真実の歴史シリーズ:
楠木正成:神格化の嘘を暴く
史実を捻じ曲げ、神格化されてしまったことで実態と大きく乖離した人物像が一般化してしまった例は歴史的にも沢山あります。
アルベルト・アインシュタイン、宮本武蔵、クレオパトラ7世・プトレマイオス、諸葛亮孔明、坂本龍馬等、一般的なイメージと実態があまりに乖離した実例が散見されるところです。
アインシュタインは妻のミレヴァや友人のマルセルが居なければ、一般相対性理論Gμν+Λgμν=κTμν の完成は無かったでしょうし、宮本武蔵が無敗無双という完全なる虚像は小説の中だけの話。クレオパトラ7世は性のアイコンではなく、プトレマイオス朝存続の為に女を武器にしただけ。
極端な評価や誤った評価だけでなく、歴史に利用されて虚像が一般化されてしまうなどのパターンです。
今進行しているアニメ、キングダムの凡将 李牧 の実態に乖離した表現も人物像の改竄で危険です。
英雄 王翦 の手のひらで踊っていただけの愚将とまでは申しませんが、寧ろ孫の 李 左車 の方こそ評価されるべきです(敗軍の将、兵を語らずで有名ですね)。

本日取り上げるのは、明治期から太平洋戦争に至るまでの期間で神格化され、忠義に尽くした軍人の手本とまで言われた人物を対象に毒を吐いていこうと思います(笑)
太平洋戦争中は菊水特攻の象徴とされた菊水紋ですが、これは中世南北期の 山岳悪党商人 であった、楠木家の家紋です。
この菊水紋を掲げた 楠木 正成 は、建武の悪政で名高い天皇後醍醐に最後まで忠義を果たした忠将として神格化されました。

【nano bananaがイメージした悪党 楠木 正成】
我々が抱く『忠義の武将』というイメージは、実は明治以降の国家形成において都合よく塗り替えられたパッチワーク、即ち虚像に過ぎません。
その足跡を追っていくと、ちょっと一般論とは一線を画す側面が見えてきてしまいます。
彼は忠義な武将ではなく、その実態は、悪名高い山賊商人です。
所謂、当時の表現でいう『悪党』です。
山間部を拠点とした流通・水運・物流の元締め。いわば、経済の動脈を握る「武装した商人」であり、当時の幕府の秩序に従わない『悪党』だった訳です。
北条六波羅探題軍(高橋氏、六角氏など)に包囲され、千早城や赤坂城に籠城を決断したのは、幕府に取り締まられるのを忌諱した暴君後醍醐への自分たちの利権を認めさせるための謂わば賭けでした。自分たちの利益となる陣営選択です。
物流ネットワークと地理を熟知した悪党どもは、六波羅や幕府軍を地理的優位性で翻弄します。
幕府軍がなるべく犠牲を押さえて解決を図ろうとした裏をかかれたということもあるでしょう。
いずれにしても 楠木 正成 ら悪党にとって恩賞は美味しかった。味を占めてしまった。
今度は北条執権直属の正規軍である名越や足利軍に包囲された。
いざ鎌倉の通り、御恩と奉公によって成立していた鎌倉幕府の御家人との繋がりですが、恩賞でド田舎の山城を得てもなんら美味しいことはありません。
これが足利軍が幕府軍から離反する切っ掛けになりました。
楠木 正成 は軍事の天才でも何でもありません。
この時の足跡を追うと、後先考えない行動があまりに多い。
結果、暴君後醍醐は、現場で血を流す武家に恩賞を与えず、お気に入りの公家や、愛妾などへ手厚く恩賞をばら撒き始めます。歴史に名高い「建武の悪政」の始まりです。

【nano bananaがイメージした暴君 後醍醐】
全国の御家人は怒りました。足利 尊氏 も頼朝の様に奉上げられます。
楠木 正成 ら悪党は、恩賞よりも自分たちの利権保証を選びます。決して暴君後醍醐への忠誠心が柱ではなかったと思われます。
同じ様に全国の御家人、特に東北勢の手のひら返しは綺麗でした。

【nano bananaがイメージした北畠 顕家】
伊達家、南部家、田村家、畠山家(二本松)、小山家は、北畠顕家に従って西進しましたが、石津で木っ端みじんに全滅します。
田村や畠山、小山氏は畿内に辿り着く迄に離反しましたが、伊達家は最期まで付き従った為、いきなり始祖の代で、恐らく伊達家最大の危機を迎えていました。
この顕家に対しても早く上京せよと厳命するだけで、何のフォローもみせませんでした。
東海道は脇屋氏以外全て足利に靡きました。北側からは、甲斐源氏武田が甲州路を押さえます。鉄壁の物流ルートの差し押さえです。
同じ甲斐源氏武田流の南部氏が暴君後醍醐に味方したり、足利一族である二本松畠山家が同じく北畠に同調したのは、背景に歴史的な中央からの搾取の実態があったと言われますが、暴君に味方したのは間違えだったと直ぐに悟ります。

【nano bananaがイメージするshogun 足利 尊氏 】
その後、九州勢をお味方に東進する足利軍を見て敵わないと思った 楠木 正成 は、暴君後醍醐に京都を捨てて空にして焦土戦術を献策しますが、公家連中に反対されるというのは史実です。

【nano bananaがイメージする暴君 後醍醐へ焦土戦術を献策する楠木 正成】
では 楠木 正成 の言うとおりに焦土戦術を実行したとしましょう。
暴君後醍醐とその一味がの勝算は既に全くありませんでした。
北摂から河内和泉に至るまで、正直暴君に味方する国人領主はいませんでした。ということは難波の水運ネットワークは足利軍に優位に機能していたからであり、公家どもが反対するのは当然。
暴君後醍醐の無能さを悪者にして楠木の評価を悲劇として奉り上げる、という歴史認識の改竄でしたが、当時の実態を紐解けば、あまりに軍事的に馬鹿げた献策であったかという証左になってしまいます。
それを嘆いて 楠木 正成 は出撃した、と記録されますが、湊川での戰はあまりに軍事的素人過ぎる、ただの無意味な突撃の繰り返しでした。
大河ドラマでも描かれましたが、もはやこれまでと悟った 楠木 正成 は、未だ少年であった跡取り、楠木正儀 を逃がします。

【nano bananaが再現した 13歳の 楠木 正儀 を逃がす 楠木 正成 】
「父は暴君に誤って味方して利権承認どころか家名存続すら怪しくさせてしまったことを悔いている。
これからは一族郎党を路頭に迷わさず、正しく判断せよ。」
そんなセリフが本心だったと思います。
忠義のかけらもありません。
辞世の句「七生報国」は涙を誘いますが、太平記で描かれた小説内の創作であり、後世明治時代の捏造は間違えありません。

【nano bananaが再現した楠木 正成、楠木 正季の自刃シーン】
楠木 正成 は自害して果てましたが、息子の正儀は生き伸び、しばらく暴君側として足利と闘いますが。
楠木 正儀 は、少数でも戦えるギリシアのファランクス戦法に似た長槍という武器を発明し、足軽の先駆けとなる部隊編成を考案します。
取り敢えず暴君側として戦ってはみましたが、あまりに捨て駒扱いされることに憤りを感じ、結果的に足利幕府軍に味方します。
このファランクスならぬ長槍戦法が、結果的に暴君南朝系の傀儡政権を滅亡させる手段になるのですから、もし父正成が七生報国のような辞世の句を遺していたのであれば、足利幕府に味方するという史実自体武士の誉として有り得ません。
極論を申せば、楠木 正成 一族は、利権保証と金で動くただの悪党だった、というのが最も実態に近い史実であろうかと思います。
というのが、学術的な解釈の主流であることを本日はご紹介しました。






























