昨日の水曜日は、婆ちゃんのデイの休みの日でした。

第2週は何も予定の入っていない水曜日なので、
なるべく行くようにしていますが、
昨日は、朝から管理人の予定がびっしり入っていたのでお邪魔出来ませんでした。

今朝も、午前中に予定が入っていたので、早めに電話しました。
(毎朝、デイに行く前と、デイから帰った頃か夕飯の時間の頃に電話します。
 寒いから、暑いから気をつけてね。とか、薬飲んだ?と確認です)

そうしたら、
大慌てで、気が付いたらピーコにエサが無くて、帰ったら買いに行くけど、
帰りまでに死んじゃうかな?と言ってます。
 何とか落ちているエサを食べるから、心配ない事と、
今日は夕方に、婆ちゃんの買い物もあるし、
その時買うから大丈夫と落ち着かせました。

殆んどピーコのエサ箱は殻ばかりなんです。
気が付く時と、平気なときがあります。

丁度、婆ちゃんがデイから帰った頃お邪魔しました。
5時になって、買い物に出掛けました。

ひとつひとつの品物を見て歩くので、時間が掛かります。
「買うの?」
「ううん、食べたいけど・・・買わない。」
「買えばいいじゃない、食べたいものは」
「いいの」
「これ、半額だよ!」(同じもの)
「いいね、じゃ夕飯に買っていこう」
(この期に及んで、まだ節約?・・・・)ナンカネ…

その後、レジをしていて
「ねぇ、あの人、顔は見た事あるんだけど・・・・・名前思い出せない。」
『毎月集会所で、お世話になっている人でしょ。』

「判んない・・・・・」

名前の半分をヒントにしたら、やっと判りました。
まぁ、まだ、判ったからいいか。

帰りに、外が暗くなっているのを見て
「もう、こんなに暗くなっているじゃないよ」だって、
暗いのがよっぽど嫌いなんですね。
日曜、月曜と行けなかったので、婆ちゃんがデイから帰る頃行ってきました。
雨が降っているので自転車では行けないし、バスのない時間だし、
歩いて向かいました。

20分で着きます。
婆ちゃんが居る時の訪問には儀式(?)があります。

玄関のドアを開けたらピンポーンとチャイムを押します。
玄関に入ったら、婆ちゃんが出て来るまでに大声で「お邪魔~~~!!」と声をかけ入っていきます。

何故こんな訪問の仕方になったかと言うと、

頻繁に行くので、管理人は鍵を持っています。
だから、チャイムを押しても鍵を開けて入っていきます。
でも、チャイムを押したからと黙って入っていくと必ず、
「あ~~!!!ビックリした!!!」というのです。
「心臓が止まるかと思った!!!」とも。

『鍵を持っていて、入ってくるのは私ぐらいでしょ(`ε´)
なんで何回でも驚くのよ!・・・・。』と。何回も・・・。
それで「お邪魔~~」が始まりました。

暫くしてなかったので、流しの排水口の掃除をして、
今日は「目ひかり」の丸干しとと「えぼだい」の干物を持って行ったので、
「目ひかり」は夕飯のおかずにと、すぐに焼きました。

机の上を片付けている間に3本のうち2本がありません。
「??どうしたの?食べちゃったの?ご飯のおかずよ。」
「へへへ・・・・。」
この頃、見たものはすぐにでも食べます。待っていられない?

黙って夕飯の支度を見ていると、只、あるものでお腹を満たす食事です。

炊いて冷凍してあった、ご飯を電子レンジで温め、レトルトのカレーを温めていました。
野菜のおかずはいつも殆んどありません。

誘っても今日は雨だから買い物には行かないと言うので、
野菜室にあったレタスとトマトでサラダを作りました。

全部整うまで、何度も「ご飯は?」と冷凍室からひとつ出して、電子レンジに入れようとして、
「あぁ、もうやってあった。」と同じ事を繰り返しています。
(おかずは作らなくても、ご飯だけは必ず炊いてあります)

はっきり言って、なんだかな~と思います。
親をなんだかな~と思う自分もいやになります。
今日は婆ちゃんの病院の日

月に一回、こちらに引っ越してきてからお世話になっている
H先生の診察を受けて、お薬を出していただいている。

血圧を測って、「正常値ですね、何か気になることありませんでしたか?」
「いいえ、なにもありません。ニコッ」
管理人『え~!、風邪を引いたとか、具合が悪いとか言ってたじゃない・・・』

いつもこれです。
お医者様に見え張って何になるんでしょう(-。-;)

胃カメラで胃の検査をしたのが、2年前爺ちゃんと一緒にやった時でした。
そろそろ、検査かと思いましたが、年齢の事もあって、もう少し延ばす事になりました。

無事お薬をもらって帰りましたが、
H先生の診察を待っている時、
待合室にあった本の「脳の健康診断」をしてみました。

12問あって殆んどを”NO!”と答えました。
ちなみに、問題です。
皆さんもやって見て!!。
①久しぶりに会った人の名前が思い出せない。
②いつも通っている道で迷ってしまう。
③料理や仕事の手順が解らなくなる。
④最近、家に閉じこもりがちだ。
⑤極端な偏食をする。
⑥近頃、怒りっぽくなったと言われる。
⑦言おうとしている言葉が、出てこない。
⑧大酒のみである。
⑨最近、テレビの前で、居眠りするようになった。
⑩どうでもいいやと、投げやりになることがある。
⑪悲しくないのに涙が出る。
⑫最近、忘れ物をする事が多くなった。

⑧以外、全部YESだと思うけどね~~。

自覚ないよね~~~~~。

先々週の13日。
この日は、土曜日で婆ちゃんの所には、家事サービスのお姉さんが来てくれて、
お掃除の後に一緒におかずを作ってくれるので、
管理人は自宅で昼食を済ませ、のんびり出掛けました。

婆ちゃんの家に着き、自転車を止めたとたん!携帯が鳴りました。
管理人の旦那からでした。
「大変だ!今何処に居る?婆さんのところ水浸しだって!!!」
「え~~~!!!」

慌てて階段を上がりました。
ドアを開けて、台所へ入ったとたん床一面に水が溜まっています。
婆ちゃんはと見ると、ぼ~~っと立っています。
一生懸命水を吐き出し窓から外へ出しているのは、
1階のAさん。

Aさんいわく、コンロの角の天井から水が落ちてきたので、
婆ちゃんの家に電話をしたら出ないので、慌てて2階に上がって来て、
ドアを叩いてやっと婆ちゃん会えたそうです。

仕舞ってあったすべてのバスタオルを出して、水を吸い取りました。
敷いてあった絨毯は水を吸って重く、床に溜まった水はなかなかの量でした。

なんとか排水して、後でご挨拶に行くことにしてAさんには、戻って頂きました。

婆ちゃんに聞くと、使った食器を水に漬けて置こうと水を出し、
それをすっかり忘れて、寝てしまったらしいのです。

その上、いつからか一人だからと食器洗いの桶を、底の丸いボールに変えていて
それが排水溝の菊ゴムにスッポリはまってしまって、流しから水が溢れたようです。

危ない、危険、失敗しそう。
でもどこまで言えば、どこまでやれば、どこまで禁止すればいいのだろう。
これが老人と子供に対する違いなのか。

こうなるから、こうしてと言っても相手は親。
どこかで婆ちゃんの中にも、自分は親で、相手は子供の感覚があると思う。
良く爺ちゃんがよく、「こいつはうるさい、しゅうとめなんだ」と他人に言ってた。

水は出しっ放しにしない。底の丸いボールは危ない。と
注意はしても、事件にならないのに禁止できない。
捨てるまでにしたら悪いからと、片付けて置くと
次に行くとまた元通りなっている。

でも今回は言って目の前でボールは捨てさせて貰いました。

今回の事にかなり強いショックを感じているようだ。
台所にプールの様に水が溢れている夢をみると言っている。

結局、下の家の天井の色が変ってきて気持ち悪いとクレームが来て、
業者に頼んで、天井のペンキを塗りかえって貰って、
3万円の出費。

最後の書き込みから約2年。


平成19年5月に爺ちゃんが亡くなり,

管理人の周りでも色々あって、お休みしていました。


爺ちゃんが亡くなって一年経ったころには、

婆ちゃんは落ち着いて、一人の生活にも慣れ、

地域の老人サークルの旅行にも出掛ける様にもなりました。


でもこの2年で忘れる時間がすごく短くなったように思います。

色々な場面でその時間も違うようなのですが、

気をつけていないと、「言って置いたから、大丈夫。」は、

あまり通らない事が多くなりました。


そんな色々を、ココに書き留めて置こうと思います。

殆んどが、管理人のうっかりと愚痴だったりすると思いますが、

婆ちゃんの今を、知って下さい。


よろしく音譜




10月の中頃から

爺が病院通いです


今年2月にしてもらった貧血検査と

10月にした検査でお医者さんが「貧血が進んでいるから検査してみましょう」と

まず 胃カメラをしてもらいました

その検査の日は一緒にいきませんでしたので

後日 爺から「気になる所があったから検査に出すって」と聞いていた

その後大腸のカメラ


検査の結果の日は管理人もついて行くつもりでしたが

その前日に爺のお医者さんから電話がありました

??なんで?

明日爺と一緒に聞く前に聞いておいた方がいいかもしれないと

用事を済ませて診察最後の時間に飛び込みました


ガーンやっぱりでした

パソコンで見せてくれた 爺の胃の中に変なところ

「ガンですね」

管「そうですか これからどういうことになりますか?」

「ここの位置は胃を全部摘出になると思うけど・・・

開いてだめだったら 閉じてしまうことも・・・

年のことも考えて 抗がん剤で対処するかもしれないね

どっちにしても 大きい病院で調べてみて」


次の日の爺への結果のお知らせは

「胃に変なところがやっぱりあるから 大きい病院で調べてね

手術になるかもしれないけど 放って置いたらガンになるからね」と

言ってくださいました



そこから検査検査です

11月22日で一旦の結果

「前に大動脈瘤の手術と腎臓の摘出それに肺炎をやっているので

もう一重詳しい検査をして見ましょう

見たところ胃の一部でガンになりかけていますけれども

お年から見てすぐに広がって転移を繰り返すまでは行かないと思いますから

それと 検査は入院をしてではなくて食欲もあるし 通いでしましょう」


通うのは大変だけど食事も自分の好きなものも食べられるし

何より気持ちが楽だろうから 良かったかお


それからまた CT 超音波 胃の透視 呼吸機能の検査・・・・・・

その度に婆と三人で行ってます


胃の透視のとき 風邪を引いていたのか検査をしていたときに吐いたそうです

看護師さん技師さんには慌てさせてしまいましたが

血圧を測って貰って大丈夫と言うことになり帰途につきました

その時(午前中の検査から3時頃まで)下痢もしてトイレに通っては青い顔をして食事も出来なく

やっと夕方近くにバナナが収まりました

「この次になんて検査をするのかって文句を言うんだ」と怒っていましたが

管『爺の調子が悪かったんでしょ』「この次は違う科の検査だから言っても無駄だと思うよ」

「そうか」

と言ってたのにしっかり言ってたショック!



6日には全部の結果が出て決まります


本人は「俺よ 10日位で退院できると思うんだ まえの肺炎のときも大動脈のときも

腎臓のときも10日で帰ってきたんだ」

孫娘①に「ガンになりかけているんだって でも入院はいやだって言うんだ」と言ってたそうです


ま 本人が認めたくないからそんなこと言っているのか

元来のポジティブシンキングなのか


ひとつ問題になるのが 婆の事です

独りでは置いておけないし

9日に兄弟が集まることになっていますので話合いましょう


やっぱりポジティブかな爺

「みんな来るんなら 寿司でもとってやらなけりゃな(^ε^)♪」てな感じ


私もポjティブで行きましょう

爺の子ですから


おまけ

爺とピーコ

爺と爺のペットのオカメインコのピーコです

婆が入院しました

大腸のポリープをとるのに一泊の入院の予定でした


8月28日の9時15分までに病院へ

最寄の駅で妹が待っていてくれました


前の日 爺からの電話「よう」(いつもの第一声)

「婆ちゃんがS(私の名前)は付いて行ってくれるのか心配してんだよ」

管理人 「行くけど お爺ちゃんも行くんでしょ」

爺 「え~ 俺が行っても仕方ないじゃないか」

管 「何言ってるの ご主人の貴方が付いて行かないでどうするのよ

 私はあくまでもお手伝い 普通だったらみんな貴方がやるんでしょ」

爺 「あ~そうか じゃ行くよ」

 『頼られていやじゃないけど なんでもって そりゃ思いやりの部分じゃないか?』

(昔 私が小学校一年生で盲腸をやった時です

私をおぶって自転車で町医者に駆け込んで

腹膜炎を起こしかけていると大病院へそのまま連れて行ってくれたのはいいんだけれど

緊急手術で子供は手術室に入ったのに

自分は家に帰ってしまった人です)


今だに何かがわかんない人なんですね


病院へ着いて 一悶着

「このお薬は昨日の晩 ちゃんと飲んでいただけましたね?」

下剤だそうです

婆 「???」

『失敗!!血流を良くする薬は飲ませないように気をつけたけど・・・

昨日の晩のうちに行って見ておけばよかった!』

ガーンまだまだ気遣いがたりません(_ _。)猛省


これでその日は手術見送りになりましたが

次の日に手術の日を改めていただきそのまま入院になりました


夕方 爺は妹に渡すものがあるから家にこのまま来いと言っていた様で

「お前も来るんだろ」

管 「え!行かなくてもいいでしょ」

爺 「来いよ」

『寂しいんだよね』


しっかり家に呼ばれて当たり前のように夕食の支度をさせられた


29日は手術の日

爺 「お前は何時頃行くんだ?」

管 「用事を済ませてから3時頃行こうかと思っているけど」

爺 「じゃおれも」

『いいんだよ 貴方は朝から行っても』


3時前に着いたら弟(長男)が来ていました

弟 「ばあちゃん 10日前から入院してたって言ってたぜ それとなんで私大腸の検査したかわかんないのよって HAHAHA・・・・」

それが現実です


3時半に手術室に入って5時半まで


ベットに帰ってきた婆は「痛く無かったよ」

よかったね

弟は早めに帰ってその日は爺と外食をして帰りました


30日退院

10時に迎えに

今回は爺は待っていてもらいました


無事退院

私が着く前に担当の先生の回診があったらしく

同じ部屋の方がしっかり聞いておいて下さって助かりました

行き会う方 爺婆の周りの方に感謝です

家に帰って昼ごはん作るとき

爺は買い物には行きましたが

帰ってくると婆にこれとこれを作ってと言っていました

管 「爺ちゃん 自分で作ったら これからは婆ちゃんを頼らないで

1人でも何でも出来なけりゃね」

爺 「???」

当たり前です いつ一人になるかわからないんですから


お昼を一緒に食べて

帰るとき

婆「私 ポリープがあるみたいで・・・

管「え!( ゚-゚)( ゚ロ゚)(( ロ゚)゚((( ロ)~゚ ゚」振り向いて

瞬間間があいて

婆「あ やったんだね やったんだ」

管「覚えた?覚えておいた方がいいよ」

婆「うん」


ひぇ~驚いちゃった

そんななのかな(・_・;)!(´Д`;)



これを書き込みしていたら

爺から電話

「居るのかよ 婆ちゃんがSは具合が悪いんじゃないかって」

この3日電話もしてないものね

さすが母親

上高地から帰って38度の熱

それ以来ずーっと調子最悪。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。


これから昨日作った「小あじの南蛮漬けを」持って行きます

随分 ご無沙汰しました


管理人の怠慢とまず爺婆の事を知らせたい人が

見てくれていない事実が判って「な~んだ」と

気が抜けていました


でも最近婆の「認知症」がだんだん進んで

もう世間では知られていることでも

接してい人しか解らないあれやこれやは

知って欲しいかな~と


再開しま~すメラメラ


早速です

8月の23 24日で

爺婆 私 夫の四人でバス旅行

「小布施 上高地」へ行ってきました

4人で40,000円 1人10,000という格安ツアーバス



朝7時30分集合で元気良く出発

都心を抜けるのに時間が掛かり

お昼は横川へ

横川の釜飯 釜飯

「おぎのや」さんのドライブイン店でしたが

懐かしく美味しく頂きました

おまけ⇒婆は重いのにあせる「これで1人分のお粥が炊けるのよ」と自分の分お持ち帰り

旅行のあいだじゅう爺に「ばかだね 重いのに」と言われ続けていました


このコースの一日目は午前中に「小布施」へ

ここは爺が昔 バンバン車を走らせていた頃

何回も来ていた所で

爺婆二人には思い出の一杯な場所でした


次の場所は木島平でダリヤの花の見学

でも爺は入口の野菜の夕市に足が止まりお買い物


お泊りは上高地

温泉にも入りお食事も美味しく満足満足(^ε^)♪


次の日の朝は霧の中でした

蓮池 蓮池2

この写真同じところです(蓮池)


二日目はいよいよ上高地散策あし

爺と婆と管理人は「上高地帝国ホテル」までバスで連れて行ってもらい

梓川沿いに河童橋まで歩きました

爺婆

歩き始めて10分もたたない間に爺は悲鳴をあげて

婆に引っ張ってもらってます

管理人は「しっかり つま先を上げて!」と鬼教官


かっぱ橋 爺婆inかっぱ橋

やっとの事で「河童橋」に着きました


爺「昔 大正池から明神橋まで行って河童橋まで戻ってきてこの辺で泊まったんだ」

 『へ~ 随分歩けたんじゃないよシラー

婆「私は爺ちゃんが連れて来てくれないから一人で来たのよ」

長い歴史の中の・・・な話でした


この二人は

爺は足が弱くなっていても物忘れはありますがまだはっきりしています

婆は足は丈夫でもかなり物忘れと時間の感覚の無さがあり

二人を一緒に連れて歩くのは大変です


これを読んでくれている方は

いつの間にか管理人の夫さんは帰ってしまったのかと思われるのではないでしょうか

居ました ず~っと一緒に

この方は自分のペースで旅を楽しんでいたようです


ここで最後に爺婆とも「居な~い」事件が発生

爺は何かに興味が向くとそこへさっさと行ってしまいます

そして 「ここに居てね」のここの範囲は凄く広いんです

この両方でバスターミナルの中を爺を探して走り回り


そんなことをしている間に婆は

たしかに今ちょっと前に売店をのぞいている事を確かめたのに

姿が見えなくなって

やっと見つけて居たところは一般のバス停の人混みの中

『何やっているのよ わざわざ暑いところに居なくても それに違うバスに乗ったらどうするの』


二人を一緒にして涼しいところに座らせてちょっと郵便局にハガキを出しに・・

帰ったら「居ない!!!」

もしかしたら・・・

やっぱり・・バスに乗り込むところでした

 『二人のできる事 出来ないこと 心配しながら見る事 心配しながらやらせる事

 注意すること しない事 言っておくこと 言わないこと」

二人のプライド尊重しながら・・・・・・

難しい・・・・・・(・_・;)


あとは中央高速をひた走り帰路に

なんだかんだありましたが 無事帰ってきました



あらためて私の感覚と爺婆の感覚の違いを身にしみた二日間でした

これからどうすんだろガーン

 

ベルこの旅行での収穫

後日爺婆宅にケアマネが訪ねてくれて

ケ「○○さん この前の旅行でご自分が随分足が弱っているを感じられて 

 体操教室お勧めしたらいらっしゃると言う事でした」

と連絡がありました

この春に転倒防止の為に体操教室に行ったらとのお誘いを

「まだ 大丈夫だよ」とはっきり断っていたのに

よかった よかったo(^▽^)o

婆が行ったり来たりです


今日婆のうちへ行って先月から始まっている「絵手紙」の

先月頂いたお知らせの封筒を探してもらいました


あっちこっち暫らく探していて少しすると

「ねぇ 私何を探しているの?」

?『解んなくなってる』

「絵手紙のお知らせだよ 先月お爺さんとお婆さん両方に一通づつもらったでしょ」

「あーそーか 待って あったよ・・・・・・」

・・・・・・・

・・・・・・・

「ねぇ 何?私何を探してるの?」


その度に同じ説明をする 何度も

忘れてしまうのを自覚させないように

専門の勉強したことがないから 自覚させた方がいいのか悪いのか

でも

私はいつまでも自分はしっかりしていると思っていてもらいたい


先日もこんな事があった

久しぶりに一緒に電車で出かけた

婆にはパスネットとスイカを持たせている

私が一緒のときはいつも先に「今度はこれよ・・・今度はこれ」と

指示をしていた


JRを降りるとき『いつも先回りして言ってはいけないかな?』

黙っていた

待っていた

私が何も支持しないので迷っていた

でも 見ていた

「今度はどれだっけ?」

「どれだったけ?」

「う~ん」一生懸命考えている

・・・・・・・・・・

パスネットを出したりして考えている

・・・・・・・・・・

「これかな?これだね」

JRのスイカをパスケースから出そうとしていた

「そうだね」

「ほら 少し落ち着いて考えれば 出来るのよ」

嬉しかったみたい


すこしづつ 付き合って行こう ゆっくりと

以前から何か爺に

世話する物を・・・と思っていたところ(婆にはジャンガリアンハムスターの「ももたろう」がいます)


オカメインコの雛が見つかりました

少し前から「おしゃべりするし 人を見分けるし可愛いよね」と

探していたんです


そして今日爺婆とペット屋さんへ迎えに行きました

まだ 一日に4回エサをスプーンでやらなくてはなりませんヒヨコ

4-21オカメインコ

「くわんくわん」になっています

オカメインコは気まぐれで何回か食べるとぷいっと横を向いてしまって

しばらく食べてくれません 時間が掛かるのは年寄り向きかな?むっ


オカメインコ

「もう いいよ ごちそうさま」おにぎりって言っているみたいです


途中で遊んでもまだお腹が空いていると

「ぎゃーぎゃー」騒いで食べながらグチュグチュと鳴き 文句を言っているみたい


でも爺婆はあーでもないこーでもないと言い合いながら

世話をしています

お話し相手が増えてよかったねニコニコ