MI6実録 アシェンデン | 不思議戦隊★キンザザ

MI6実録 アシェンデン

アシェンデン 英国秘密情報部の手記
サマセット・モーム
ちくま文庫

「月と六ペンス」で有名なモームのスパイ小説。英国のMI6(秘密情報部)に属している作家のアシェンデンはジュネーブのホテルに滞在しながら、表向きは作家として諜報活動を行っていた。といっても銃をぶっ放したり誰かを殺したりする実働部隊ではなく、誰かと会ったり手紙を書いたり報告書を受け取ったり暗号を解読したりといった地味目な活動だった。というか、諜報活動は結局情報収集なので出来るだけ目立たないことが原則なのである。そのため作家という職業は諜報活動にうってつけであった。
作家であればいつでも時間を好きなように使えるし、ちょくちょくパリやドイツへ出かけても疑われないし、ユーモアを交えた会話でもすれば誰でも警戒心を解いてくれるってワケだ。更にアシェンデンは作家という職業上、冷静に他人を判断できる特技を持っていた。

 

 

アシェンデンをスカウトしたR大佐の子飼いのメッセンジャーとして活動を始めたが、こういった秘密裏に活動する諜報員には鉄の掟がある。諜報員が上手く仕事をやり遂げても感謝の言葉はもらえないし、面倒なことになっても誰も助けてくれない。それが諜報員という仕事なのだ。

 

ときは1910年代、ドイツ帝国が他国に干渉し始め第一次世界大戦が勃発、同時にロシアでは革命の機運が高まりつつあり、世界情勢は非常に不安定な時期であった。アシェンデンは諜報活動をしながら様々な人物と会ったり別れたり再会したりする。007のような派手さはないが同じホテルに滞在しているスパイと思しき男爵夫人、変装の上手いメキシコ人、敵国ドイツに情報を流している売国奴など、登場人物たちがみんな魅力的で個性的で、情勢不安定な世の中で生きる市井のひとびとを活写しているのはさすがモームといったところか。

戦地から遠く離れて活動する各国のスパイはあちこちに潜んでおり、何食わぬ顔で軽い会話を交わしながら腹を探り合う。それはまるでゲームのようだが、ゲームの最中に相手の人間らしさが垣間見えたりする。人間らしさとは弱さである。

アシェンデン自身も他人の命がかかった計画を決断するとき、自分の意思では決定できずコインを投げて決めてしまうところがまた人間性が露わになっていて良い。

 


実はこれ、作家モームの半自伝的小説でもあるのである。モームはアシェンデンと同じ時期にMI6の諜報部員であり、ロシア革命の真っ只中でケレンスキーに接触しているまさにそのとき、トロツキー率いるボリシェヴィキが起こした10月革命を目の当たりにしている。

これをベースに書かれた「ハリントン氏の洗濯物」は飄々とした中にも革命前夜のただならぬ緊張感がみなぎり、一昼夜で空気が激変していくさまが描かれている。登場人物を活き活きと描きながらも決して感情的にならず、この容易ならざる事態を第三者の目で冷静に俯瞰して描いているところにストーリーテラーとしてのモームの作家性が光っている。

書かれてないことが伝わってくるというか、とにかく行間を読ませる作家である。モームをもっと読もうと思った。

 

 

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