当たり前だと思ってる
あれやこれ
それを
他人が「貴方は、ありがたみが分かってない!」と指摘しようが
本人が当たり前と思ってる対象は
感謝の域に顔を出さないのです
だって
当たり前だから
当たり前なことを
思いだしたり
考えたり
ましてや感謝するなど
あり得ない
当たり前じゃなくなったときに初めて
姿を現し
考えたり
感謝が湧くのです
なーんて
思いました
義妹が
よく
他人のことを
あの人は感謝が足りない!
ありがたみが分かってない!
と
自分と同じ視点を持たない人を批判していて
きっと私のことも含まれてるのでしょうが
やはり
当たり前の人と
そうでない人では
仕方がないのだなぁ
娘たちが
食べ物を平気で残すことに
ありがたみがないとか
貧困の子ども達が飢饉で苦しんでることなど
私は
ガミガミ言うのですが
ま
そういうことで
娘たちも
当たり前に出てくる食事に
ケチをつける
捨てる
それは
当たり前ゆえなんだなぁ
私自身も
人生に文句を訴えている時は
命を当たり前に思っている節がある
当たり前じゃなくなったとき
歩くとこすらも
素晴らしきことになる
自分の足で
ここまで来たことに
どれほどの感謝と喜びが溢れるでしょうか
