つわものどもと夢の跡 恐竜図鑑
太古の森に住んでいた恐竜たちのことを覚えてる?鎧のような皮膚、どっしりと大地を踏みしめる肢、巨大な体躯はまるで装甲車のように威圧感があり重量感があった。獲物を狙う鋭い視線に射すくめられると、もう身動きが出来なかった。弱肉強食の世界で地響きを轟かせて堂々と闊歩する姿は、まさに王者の風格だった。
彼らはどこに行ってしまったんだろう?
おーい、帰ってこーい
恐竜のルックスは研究が進み情報がアップデートされるにつれ変化してきた。化石が発見された19世紀初頭の恐竜のイメージは巨大なトカゲであった。当時の恐竜のイメージ画像は爬虫類を基本にしたものである。二足歩行が分かるとイメージは怪獣めいたものへ変化する。このイメージは長らく続いた。
1990年代に羽毛恐竜の化石が発見されるとイメージ画像も毛を生やし始めた。カラフルな羽毛に包まれた恐竜は威厳もなにもあったもんじゃなかった。そして背筋を伸ばした二足歩行から徐々に前屈していき、とうとう鳥っぽい姿勢がスタンダードになったのである。
だれおま
なんてこった、とみんな思った。俺らが憧れたのはこんな爬虫類に毛が生えたような生物じゃねえ。っつーか本当に毛を生やしやがって。俺らはあの頃のお前らがいいんだよ、そう、イケてた頃のお前らが・・・。
呼んだかー?
ということでイケてた頃のあいつらに会える展覧会に行ってきた。毛が生える前の恐竜に親しんだ中年層が狂喜乱舞するエクスポジションであった。
お高級に見える図録
会場は上野の森美術館、料金が少々高いが(ここはいつも高い)高いだけあって入館してすぐテンションあがる。イケてるあいつらが出迎えてくれるからである。更に8割がた撮影オッケーという太っ腹。つわものどもは太っ腹だぜ!
撮影スポット
自撮りすればよかったな
ブロントか?アパトか?
さてここで恐竜と我々についておさらいしておこう。恐竜は18世紀後期あたりから我々の前に姿を現し始めた。というのも啓蒙主義が花開いてあらゆる分野で研究が進み、古生物学も例外ではなかった。原生動物の解剖学的知見に基づき、断片的な化石から絶滅した過去の動物の姿を復元する方法論が確立されたのである。復元してみたら驚くべきことに予想外のデカさであった。
紳士たちによる復元作業
まだ「恐竜(Dinosaur)」という呼称さえなかった1833年の画がこちらである。イングランドはサセックス州の森で発見された化石を元に描かれた「復元された爬虫類」である。
サイズ感が分からない
ダイナミックさは少々控えめだが創造の余地を大いに孕んでいる。川辺に集まる爬虫類はツノやトゲを持ち、陸地には太古の植物が生えている。「恐竜」と聞いて思い浮かべる原風景が、ここにある。
そして1841年、巨大な爬虫類の古代生物に「恐竜」という名称が与えられた。「恐ろしいトカゲ」という意味である。古代の地層からは次々と化石が発見されている。それまでなんでもなかったものが名称を与えられた途端、創造力を刺激する魅力を伴ったテーマとなったのである。人類にとって初めての恐竜ブームが起こった。
欧州はドラゴンの本場ですから
小説の挿絵?1886年
お前らは何者で、どういう状況なんだ
恐竜ブームはイングランドの国を挙げての万博にまでおよび、1853年の万博ではイグアノドンのブロンズ像が設置され、イグアノドンの模型の中で晩餐会が開かれた。晩餐会の招待状はイグアノドンであった。
19世紀のイグアノドン
イグアノドンが招待状を持っている招待状
模型の中の晩餐会!スゲエ!
あれ?これ俺の知ってるイグアノドンじゃなくね?と思われただろうか。時代はまだ人類にとって恐竜黎明期である。これが当時のイグアノドンだったのだ。世代が違うと自分のウルトラマンが違うように、19世紀に創造されたイグアノドンと研究が進んだ現代のイグアノドンは違うのである。しかし偽物ではない。誰にとっても自分の恐竜は本物なのだ。
ところでなぜイグアノドンなのかというと、最も初期に発見された化石がイグアノドンだったからである。
腹はルーズスキンだろうか
ブームになったらこちらのもの。恐竜は生き生きと動き始め、恐竜画は「パレオアート(古生物美術」というカテゴリーを生む。初期のパレオアーティスト描く、なんと抒情溢れる恐竜たちであろうか!遠い昔の風景の中に彼らは生きている。遥々とした世界に彼らはやってきて、そして還っていく。恐竜ロマン主義である。
一枚が結構デカかかった
月に抒情を感じる
弱肉強食世界っぽいけど静けさも同時にある
翼竜といえばこいつら
一枚の画に見どころがたくさんあり過ぎる
ダンスしているようにも見える
どこかへ還る恐竜たちがポエティック
恐竜ロマン主義は20世紀に活躍するパレオアーティストたちに受け継がれる。パレオアートはますます物語性に富み、観賞者の妄想に彩りを与えてくれた。マダムが最も親しんだのが、この頃の恐竜たちである。というか、マダムだけではなく全世界がそうなのだ。恐竜イメージの根幹をなすといってもいい。例えばこれを見てくれ。
元気溌剌ロマン主義
チャールズ・R・ナイトさんが1897年に描いたドリプトサウルスである。表情豊かに仲間同士でじゃれあう2体の恐竜はかなりのインパクトを与えた一枚といえよう。続いてこれも見てくれ。
まんま
ニュージャージー州博物館に展示されているドリプトサウルスの復元骨格である。どう考えてもチャールズさんの画を元にしたとしか思えない。っつーか、元にしたのだろう。この復元骨格の監修責任者は子供の頃から恐竜に憧れていたに違いない。人生をを古代生物に捧げ、論文はラブレターであろう。そしてドリプトサウルスの骨格を復元するという幸運を手に入れたとき「こいつらだったら絶対あのポーズだ!」と思ったに違いないんだ。ダダだったらあのポーズ、みたいな。
このポーズ
ああ、いかんいかん。恐竜とくれば怪獣、怪獣とくれば特撮をうっかり連想してしまった。会場でたくさん撮影したからサクサク紹介せねばならん。ここからサクサクいくぞ。懐かしいあいつらが勢揃いだ。
この娘は可愛かったですねえ
アパトがブロントサウルスだった頃
南国っぽい風景に溶け込むステゴ
プレシオサウルスでしょうか
普通の魚類ぽいけど、きっとデカいんだろうな
水辺にディメトロドン
始祖鳥といえばこのルックス!
ブロントサウルスという名で親しんだ子供時代
チャールズさん描く恐竜たちの表情がたまらなく良い。愛がある。夢がある。恐竜たちと分かり合えるような気がする。
ヨチヨチしてる
昭和の気のいいおっちゃんみたい
賢そう
アニメのワンシーンのようだ
一体だけではなく同種を何体も、あるいは種類が異なる恐竜たちを同じキャンバスに描いた作品は、より一層物語性を感じる。
お前らのことを知ってる気がする
いつかどこかで見た気がする
もしかしたら会ったことがあるかも知れない
太古の空が懐かしい
獣脚類(ティラノなどの二足歩行の肉食恐竜)と竜脚類(トリケラトプスなどの草食性で四足歩行の恐竜)のカップリングは、そのドラマティックな構図も相まってパレオアートでは鉄板といえよう。会場にカップリング説明文もあった。
元ネタはナイトさんのトリケラトプスVSティラノ
アロサウルスVSステゴ
たぶん、日本人挿絵画家が模倣したもの
これも日本人画家かな
ティラノサウルスとトリケラトプスが対峙するシーンは、この2種の恐竜の永遠のライバル関係をイメージとして固定させました。(略)後続のパレオアートのみならず、様々な映画にも踏襲されるなど、恐竜画随一の視覚的アイコンとして後世に絶大な影響を与えました。
(会場の説明パネルより)
陸だけじゃないぞ、海の中もホレこの通り!陸上よりカラフルだ。夢の世界のようじゃないか?まあ、中には悪夢っぽいやつもいるけど。
壁画にありそう
????
?????
古代の海といえばコレよね
カラフルなイカ
海中に咲く花
こいつとは遭遇したくないっすね
ちょっとこれは、うーん、どうかなあ
顔がクトゥルフっぽいアンモナイト
三葉虫は御免こうむりたい
そしてイケてた頃の3兄弟!
イグアノドン
ティラノ科タルボサウルス
マッスルなティラノ
これはもうただの画ではない。アートの域を飛び越えた神聖なイコンではなかろうか。パレオアートは観るものをワクワクさせてくれる。楽しませて、そして懐かしさまで包含しているのである。
ほかにも日本の恐竜受容史、石膏フィギュア、ソフビ人形、リモコン人形、陶器の置物、恐竜漫画の原画、ロマン主義から脱却したアヴァンギャルドな現代の恐竜画など。
昔のリモコンは有線だったんですよ
なにか言いたげ
アヴァンギャルド!
ドラマティック!
カラフルになり始めた頃の一枚ですね
毛が生え始めたティラノですね・・・
ということで長々と紹介してしまったが、マダムの独断と偏見でお気に入りを発表したい。今展覧会から2作品挙げたいと思う。まずこちら。
小田隆
篠山層群産動植物の生態環境復元画
2014年
実物は迫力ありました
良い画である。スカッと晴れた大空と入道雲を背景に、異種の恐竜たちが会話しながら散歩している。この一枚の画の中に数種の恐竜が散見される。日常の一コマのようなさりげなさが良い。一番大きな恐竜は丹波竜である。当作品は兵庫県丹波市で発見された化石を元にした復元画だ。化石からこんなに生き生きとした画を描くなんて、大した妄想力だ!
いろんな恐竜が描かれています
丹波竜と会話している恐竜2体が可愛い。
「ねえねえ、昨日なに食べた?」
「僕たち父ちゃんが釣ってきたモササウルス食べた」
そしてもう一枚は会場展示はされていなかったが、図録に小さく掲載されていたもの。っつーか、これ結構有名な作品(たぶん)なのになぜ来日してないのか謎。
ズデニェク・ブリアン
ブラキオサウルス
1962年
水草喰ってるのがツボだった
20世紀を代表するパレオアーティストのひとり、ブリアンの作品である。マダムの持ってた恐竜図鑑に、確かこの作品が載っていた。首半分から下が水中に浸かり頭だけ出してる構図が新鮮で、いつまで見ても飽きない作品だった。ブリアンの他の作品もマダムにとっては「お馴染み」の作品ばかりである。
ああ、自分は彼らを忘れてないのだなあ、と思った。
以上、大変素晴らしい展覧会であった。後ろ髪をひかれる思いで会場を後にしてブティックへ向かう。買いすぎないよう注意しながら選んだのはA4サイズの額絵4枚、ピンバッジ3種。
飾りたいけど飾れない(スペースない)
お絵描き用バッグにさっそく付けた!
今展覧会は上野の森美術館で22日まで開催されている。さあ、みんなも太古の森で、イケてた頃のあいつらの夢を見てやってくれ。
↓パリの古生物ギャラリー見聞録
↓お馴染み上野の科学博物館見聞録
↓恐竜怪獣映画の原点