1966年(S41年)11月9日~家族やファンに見守られながら
ファニーズは京都駅から新幹線で上京するのである、
午後4時18分~東京駅に到着![]()
池田、中井マネージャーが出迎える、そのまま渡辺プロが借りた~
世田谷区烏山の一軒家で合宿生活を始めるのである。
ちなみにタイガースのメンバーははその後、
1966年(昭和41年)11月9日から烏山~、
1967年(昭和42年)7月23日から四ツ谷左門町~、
1967年(昭和42年)12月30日から目黒ハイツ~、
1968年(昭和43年)8月から~ジュリーが霞町のマンション、
サリーが信濃町、タローは赤坂、ピーはそのまま目黒ハイツ
トッポは烏山からとっくに麻布飯倉で一人暮らし~引っ越しの歴史は続くのである。
記事には~日曜日には、1,000人近いファンでごったがえし
、近所の苦情は殺到したのである、とある。
そうだろうな~、タイガースが出掛ける時、仕事から帰ってきた時~ファンでマンションの入り口はいっぱいだったんだろうな、
警察官も整理に出ていたそうだし、もし私がその当時東京にいたら、迷惑かえりみず~間違いなく待っていたと思います![]()
さて、話を戻しますが、1966年(昭和41年)11月22日初めてのテレビ出演![]()
フジテレビの「ザ・ヒットパレード」
に出演します。
演奏したのは、ポールリヴィアとレイダースの「キックス」
で、わずか45秒という短い出演でした。
とうことで、秘蔵の音源の「キックス」を聴いてみました![]()
わぁ~、ジュリーの声可愛い、声~高い、一生懸命歌ってる~
チャン、チャチャ、チャン、チャチャ、チャン、チャチャ~チャチャ~ン、
ギターの音色が超心地いいです![]()
な~んて、なんて表現したらいいか、わかんないですけど~懐かしいメロディーです、
あと曲を測ってみたら~演奏は2分ありました![]()
1967年(昭和42年)2月5日「僕のマリー」でポリドールからデビューする。
1967年(昭和42年)3月19日で、目黒パークレーンで~
ファンクラブ主催による第1回「
「タイガースというバンドに沢田研二という美少年
がいる」・・
この評判が都内の女子高校生を中心に広まりつつあった。
3月25日、26日、大阪「ナンバ一番」で里帰り公演、
二日間超満員。
そして~1967年(昭和42年)5月5日、2枚目のシングル
「シーサイド・バウンド」が発売された。
5月31日には~
東京・竹芝浅橋の東海汽船「はまゆう丸」で「シーサイド・バウンド」発表会。
真夏のリズムに乗った軽快なこの曲で、彼らの人気に火がついた。
ふむふむ・・、
51年前か~私達が初めて買ったレコードがタイガースの「シーサイド・バウンド」だったんだよね![]()
裏には確かメンバー全員の紹介が印刷されていて~
この真ん中で飛び跳ねているヴォーカルはいったい誰?
カッコいい~「沢田研二」って言うんだ![]()
ホントに綺麗な美少年だったジュリーがそこに存在していたんだよね~。
まさか本人も50年後も芸能界にまだいるとは想像してなかったろうね~![]()
でも・・・その当時の
「ジュリーの夢
」は
「タイガースのジュリーが、立派なエンターティナーとなって名を残すこと~
」
ってあったんだよね~、その夢は確かにかなってると思います![]()

