッキの自作✔

・一部のスポンソン支柱基部、支柱の自作✔

羅針盤艦橋階、及び露天艦橋階のブルワークの作成:
・高さは均一化する為に、プラストライプを使用✔
・問題は遮風板 >必殺プラ板切り出し合わせ技工作✔

羅針盤艦橋構造物前面の水密扉、側面における水密扉:
・エッチングパーツ使用

 

船首形状の修正

・艦首機銃台座支柱の自作✔

・射撃式装置台自作と射撃式装置の取り付け

・菊花紋章取り付け版の自作

・フェアリーダ大の自作

 

艦尾スターンデッキの形状修正

・フラット維持の支柱調整✔

・艦尾上甲板と格納甲板延長部、飛行甲板の支柱自作

・フェアリーダ大の自作

 

 

 

旧帝國陸軍第5師団は旧廣嶋で徴兵された兵士を中心に構成された部隊が数多く含まれる。

特に、独立混成第38旅団は、昭和19年廣嶋市内(宇品)で編成され、南太平洋のブーゲンビル島や、ファウロ島などへ派遣され、この地域で終戦を迎えている。

独混38旅団の陸軍兵たちは、帝國海軍第82、87警備隊などの生き残りと共に、第1陣として、航空母艦「葛城」で帰還することになる。(※厚生労働省、アジ歴公開資料より)

待ちに待った本土への帰還。

南方から帰還する第5師団の兵士たちは、自分たちを迎えに来た航空母艦「葛城」を見て泣いた。

これで廣嶋に還ることができる。
皆泣いた。

エンジン音を轟かせ、近づいて来る巨大な葛城の艦影を見て、おーい、おーい!と心の中で手を振った者も多かったであろう。

葛城を見て、ようやく還る実感が湧いてきた者も多かったはずだ。

葛城に乗船する際、訳も説明されずにマスクが配布される(感染症予防と衛生管理の為)。
南方に送られてくる時にそんな配慮は無かった。

決死の覚悟、生きて日本へ戻ることの無い覚悟をして南方へ来た。
こうして日本へ、廣嶋へ還ることができることは表情には出さないものの、誰もが内心喜んだ。

葛城は、現地を1946年1月26日に出港して内地を目指した。

葛城は広島県大竹市沖(宮島西沖)に辿り着き、彼らは輸送艇に乗って、日本の土を踏んだ。
感慨深かった。

 

還って来ることができた。



あいつにも日本の土を踏ませてやりたかった。
そう想うと泣けてきたが、嬉しさも同時の表現し難い感情が奥底からこみあげてくる。

検疫を受けた。

集合場所では、荷物がびしょ濡れになる程の消毒剤(DDT:発癌性物質)を撒かれた。
俺たちは汚物なのか。

違和感があった。

でも自由になった。

これで家に還ることが出来る。

父と母、妻やまだ見ぬ子どもたちと一刻も早く会いたい。
急な還りだ。

きっと驚くに違いない。

どんな表情で出迎えてくれるだろう。

期待は膨らむ。


が・・・


廣嶋市内に近づくにつれ、現実が目の中に否応なく飛び込んでくる。

一面の真っ黒な焼け野原。

 

人もまばらだ。

廣嶋駅に降り立ち、宇品に徒歩で向かった。
跡形もない自宅。

そして残留放射能に怯えるまばらな人々。

自宅は愚か、探しても行方不明の両親・家族たち。

折角踏んだ本土の土は、放射能に汚染され、家族を奪い、住む家をも奪っていた。



私は明日から何をすればよいのだろうか。

 

 

 

 

 

 

傷つけば 傷つくほど 優しくなれた (激しい戦闘中で仲間を思い遣る気持ち) 

貧しさは 大きな 力になり (敗戦により突き落とされた貧しさは成長のバネになった) 

意気地のなさは 勇気に変わる (銃を構え、突撃する時の意気地の無さは、勇気に変えることが出来た) 

ひねた瞳は 真実を欲しがる (何でも疑ってみる眼は、真実を見極めたくなった) 

 

真実は とてつもなく 激しかった (戦争は、とてつもなく激しかった) 

愛せば 愛すほど 苦しくなる (愛する家族を想えば想うほど戦場では苦しくなった) 

はかなさが 美しいから (はかなく散っていく仲間は、時に儚く見えた) 

死にたくても また歩いた (自分も死に場所を探したくなったが、前を向いた) 

 

俺はいま 真夜中の湾岸を とばしている 

カーラジオ 消して 受話器を耳にかたむける 

進路は 東へとお前の 声を聞きながら走る 

とうとう昭和の歴史が 終わった 

 

悲しめば 悲しむほど 想いやれた (仲間の死では、悲しいほどに思い遣ることができた) 

悔しさは 大きな 力になり (敗戦の悔しさは、あまりにも巨大な力になり) 

力はいつしか 詩になる (その力は、奇跡の戦後の復興と共に詩になった) 

許せないのは 自分となる (許せないのは、生き残った自分) 

 

俺はいま 受話器を 静かに置いた 

あゝ吹きすさぶ 強く 冷たい風に抱かれたい 

夜明け前の 街が確かに 動き始めてる 

とうとう昭和の歴史が 終わった 

 

夜明け前の 街が確かに 動き始めてる 

とうとう昭和の歴史が 終わった

 

長渕 剛 - 「昭和」