武闘派ノブレス・オブリージュ キングスマン ファーストエージェント
キングスマンの新作を観た。あらすじはfilmarksからさくっとコピペ。
表の顔は、高貴なる英国紳士。裏の顔は、世界最強のスパイ組織“キングスマン”。 国家に属さない秘密結社の最初の任務は、世界大戦を終わらせることだった…!――1914年。世界大戦を密かに操る闇の狂団に、英国貴族のオックスフォード公と息子コンラッドが立ち向かう。人類破滅へのタイムリミットが迫る中、彼らは仲間たちと共に闇の狂団を倒し、戦争を止めることができるのか?
ということで、シリーズ第3弾の今作は英国の独立スパイ組織「キングスマン」の始まりを描いたものである。
いかにしてキングスマンは始まったのか、誰によって結成されたのか、オリジナルメンバーにはどのような人物がいたのか。なぜ国の機関ではなく独立した機関なのか。
スパイ機関が結成されるのは情報が必要なときだ。情報が必要なときは敵がいるときだ。ではキングスマン結成当時の敵は誰なのか。個人か、それとも組織か。その敵に、キングスマンは勝利したのか。
舞台は1902年、南アフリカのボーア戦争から始まる。英国軍基地へ赤十字から薬を届けに来たオクスフォード公の妻が狙撃されて(というか、公を狙った弾が妻に被弾)亡くなる冒頭で、植民地政策を進める強国(この場合英国)の理不尽さとモラリティを問うている。と同時に、戦争の世紀である20世紀の幕開けを予感させる。
鮮やかな始まりだと思った。
無用な戦争を嫌悪する平和主義者のオクスフォード公を主役にして、歴史上の人物たちと絡ませるマッシュアップ方式で物語は進む。これがまた破天荒なのだが、よくもまあこんだけ歴史上の人物を登場させて破綻しないな、と感心する出来であった。
では有名どころの歴史上の人物は誰かというと、イギリス国王のジョージ5世、ドイツ皇帝のヴィルヘルム2世、ロシア皇帝のニコライ2世である。この3名は従兄弟同士で幼いころから良く知った仲であった。しかしそれぞれ一国一城の主、ときは帝国主義真っ盛り。帝国主義とは土地取合戦。従兄弟3名のうち、植民地争奪戦に最も熱心だったのがドイツ皇帝のヴィルヘルム2世である。
そこへ付け込む闇の凶団。主だったメンバーは怪僧ラスプーチン、ダンサーを隠れ蓑にした女スパイのマタ・ハリ、セルビアの鉄砲玉プロンツィプ、革命家レーニンといった面々である。よくもまあこんだけ濃ゆいメンバー集めたなってな感じだが、ちゃんと時代と合ってるのがスゴイ。というか、歴史が動くときはそれだけ濃ゆいキャラクターが特出してたんだな~。
さて、闇の凶団としてそいつらを率いているのが「羊飼い」と呼ばれている男である。羊飼いは従兄弟同士の王3名を反目させ、世界大戦を引き起こすのを目的としている。
そんな折、オーストリアのフランツ・フェルディナンド大公がセルビアを訪問する話が持ち上がり、話し相手兼護衛としてオクスフォード公が選ばれる。公はキナ臭い空気を感じていた。そしてその感は当たった。闇の凶団の一員であるプロンツィプによって大公夫妻が暗殺されたのである。
これを機に欧州は第一次世界大戦に突入する。プロンツィプは大公夫妻暗殺のみならず、世界大戦への引鉄を引いたのであった。
大公夫妻暗殺を目の当たりにしたオクスフォード公は帰国してすぐさま密かに情報を集める。どうやって集めたのかというと、息子の家庭教師ポリーが各国各貴族のメイドたちと独自の情報網を作り上げあらゆる情報が入手できたからである。
そしてロシア皇帝に取り入っているラスプーチンという怪僧が裏で動いてるということを突き止めたオクスフォード公は、息子のコンラッド、ポリー、執事のショーラを伴って冬の宮殿へ潜入する。
宮殿はフランスの宮殿を彷彿とさせるほどのゴージャスさであった。それもそのはず、ロシア帝国はエカテリーナの時代からフランス宮廷文化の大ファンで全てをマネしていたからである。ラスプーチンはそんなゴージャスな宮殿には似ても似つかない粗暴で下品な男であった。しかしひとを引き付ける魅力を持った男でもあった。
オクスフォード公の計画は甘党のラスプーチンに毒入りタルトを喰わせることであった。ところが毒入りタルトを喰ってもラスプーチンは死なない。そこでオクスフォード公とコンラッドとショーラは力ずくで殺そうとするが相手のラスプーチンは大男で怪力、ついでに巨根である。ダンスも上手い。三人がかりでもなかなか倒せない。もはやこれまで!と思った瞬間、一発の銃声が響く。撃ったのはポリーであった。ラスプーチンの額に一発の銃痕があった。ポリーは射撃の名手なのである。
やれやれと思って英国へ戻った一行へ、オクスフォード公の良き友人であるキッチナー元帥の乗艦した装甲巡洋艦が沈没したとの報が入ってきた。機雷による沈没である。キッチナーは財政難のロシア帝国政府に大量の戦争資材を提供するためロシアへ向かっていた途中であった。ということは敵はロシアではない。そして極秘任務の経路を知る人物がいる。ということは、英国政府内に内通者がいるということだ。それはいったい誰だ?
ここへきてオクスフォード公の息子コンラッドが従軍したいと言い出した。オクスフォード公は反対する。なぜなら戦争における国の欺瞞というものをボーア戦争で知り抜いたからだ。しかし若者らしい愛国心に燃えているコンラッドは父親の反対を押し切って入隊する。オクスフォード公はコネと権力を使って息子を帰国させるよう手を廻すが、コンラッドは戦場で出会ったアーチーという若者と入れ替わり、自分はアーチーとして戦場へ残ってアーチーを自分として帰国させる。
コンラッドは戦場で勇敢さを発揮するが、アーチーと入れ替わってしまったためアーチーを直接知る上官にスパイと間違えられ射殺されてしまう。あっけない最期であった。
コンラッドの死を知ったオクスフォード公の落胆ぶりは半端なかった。ボーア戦争で妻を亡くし、今度は世界大戦で息子を亡くしてしまった。なぜひとびとは戦争をしたがるのか?なぜ国は戦争を煽るのか?なにを守ろうとして殺し合いをさせるのだ?その悲惨さを隠して美辞麗句を並べ立て若者を戦場へ送り出す。不幸にも死んでしまったら勲章を出して終いだ。その傲慢さが鼻持ちならぬ。
腕力の支配を憎み、暴力を肯定する戦争を憎み、戦争の裏に隠された国の傲慢さを憎む。平和主義者、英国の薔薇、オクスフォード公は心の底から怒りで震えた。
暴力には暴力を。死には死を。誰にも干渉されず黒幕を追い詰めなければならない。これは個人の問題だ。国家に口出しされたくはない。密かに確実に、そして冷酷さを以て対処しなければならない。
―略―
スパイ活動を通して青年の成長を描く第1作、エルトン・ジョンしか覚えてない第2作に続き、3作目の今作で独立諜報機関キングスマンの誕生秘話が明らかとなった。
既に冒頭で述べたが史実をマッシュアップしている今作のプロットは非常に練られているという印象だ。例えば大公夫妻が暗殺されたサラエボ事件。一連のシーンを観ながら「スゴイ」「スゴイ」の連続だった。だってなにからなにまで歴史上で本当に起こったことなんだもの。大公夫妻がプロンツィプに殺されたのも本当、当初予定していた爆殺に失敗したのも本当、その後道に迷っていた夫妻のオープンカーを偶然見つけたプロンツィプが銃で射殺したのも本当。違うのはプロンツィプが闇の狂団メンバーということだけである。
ラスプーチンも本気だ。劇中のラスプーチンは最大公約数的ラスプーチンとでも言おうか、「ラスプーチン」と聞いて誰もが思い浮かべるラスプーチン像である。
ラスプーチンのバトルは最大の見せ場であった。大男で怪力で下品で巨根で絶倫なラスプーチンが、繊細で大胆なダンスを踊りながら決闘するのである。毒入りケーキを食わされても死なず、銃で撃たれ絶命するという最期も忠実である。額に受けた弾丸が致命傷だったと思われる。なぜならそれまで何発撃たれても死ななかったというのだから。
劇中では世界大戦当時の詳細な背景説明はあまりなかったが、キッチナー元帥の最期、ドイツ帝国がメキシコへ送った暗号、暗号が解読されるまで(表面上は)動けなかったアメリカなど、要となるエピソードは忠実だったように思う。
もちろんそういったエピソードにもキングスマン的な味付けはしてあり、ウィルソン大統領が動けなかったのはハニートラップに引っかかってたからとか、そのため大統領はステイツマンのバーボンを手放せずアル中寸前とか。
今作はいままでのキングスマンとは少々毛色が違う。その理由は2点ある。まず実際の近代戦争を軸としていること。そしてもうひとつは主人公が壮年の男である、ということだ。
オクスフォード公
もし主人公が若い男、例えば息子のコンラッドだったとしたら物語はずいぶん違っていただろう。きっと1作目の「キングスマン」に近い仕上がりになったと思う。しかし監督はコンラッドを途中退場させ、地位も名誉も勲章も持ったオクスフォード公を主役に据えたのだ。ここに監督の思惑がある気がする。ちなみにオクスフォード公の「公」は「公爵」の公である。英国爵位ではKingに次ぐDukeだ。
ではなぜオクスフォード公を主役にしたのか。監督の思惑とはなにか。それはやはり「反戦」であろう。言葉にするとずいぶん安っぽい。それでも、なにがあろうとも、戦争には反対なのだ。そのためには若いコンラッドではなく、ボーア戦争を体験したオクスフォード公でなければならなかった。戦場でなにを見てなにを知り、そして得たものは何か。
オクスフォード公がボーア戦争で得たもの、それはヴィクトリア十字勲章と英国への失望であった。自分たちが植民地を搾取しているという深い慚愧であった。
※ヴィクトリア十字勲章:勇敢な行為を対象とした、軍人に授与される最高勲章。
英国を守るために従軍したいと熱望するコンラッドを、オクスフォード公は「国のために命を捧げることが平和への一歩、という美しい嘘に騙されるな」と諭す。それでも若者は自らの命を懸けて戦場へ赴く。そして死ぬ。
この配役とプロットで取りかえしのつかなさ、国家をひっくるめた人間の傲慢さと愚かさを表現しているように思える。
さて。とはいえ。これはキングスマンである。スパイ映画なのである。ここからオクスフォード公は本気を出すのである。公は暴力を憎む平和主義者である。平和主義者が本気を出すということは、暴力に対して本気を出すということだ(新次郎構文)。
オクスフォード公は「戦いを好まない男」と評判なので、それを逆手にとってひと知れずに戦いに関与することが出来る。そして戦えば強い。
自分の戦いを国家に干渉されたくない。戦う理由は自分の信念だけだからだ。ということで、ここに国家から独立した「キングスマン」という諜報機関が誕生する。国家の関与を否定するといっても英国を憎んでいるわけではない。愛しているからこそ、陰から腕力で支えるのだ。
コードネームはアーサー王伝説から拝借した。幼い頃のコンラッドが、自分のことをランスロットだと言っていたっけ。公はもちろんアーサー王だ。執事がマーリン、家庭教師はガラハッド。ではランスロットは?ランスロットの席は戦場でコンラッドと入れ替わったアーチーに与えられた。
オクスフォード公は個人でテーラー「キングスマン」を買い取って秘密組織の本部にする。これからも国家とは独立した機関として役割を果たしていくだろう。
今作のキングスマンは1作目ほどの爆発力もブッ飛び感もない。アクションは軽快だが、全体的にシリアスに攻めてくるので空気は重い。前作、前々作とはベクトルの方向が違うのだ。スパイアクションコメディな気分で観賞すると、ちょっと肩透かしを食らうだろう。
しかし、満足度は高い。
一方、羊飼いを失った闇の狂団は生き残ったメンバーがまーた悪いことを画策していた。希望の新人としてひとりの男がメンバーに迎えられていたのだ。その男は若き日に画家を志望しながらも挫折した軍人であった。
という終わり方だったので続編がある模様。となると次はやはり第二次か。どうなるんだ、いったい。