優柔不断最低男 アドルフ | 不思議戦隊★キンザザ

優柔不断最低男 アドルフ

アドルフは平均的な上流階級の青年であった。学業を終えた彼はモラトリアム期間を遊学に充てていた。生活に困らないだけのカネもあるし、肩書を斡旋してくれるコネもある。持ってないのは彼女だけである。しかし特にガールフレンドが欲しいとは思わなかった。どうせそのうち結婚するだろうし、結婚相手は親が適当に良家のお嬢さんをあてがってくれるだろう。女に一喜一憂する同年代の青年たちのなかで、アドルフは異性に対して冷めているようだった。ところが。


現在手に入るのは岩波文庫だけ


ある日訪れた伯爵邸でエレノールという年上の女性と知り合う。エレノールは控えめながらも話術に富んだ女性であった。女性とまともにしゃべったことがないアドルフは、ちょっと自分の話に付き合ってくれただけのエレノールにゾッコン惚れた。「彼女こそ俺が征服するに値する女だ!」と確信した。こういった自己中心的な思考の飛躍は、社会経験が少なく社交性もないコミュ障気味の男によくある傾向だ。
しかし問題がひとつあった。エレノールは長らく伯爵の愛人で子供も儲けており、結婚という契約などなくともふたりの関係は夫婦といってもよいくらいであったのだ。


挿絵付き単行本


そういった事実はあるものの、コミュ障アドルフはヒマを見つけてはエレノールにまとわりついた。というかアドルフには友達なんていなそうなので、話し相手は彼女しかいなかったのかも知れない。困ったのはエレノールである。ちょっと話をしてやっただけで恋だの愛だのと浮かれるウブな男なんて面倒なだけだ。とはいえエレノールは常識を弁えた大人の女性なので、必要以上にアドルフを邪険にもせず節度を持って対応していた。それがアドルフには物足らない。コミュ障だから距離の取り方を知らないのだろう。

今日こそ俺の熱い思いを彼女に直接伝えよう!と毎日決心するものの、エレノールを前にすると何も言えなくなってしまう。ただただ隣にいて熱い視線でエレノールを見上げることで精一杯だ。そんなことではダメだ!でも前に出たら怖気づいちゃうし・・・・と考えたアドルフ、超熱烈な手紙をエレノールに捧げた。
アドルフの手紙を受け取ったエレノールの、アドルフに対する答えは接近禁止令であった。アドルフの野郎、人妻相手に一体どんな手紙を書いたんだ。気になるぜ。
思いもかけない接近禁止は食らうし、当のエレノールは知人の見舞いとやらでしばらく館を留守にするし、アドルフには踏んだり蹴ったりである。だが自意識過剰のコミュ障ほど身の程知らずで厚顔無恥である。伯爵にそれとなく探りを入れ、エレノールが帰還した際には晩餐への招待を取り付ける。


フランスではポピュラーなのだろうか

アドルフのエレノールに対する恋情は益々募るばかりだ。そんな折、伯爵が所用で館を6週間空けることになった。なんという朗報!アドルフは有頂天になって毎日エレノールのもとへ通う。エレノールに接する態度は徐々に大胆になっていき、子供たちが側に居ようと召使の目につこうとアドルフはまるで気にしない。
そうやって逢瀬を重ねているうちに、ケミストリーが起こった。エレノールがアドルフを愛し始めたのである。

アドルフはビビった。なぜならエレノールの愛が思ったより重かったからだ。じゃあ断ればいいじゃん。と読者は思うが、アドルフにはそれが出来ない。だって僕が断ったらエレノールはきっと泣いちゃうし、あれだけ愛を語った手前、こっちから別れを切り出すなんて自分勝手だし、もう愛はないけど情なら残ってるし・・・とグズグズしているうちにもエレノールは益々暴走。いまの生活も子供も捨て、アドルフと一緒になると言い始めたのだ。


健気な熟女ってどうよ?


こりゃまずい!だって僕はまだ二十歳を過ぎたばかりの青年なのに。この若さでひとまわりも年上のエレノールと一緒になるなんて、そんなものに僕の青春を浪費したくない!だいたいエレノールもエレノールだ。僕みたいな若造に本気になるなんて。こんなの馬鹿げてる!・・・・って僕が思ってるってことに気付いてくれないかしら?

気付くワケねえだろ!男だったらグズグズせずにハッキリ言えや。

よし!ハッキリキッパリ今日こそ別れを切り出そう!と決心するも、エレノールを目の前にするとてんで勇気が湧かず、やっとこさ「ちょっと距離を置いた方がいいと思うな、僕は」みたいなことしか言えず、反対にエレノールから人非人呼ばわりされて二の句が次げず、痴話喧嘩程度で終わり。ってなことを飽かずに毎日繰り返す。読んでいてイライラする。

そんなところへ父親から手紙が届いた。遊学もそろそろ切り上げて故郷へ戻ってこいとのことであった。これ幸いとアドルフは父親の命令を盾にしてエレノールに帰郷を告げる。エレノールはもちろん反対だ。連れていけと駄々をこねるがそんな恥ずかしいことが出来るはずがない。うるさくて仕方ないので「半年したらエレノールの元に帰る」と約束した。



BD(マンガ)もあるらしいぞ


故郷に戻ったアドルフはエレノールのいない生活を満喫する。友達と食事をしたり父親の伝手でコネを作ったり部屋で静かに本を読んだり目的なく散歩したりすることが、この上なく楽しい。そうだ、僕はまだ若いんだ。あんな年増に縛られて人生を捨てなくてもいいんだ。
その年増から手紙が届く。仕方がないので返事を書く。いまの生活を楽しんでいるなんて書いたら年増がうるさいので、年増がいなくて毎日寂しいよ、などと大嘘を書くのである。バカである。
バカのまま半年はあっという間に過ぎた。エレノールから早く戻れと矢の催促だ。分かっていたことだが、アドルフは気が重い。というか、エレノールの元に戻る気なんて更々ない。あれやこれや理由をつけて戻るのを引き延ばしていたところ、エレノールの方からやって来た。本当に何もかも投げ捨てて、アドルフの故郷へやってきたのだ。

恐怖するアドルフ。しかし年増とはいえ女ひとりで知らない町へやってきたエレノールを見捨てるなんて出来ない。とりあえずエレノールと密会しつつどうしようと悩んでいたところ、エレノールの存在を聞きつけた父親が怒髪天、エレノールに町から出ていくように脅した。
それはいくらなんでも可哀そうだ。だって僕を愛してくれてるんだもの。僕のために何もかも捨てちゃってるんだもの。アドルフは父親に反抗し、エレノールと一緒に町から出ていくことを選ぶ。

そうやってエレノールと愛の逃避行を選んだくせにすぐに後悔する。僕はなんてことをしてしまったんだ。父親に反抗してしまったからにはもう父親からの援助は受けられない。上流階級に生まれ大学まで出たのに、いまの僕に残っているのは年増だけ。どうしてこうなった?元はといえばエレノールのせいだ。エレノールさえ伯爵と別れなければ、僕はこんな目に遭ってなかったはずなのに・・・。


ハッキリすればいいのに


恋のゲームを仕掛けたのは自分だったことを棚にあげて、うじうじと悩むアドルフ。そんなアドルフの気持ちを察したエレノールは、さすがに気持ちが咎めたと見えて父親へ謝るように薦める。だがアドルフは「これで君は満足だろう?」と言って火に油を注ぐ。エレノールは「愛している」と口にしながら自分を憎んでいるアドルフに苛立ち、アドルフは愛で束縛するエレノールに苛立つ。

お互いに愛し合いながらも憎しみ合うふたりの明日はどっちだ!どっちもどっちだ!

―略―

あらゆる戦略で、最もやってはいけない愚かなことは「先延ばし」である。軍事然り、政治然り、そして恋愛然り。現状を把握しているにも関わらず決断しないことこそ諸悪の根源である。なぜ決断しないか。責任が伴うからである。責任を負いたくないがために、いつまでたっても決断出来ず目の前の現実から全力で目を反らすのである。
厄介なのは現実逃避している本人が、「現実逃避している」という自覚を持っていないことである。むしろ、たくさんの選択肢がある中で敢えてより良い選択をしたと思い込むのである。そのくせ決断の根拠としているのは「自分以外の他者」に焦点を当てている。
アドルフに例えるならば「もし別れを切り出したら、エレノールが悲しむだろう」という理由により、別れることを諦める。そしてやっぱりエレノールの束縛にうんざりし、「自分はエレノールのために別れを諦めたのに」と、さもさも自己犠牲を装い他人を慮る振りをして自分の不幸の原因はエレノールにあると責任転嫁しているのである。

こんな男は嫌だ(女もだけど)。大嫌いだ。

文中にも書いたが、読んでいる間中イライラしっぱなし!最初から最後まで全部言い訳!っつーか、そんなに嫌ならとっとと別れろよ!なーにが「自分の青春を浪費している」だよ!お前の青春なんか知ったこっちゃねーんだよ!バーカバーカ!としか思えなかった。
アドルフは映画化もされていて、それが「イザベル・アジャーニの惑い」である。原題は「アドルフ」なんだけどね、なんでこんなアホな日本語タイトルになったのか謎。


相手役はアジャーニの当時の恋人


枕詞に「イザベル・アジャーニ」って付いてんのは、アジャーニの企画だから。なんで企画したのかっつーと、この「アドルフ」が16歳のころからの愛読書らしい。フランス女らしいチョイスだ。たぶん、年下の男に愛される熟女ってなシチュエーションに酔ってんじゃねえかな?アジャーニ自身、ヒロイン症候群っぽいしな。
もちろんマダムも見たことあるが、もうね、内容がどうのこうのっつーより、アジャーニの驚異的な若さと美しさが羨ましさを通り越して恐怖!


女優っつっても限度があると思う


アドルフ撮影当時で48歳くらいだったはず。で、本人も歳に似合わない外見の若さと美しさってのは分かってるもんだから、全体的にアジャーニのプロモーションビデオ的なんですよ。美しいでしょ?か弱いでしょ?ほらほら!っつって潤んだ瞳でグイグイ押してくる感じ。
アドルフの優柔不断だけでもムカつくのに、アジャーニの美しく儚くか弱い女の押し売りで悪酔いすること必須。悪趣味好きなひとにオススメ。

っつーかアジャーニは置いといて、よくもまあこれほどの優柔不断の男がいたもんだ、とある意味感心してたら、なんとアドルフにはモデルがいた。作者のバンジャマン・コンスタンである。アドルフは自伝的小説でもあったのだ。


優柔不断男


ってーことは、エレノールにもモデルがいるのか?いるのである。エレノールのモデルは、なんとスタール夫人であった!


気が強そう(っつーか、マジ強い)


ルイ16世に三部会を開くように進言したネッケル宰相の娘、それがスタール夫人である。若いころからサロンに出入りし、早いうちからその才能を認められていた。政治や社会において男女の性差の違いが地位の違いに繋がっていることに、初めて疑問を呈した知識人だが、歯に衣着せぬ物言いにナポレオンを激怒させた女傑でもある(ナポレオンはスタール夫人をパリから追放した)。
相手がスタール夫人だったら、アドルフのように怯えてしまうのも仕方ないのかなあ。が、実際コンスタンは政局で何度も変節を繰り返した所謂「コウモリ男」であった。なんだよ、やっぱり優柔不断じゃねえか!