まえじシステムは3本柱で構成する予定です。

それぞれ


①受け手側の姿勢の取らせ方と各姿勢での施術法

②術者側の身体操法(運動神経の良さや筋力とは別の『技術としての身体の使い方』)

③施術を背後で支えるエネルギー論(気功など)


となります。


なるべく簡潔にまとめて、私が60歳になったら公開して行こう…と現状考えております。いまのところ60歳で現役引退のつもりでおりますので、それまでは企業秘密なので非公開。でも引退したらもういいかな、と。


おそらく①だけ学んでいただければ十分です。これは鍼灸師はもちろん手技療法者の方でもそのまま使える内容ですし、特に難しい技術は求められません。知ってるか知らないか、だけの話ですし知ればその日から使えます。


ちょっとカッコをつけて大袈裟に言いますと、療術業界に新しい常識が生まれる、施術の属人化の時代は終わる、それぐらいの内容だと勝手に思っています。


②③は、そういうものが好きな人だけが学べば良いかな、と思います。個人的には②が一番好きなテーマですがマニアック過ぎるかなとも思います。


現在52歳ですので、ザッとあと8年。

①は問題なく組み上げられると思います。②③をどこまでまとめられるか、公開するに足るだけの内容に出来るか、ここはまだ未知数です。ダメなら①だけでも良いと思っています。


あと公開方法ですね。これはもう、まったく知識も技術もありません。ですからあと8年の間にそちらの方も考えないといけません。


果たして実際に公開まで漕ぎ着けるかは分かりません。ただ30年以上籠った施術室を出て、発信と実地セミナーなどを行う…というセカンドキャリアはなかなか魅力的に感じております。



まえじシステムを組む、というチャレンジは過去に数回実行し、いずれも短期間で挫折しました。


現在の第3次まえじ鍼灸院では、もはや「ノウハウ化は無理」と諦めており、チャレンジすらしなくなってしまいました。


ところが2026年に入って、既報のとおり「施術の際、受け手側の姿勢をきちんと整える」を徹底しだしましたところ、期せずして施術がまとまり始めました。


それに伴い、施術に対する私の意識も一変しました。いま全てが「集約化、システム化」に向かい始めました。


この『私の意識』が実は一番の問題だったのかも知れません。意識をちゃんとシステム化に向けられていなかったように思います。

世田谷に移って第2次まえじ鍼灸院でも引き続き拡大路線でした。


この時期は複雑化の極みだったと思います。様々な道具を揃え、日々オリジナルテクニックを開発し続け、もう収拾がつかない状態でした。


その反動とでも言いましょうか、この第2次まえじ鍼灸院時代の途中から、何度も


「もうこのあたりで1回『自分のやり方』をまとめよう。あまりにも複雑過ぎる」


と思うようになりました。その『自分のやり方』を通称『まえじシステム』としました。


システム、という言葉に整然と整理されたものという印象を持っており、その様なものにしたいなという願いを込めました。


この時点で開業10年を超えておりまして、つまりなんだかんだと悪戦苦闘しつつも、結果は出し続けられていたわけです。


しかしいざまとめるとなると、あれもこれも外せない、あっ、また新しいテクニックが出来てきちゃった…となってしまい、頓挫を繰り返しました。


まとめるどころか更に複雑化するばかりでした。

施術のノウハウ化、は開業時から考え続けていることです。


ノウハウ化するためにはまず


「しっかり結果を出せること」


が大前提になります。


しっかり結果を出し続けた上で、その結果を出せる方法を整理して分かりやすくまとめる。これがノウハウ化ですよね。


この「しっかり結果を出す」がそもそも難しい。鍼灸院には通常、あまり簡単な症状は持ち込まれません。病院も接骨院も整体も…アチコチ行きましたけど良くなりませんというレベルのものがほとんどです。


免許取得したばかりの駆け出しの鍼灸師が開いた鍼灸院であっても、容赦なくそういうものばかりが持ち込まれます。


いま思い返してましても、埼玉での第1次まえじ鍼灸院で扱っていたモノはキビシイものばかりでした。開業3カ月で「このまま続けるのは無理かも知れない」と真剣に思いました。


とにかく結果を出さなければ…とあの手この手、色々な手法、道具、もうなんでも使いました。


ですから『整理する。まとめる』どころか、どんどん複雑に拡大して行ってしまいました。

30年前、就職氷河期で新卒採用が激減し社会問題にまでなっていた中でようやく入れた会社を、ストレスから自律神経失調になり、鬱半歩手前までなったところで退職しました。


4/1入社〜3/31退職でしたから、きっかり1年間だけの在籍でした。


少し前にその会社が同業他社に買収されて完全子会社となり上場廃止したこと、またそれにともない本社も移転したことを知ったときはとても寂しい気持ちになりました。特に本社移転がショックでした。


そして先日たまたまネット上で、その旧本社が賃貸物件として出ているのを見つけさらに寂しい気持ちになりました。


掲載されている間取り図を見ながら「ああ、ここは不動産事業部、ここは営業本部、ここは更衣室…」と、当時の社内の様子が次々に頭に浮かびました。


なんででしょうかね…酷い目にあった会社なのに、別に怨んだりはしていないんですよね。


過去にも、辞めて十数年後にたまたま近くまで行く用事があって「ならばついでに」と会社を見に行ったことがありましたが、そのときは懐かしさでいっぱいになりました。最初は緊張してビクビクしておりましたが。


あの窓のところに自分のデスクがあったな…などと思いながら見上げたりしましたなぁ。


今年の秋には完全子会社から完全吸収合併になるらしいので、遂に社名も消えてしまうのでしょう。


30年前…遠い昔のようにも感じますし、つい先日のことのようにも感じます。


不思議な気持ちです。