「魔力」といってしまうのがふさわしいのかわからないけど、、


言葉には確かに力がある


心から出た言葉は:心から真っ直ぐ相手に届く。

             熱量を持った言葉・聞く人も、それを話した人もパワーを得られる


ごまかしの言葉:心とは反対なので、本人も相手も混乱させ力を奪う。何となく嫌な後味がする


言葉には波動とか微細な世界の力が働くから、心が伴っていない言葉は、力のベクトルが定まっていない。

発された途端に、誰も受け取りたくない粒子は、モヤモヤとほこりのように言葉を発した人と聞いている人にまとわりついているのだろう。


いい加減にできないものなんだね。


阿倍晴明は人の名前でさえ、呪詛だと言った。

自分でも発し、人から呼ばれる名前は、その音や込められた気持ちの作用をかけ続けるからでしょうね。


親は自分の子どもに願いを込めて名付けるのが、わかるような気がする。


日本語の50音は「鏡ことば」


”あいうえお”を軸として、か行以下の子音の裏に母音の(命の)音が宿って働く。


だから、嘘は必ず表にあらわれる。

微細ながらも波動((粒子)を持って、嘘として存在する事を、表に表したいという働きを持たせるからだと思う。



反対に、心からでた希望や愛の言葉も、同じように人を癒し・動かし・勇気を与え、その波動粒子を表にあらわそうと(現実化・物質化)、働きを持って存在する。


わかってしまえば、もう嘘でごまかす事は本当にムリという事



それでも嘘を言いたい時もあるし、言わなきゃいけないと感じる事もあるけど、

「なんちゃって~」とか「冗談だよ~」なんて、ちゃんとリセットしておけばいいんじゃないかな。

(少しはゆらぎがないと生きづらいから)