はじめに
記事を読む前にプロフィールをご覧ください
※ まさに「こんなはずじゃなかった![]()
」
そんな結婚生活でした。そんな私が
子育ても、夫婦関係も、お金も
大きく変化する事が出来た方法をお伝えします♡
前の記事【序章】
はなちゃんの結婚編
2001年 人生最大のイベント出産
眩しい日差しと
セミの鳴き声が響く夏空の中
暑さと身重に耐えながらも
もうすぐ会える命への期待で
胸が高鳴っていた7月末
我が子は40週という時間を経て
ついにこの世に生まれようとしていました![]()
7月25日 出産予定日![]()
ついに陣痛が来るのか⁉
とドキドキして
1日中ソワソワしていたのに
私のお腹は何の変化もなかった…
連日「生まれそう?」と
九州の義理両親からの電話に
正直「それは私が聞きたい」![]()
と言いたくなるほど
ややストレスを感じていて
出産に備えて
毎晩夫と河川敷を散歩して
気持ちを落ち着かせるのが
日課になっていた
7月27日
この日は私の母の誕生日
どうせなら誕生日プレゼントに
孫の誕生なんてス・テ・キ![]()
そんな私の想いは叶わず・・・
母のお誕生日のお祝いをして
散歩も済ませて、部屋でくつろいで
丁度28日に日付が変わったその時。
イタタタタ・・・
締め付けるような痛みに
思わず身体を丸める
お腹痛い。
なんか今まで感じた事の無い
お腹がキューって痛くなる感じ
もしかして…これが陣痛⁉
20分後、また痛くなった!
プレステしていた夫に陣痛来たかも!?
と話したけど 「ん?そうなん。」
って対して気にもされず・・・え?
私の事よりゲームの方が大事なの?
と腹を立てる余裕がこの時にはまだあった。
午前2時
15分間隔で襲ってくる痛みと
不安を耐えるのに必死
初産だし、10分間隔切らないと
病院には電話は出来ないからと
私は痛みに耐えながらもどこか冷静でした。
午前3:30
陣痛は5分間隔になり、病院に連絡
寝ていた両親に陣痛の事を伝え
父の運転する自家用車で
病院まで連れて行ってもらいました。
午前4:30…入院。
誰もが初めてのお産に期待と不安で
いっぱいだったにちがいない
診察の結果
子宮口は6センチ開大…
お産になるまであと4センチ
助産師さんから
若いし(当時22歳)お昼には
産まれるわねぇ~と
安産の太鼓判を押された私♪
とりあえず両親は面会時間外で
帰宅することになり、
夫は陣痛室には入れないから、
ずっと病棟の椅子で待っていたそうです
すっかり日が登り、
陣痛室の外から人が行き交う音が
賑やかに聞こえてきた
陣痛は変わらず間隔を保ち、
少しずつ子宮口も開いてゆく…
どんどん痛みは増していたのに
そのうち陣痛の間隔は15~20分になり
私の意識ももうろうとしてきた
まだ産まれない…
痛みに耐えられたのはきっと
昼には産まれるという
期限付きのゴールが目前に感じられたから
そして赤ちゃんに会える喜びに
励まされたからだと思う。
でも最初の陣痛を感じてから
12時間以上・・・
寝ていない私に睡魔が襲ってくる…
そして睡魔と共に弱くなる陣痛…
気持ちも徐々に落ち込んでゆく
午後3:00…
助産師さんから少し歩いておいで〜
と病棟に出され
夫と婦人科の短いロビーを何往復もした。
戻ってきた両親も
まだ産まれていない私に付き合い
何時間も待合室にいてくれた…
痛い陣痛…皆を待たせている自分
産まれない赤ちゃん
どんどん痛みが増す中
夕方6時、陣痛室に戻った
さすがに長引くお産に、
医師の診察にレントゲン撮影
何かものものしい雰囲気になっていった…
医師の説明は詳しくはされなかったが
回旋(かいせん)と言って
赤ちゃんが産道を通るのに
うまく頭が入らないから
出てこないのかも…と
お腹を手でグリグリ動かされました。
半端なく痛くなった陣痛
ベットの上であっち向きこっち向き
フーフー言いながら耐えた
思い出して、ヒーヒーフーとか
呼吸法試してみた。だけど
ちっとも痛いの
変わらないじゃんかぁぁぁ!!!
何がヒーヒーフーだ!
くそぉ騙された!
さすがの私も午後7時…
半べそかいて泣いた![]()
まさか!
こんなに時間かかると
思ってなかった‼️涙
痛いよ、つらいよ、助けてよ・・・・
一人ぼっち…辛いよ~
でも、ついに来たんだ!
あぁ~なんかいきみたいかもぉ〜
そして、やっと分娩室と言う名の
最終舞台に来た!
2度目の分娩台に登ると
朝とは違い外からはお祭りがあるのか
太鼓の音や子供達が騒ぐ声が聞こえてくる
そんな中分娩台で陣痛と共に
何回だろう…力いっぱいいきんだ。
時計は21時を過ぎていた。
助産師さんに頭が出たから
もぅいきんじゃダメよ~!と言われ
フー・フーと深呼吸を繰り返す私の耳に
オギャーオギャアと産声は聞こえた![]()
2001年 7月28日 午後9:21
18時間27分
3190gの男児が産まれた。
長男の誕生であった…
初めて見る赤ちゃんは…
言葉にならないくらい感動的で神秘的だった
私の産後日記には
【一目見て夫にそっくりだと思った。
見れば見るほど夫にそっくりでかわいかった】
と記載されている…
どれだけ出産ハイだったかよく分かる(笑)
夫に似てかわいい…?出産マジック!
でも朝入院してから
夜までずっと病院にいた夫を思うと
感謝でいっぱいです。
病室に移ってからは
ほとんど寝ずにお産だったのに
不思議なほど眠くなかった…
一人きりの部屋で、
消灯時間が過ぎた病棟は
先ほど聞こえていた祭りの賑やかさもなく、
ペタンコになった自分のお腹が
ただ不思議でならなかった。
もぅ…ここにはいないのかぁ。
寂しい様な、嬉しい様な、
天井をにやけた顔で見ながら
いつの間にか深い眠りについていた。
翌日から自分に
どんな事が起きるかも知らず、
ただその時は幸せに満たされ
深い眠りについたのであった…![]()
hana咲く人生メソッド 追憶 ![]()
もぅ24年も前の話になったんだなぁ…
実はこの記事を書いたのは
長男が7歳のお誕生日を迎えて
私のお腹に3人目の娘がまだ居た
2008年です。(17年前)
実は、私が長男を産んだ産婦人科は
大学病院系列の大きな病院で
私が看護学生の時の実習先でした😁
もちろん、産婦人科の実習があったので
産前、産後のケアの流れを知っていました。
お産の流れも、授業で勉強したし
妊娠中に母親学級でも話は聞きました
それでも、何が起こるかわからないのが
出産ですね!
出産の数だけ「こんなはずじゃなかった!」
ストーリーがあるんだと思います。
この時22歳
良くも悪くも人生経験まだまだだから
悪い事なんてあんまり想像しなかった
携帯はあったけど、今みたいに情報社会
でも無かったから?
いや、頼れる親もいたし私は全然
子供のまんまだったのかも![]()
さて、次は第2話
はなちゃんが全く予想してなかった展開が
長男と次男の時は立ち会い不可の病院
でした。それでも実習先だった病院を
選んだのは、助産師さんや看護師さん
達と看護実習で関わってここが良い!
と思ったからでした。
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魔法のカレンダー
64の法則の話し
マヤ暦では、あなたの新しい1年の
始まりがお誕生日から、
次のお誕生日の前日までになります。
マヤ暦の魔法のカレンダーには
お誕生日から始まる1年間が
あなたにとって「どんな時」であるのか
が「易経(えききょう)」によって
書かれていて
私はその言葉を頼りに自分の現実や
思いと向き合ってきました
最初からそれを信じていたわけでは
ありません。むしろ疑いしかなかったから
こそ、本当にこのカレンダーに書かれた
通りになるのか、6年間日記を書き続けて
検証し続けました。
易経(えききょう)は
皆さんが人生の中で体験するであろう
64種類の「場面」が描かれています。
このブログでは、
できるだけ簡潔に、そして簡単に
はなちゃんの出来事と、カレンダーに
かかれたメッセージのシンクロニシティが
お伝えできればと思います




