夢遊病的逃避行 ねむれ巴里 | 不思議戦隊★キンザザ

夢遊病的逃避行 ねむれ巴里

昭和3年、詩人の金子光晴は妻の三千代を連れて日本を飛び出した。ふたりには一人息子がいたが、息子を置いての逃避行であった。まず上海に渡り、光晴が描いた春画を売って金を作りながら、香港、ジャカルタ、ジャワ島と渡り歩いた。日本を飛び出て既に1年経っていた。一人分の旅費が出来たところで、三千代を先にパリへ送りだした。光晴は三ヶ月遅れでパリへ辿り着き、妻と再開する。


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ふたりのパリでの生活が始まった。とはいえ、光晴は詩人であるから労働などしたことがない。金もない、当てもない。そもそも今回の旅に目的などないのだ。妻の三千代を愛人から遠ざけるために、光晴が計画した無計画な旅路であった。
そんな理由でパリくんだりまで出張るとは、さすがフーテンとの異名を与えられた光晴である。


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若かりし頃の光晴


しかしいくらフーテンとはいえ、金を稼がないことには生活がままならない。パリにいた日本人たちの伝手を頼って、いくつかの仕事を転々とする。
既にパリに馴染んでいた松尾邦之助(のちに読売のパリ特派員となる)の使い走り、留学生の卒論手伝い、額縁製作、日本人旅行者のアテンド、行商、バッタ屋、なんでもやった。パリで喰い詰めている日本人を助ける施設を作りたいと架空の話をでっち上げ、在仏大使から金を引き出すという詐欺まがいのことまでやった。


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光晴を探せ!


ただ、まとまった金が入るとたちまち労働意欲は雲散霧消、日がな一日カフェのテラスでボンヤリしたり、悪友とつるんだり、三千代と小旅行に出かけたりした。ある日、三千代の実家から送金したとの知らせがあった。電報を受け取ったのは光晴である。光晴はすぐさま銀行へ赴き、送金を全額引き出した。日本へ帰国するための金である。大金だった。光晴は送金については三千代に何も告げず、かわりにグランマガザンへ誘い、ワンピースやら帽子やら手袋やらを新調し、一緒に劇場へ繰り出す。三千代は気付いているはずだが、何も言わない。
そしてカネがなくなったら、また悪友とつるんで錬金術の相談をするのである。


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光晴を探すんだ!


パリには相当数の日本人がいた。芸術家、留学生、商人、芸人。そういったひとびとは、彼らなりの夢を抱いてパリに乗り込んできている。何の夢も持たず、日本を脱出するためだけにパリにやってきた光晴は、そういったひとびとを、少々の憐みを含んだ目で見つめている。


彼らのふくらんだ夢が、ゴム風船のようにぱんぱんわれてゆくのを、今か今かと期待している僕らは、慈悲をわきまえないわけではないが、同類の多いのをよろこぶ意地悪さではなく、他人の欠落、不運だけをよりどころにし、支えにして生き延びなければならない・・・・

(ねむれ巴里:処女の夢)


妻を寝取られた武林無想庵、浮気性でヴァンプ気質な無想庵の妻、文子(宮田文子)。ダダイスト辻潤(伊藤野枝の夫という位置づけの方が有名か)と息子の辻まこと。若い新妻を連れ、やっと憧れのパリにやって来た蕗谷虹児・・・・。光晴の滞在中、いろんなひとがパリにやって来ては、戻って行った。


光晴は斜に構えてパリを見る。パリは性悪女のようなものだ。その美しさに触れたいと願うものを惑わし、溺れさせる。期待を持たせておいて、簡単に全てを与えることはない。異邦人はいつしか、パリの享楽と悪徳に絡め取られ、自分を見失うのである。
パリは女にも作用する。日本では控えめで良妻賢母だった女が、パリに住んでいるうちに大胆さを身につけ、別の男に乗り換える。


では光晴の妻、三千代はどうだったか?
三千代は日本にいたときから大胆で不敵な女だったので、日本であろうがパリであろうが光晴の心配は変わらなかったと思われる。事実、パリに来たのは三千代を巡る三角関係からの逃避であったのだから。


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光晴より売れてた三千代

光晴とは反対に、三千代は精力的に活動していた。パリに到着後すぐに語学学校へ通い、ダンスを習い裁縫を習い、芝居やオペラは男にカネを出させて通った。三千代は、あらゆることに貪欲だった。売り子やウェイトレス、モデルをやりながらカネを稼いだ。アナキズム系雑誌を読み、コミュニストとも付き合いがあった。
しっかりとした自我を持った三千代が、なぜコンプレックスの塊のような光晴と一緒になったのだろうか?


ふたりが一緒になるとき、ある条件のもとに結婚した。

「新しい恋人ができたら、遠慮なく別れること」

だが、三千代に恋人ができたとき、光晴は別れるどころか三千代を連れて逃亡したのだ。


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光晴はどっちだ!?

三千代は美人である。そのうえ東京女子師範学校に在学中、光晴の子を宿し退学させられるような奔放な女だ。光晴が手放したくないと思うのもうなづける。パリにおいても三千代に言い寄ってくる男は、ゴマンといたはずだ。光晴の知らないところで、情事のひとつやふたつ、あったかも知れない。


働きもせず、金策にばかり走り回る光春は、ほかの在仏日本人たちから評判が良くなかった。光晴の悪い評判で、妻の三千代も被害を被った。ほぼ決まりかけていた貿易事務関係の仕事が、誰かからの密告のせいで白紙に戻されたのだ。このときこそ光晴は文句を言おうと電話したが、電話先の相手から「それより早くカネ返せ」と突っ込まれている。

しかしそんな光晴でも、散文詩は書くし絵心もあるのである。ヒマつぶしも兼ねて、たまに画を描いて小遣い稼ぎをしていた。たかが詩人が、売れる程度に描けるもんか?と疑問に思うかもしれないが、意外にも上手かったのである。春画だけど。
春画だから売れたのだろうということを差し引いても、構図や色遣いなどは今見ても結構オシャレである。


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日本画を描いた日傘(もちろん自分で描いた)を売りつけようと夏の避暑地に押し掛けたり、同級生と同姓同名の人物がリヨンにいると聞き及び、リヨンまでカネを貸してもらいに押し掛けたり(結局同姓同名の他人だった)、第二のフジタとして売りだされそうになったりしながら(これは最初から騙すつもりの詐欺だった)、光晴はパリで底辺の暮らしを一年ちょっとつづけ、その後ベルギーのアントワープで一年過ごし、帰途についた。


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光晴いますね


ところで光晴は、反骨の詩人だそうだ。第二次世界大戦下、反戦の詩を書き続けたからだ。ひとり息子に召集令状が届いたときは、あらゆる手を使って気管支喘息の診断書を書かせ、兵役を免れさせている。

だが光晴は反骨などではない。子供じみた天邪鬼だっただけだ。

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早く光晴を探すんだーーー


光春は欧米人を嫌い、東南アジアの貧しくとも逞しいひとびとに共感した。アジアの埃っぽさ、湿っぽさを愛し、当地に住む住人達を愛した。糜爛した文明的生活より、土の上に暮らす生活を愛した。光春のアジア贔屓は、もともと欧米諸国の植民地を旅行した際、植民地化された土地の憂鬱を目の当たりにしたからだが、他に決定的な理由がありそうな気がする。
欧米人は日本人より背が高く、反対にアジア人はまるでピグミーのように滑稽であった。そして光春は、日本人の中でも背の高い方ではなかった。光春の原動力は、嫉妬だ。


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岸惠子との対談で、うっかり背の低さを憂う


光春は嫉妬深いくせに弱い男だ。三千代に愛人ができたときも、愛人に正面切って文句のひとつも言えず、三千代と交わした結婚の条件を反故した挙句、日本から逃げたのだ。

パリでは三千代のヒモ状態、一緒に住んでいても三千代のプライベートに口を挟まないのは個人を尊重するためだと嘯きながら、本当は怖かったのだ。三千代の本心を知ることが怖かったのだ。
光春はパリで他の女を抱いたことはないというが、本当は抱けなかったのだ。大人の女を抱く自信がなかったのだ。


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文豪コスプレ


晩年の光春は「ちょっと変わったエロジジイ」というキャラでメディアにちやほやされ、愛人までこさえてしまった。

(晩年のメディアへの露出やエロ対談などは、光晴の晩節を汚したと思う。愛人もしかり)
腐れ縁の三千代とは、別れたりまたくっついたりを繰り返しながら、最後は三千代の入婿という形に収まった。
三千代はリウマチに罹り寝たきりになったが、三千代の愛人が見舞いに来るときは化粧を手伝ってやったという。


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こんな愛があってもいいじゃない?


最後まで弱い男である。なぜ三千代に捨てられなかったのか不思議だが、分かるような気もする。
欠点のない男なんて、つまらないもの。




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