こんにちは!

アトリエayanasu 片岡彩です。

今日は拗ねについてお話したいと思います。







わたし、

自分にOKを出す前は

拗ねてる自分がふつうだと思っていたんですよね。






こういう自撮りを載せている人もきらいでした。

何やってるの?いらいら。

自分のことが好きなのね。ふん。って思ってました。笑







今は、自撮りや自分の写真を載せている人を見てもいらいらはしないし、

自撮り上手だな〜とか

自分のこと好きなんだな〜とか

自撮りするまでに葛藤はあったのかな?

拗ねを手放してきたのかな、なんて想像したりもする。

前とはちがうな。






自分にOKを出すまでは

拗ねてる自分がふつうだと思ってたんですよね、

わたし。






拗ねてる自分はどうにもならないもの。

拗ねてるのがふつう。

拗ねたまま生きていくんだろうな。

って思ってた気がする。







その時って

ものすごくしんどくて

ちょっと、、、

さみしかった。

そんな自分にすら、ふん。って思ってました。



入院していたミシンを受けとってきました
一年前くらいに修理をお願いしたのだけど、それからの間、相当使ってるね!って驚かれました。





そのね、

「しんどい」「さみしい」が

自分が感じている気持ち。







当時は、やり場のないその気持ちを

どうしたらいいのかわからなかったんだけど、

今はわかるよ!





「しんどいんだね」

「さみしいんだね」

って、自分が受けとめてあげるの。







それ、誰かに受けとめてもらうことじゃなかったです。

自分が自分にしてあげることでした。







それがわかって

自分でそうする。と決めてからは、

わたしは拗ねと仲良くなってきて

拗ねてる自分にもOK〜が出せるようになってきて、

拗ねてることを選ぶんじゃなくて

拗ねる以外のことを選べるようになってきたように思います。







どれがいい?って自分に聞けるようになるの。

そして、たくさんの選択肢があるのも見えるようになったよ。







すべて、自分が選べる。







自分が受けとめる。







すべて、すべて、自分がすることでした。






すべて、自分。って

こういうことだったのか〜って今は思ってます。