落語が好き。
みなさん、こんにちは!キムです✨
いつもブログをお読みいただきありがとうございます!
先日、NHKの『上方推し落語』で、
桂ざこば師匠の『子は鎹(かすがい)』を観ました。
【上方推し落語】
桂ざこば師匠の『子は鎹』に震えた話。
全員「ざこば師匠」なのに、なぜ泣けるのか?
観終わった後、しばらくポカーンとしてしまうくらい、
とんでもないものを観てしまった感覚です。
いや、本当に……神業でした。
※以下の人物はざこば師匠ではありません

🎭 誰も演じていないのに、全員が見えてくる不思議
落語の『子は鎹』といえば、
酒で失敗して離縁された職人のくまさん、
健気な息子の虎ちゃん、
そして意地を張りつつも情のある元奥さんが
出てくる人情噺の名作です。
普通、落語家さんって声を細かく変えたり、
仕草の型を使ったりして
「巧みに役を演じ分ける」じゃないですか。
でも、ざこば師匠の『子は鎹』は違いました。
演じ分けている感じがまったくしないんです。
声色を無理に変えるわけでもなく、どこをどう切っても「100%ざこば師匠」なんですよ。
くまさんも、虎ちゃんも、元奥さんも、
出てくる人みんながざこば師匠そのもの(笑)。
なのに……!
観ているこっちには、くまさんが見えるし、
愛くるしい虎ちゃんが見えるし、
元奥さんの表情までハッキリと浮かんでくるんです。
これ、一体どういう現象なんでしょうか……!?

😭 何気ない一言でぐっと胸が熱くなる
ざこば師匠って、決して「さあ、ここから泣かせますよ」
みたいな、しんみりした演技はされないんですよね。
いつも通りの威勢のいい語り口だし、
照れ隠しの暴言やタンカで、しっかり爆笑させてくれる。
それなのに、ふとした何気ない一言——
子どもに向ける
「おう、おまえとらこか!」
「おかぁに言うなよ!」
みたいな言葉の端々に、
嘘偽りのない本物の情愛がだだ漏れしているんです。
テクニックで役になりきるんじゃなくて、
ざこば師匠という人間そのものの
「温かさ」や「不器用さ」というフィルターを通して、
登場人物たちの血が通っていく感じ。
「泣かせよう」としていないからこそ、
その素直な感情がダイレクトに胸に突き刺さって、
笑っているうちにいつの間にか、
目頭が熱くなってしまいました。

🌸 「笑い」と「泣き」は同じ根っこにある
人って、本当に愛おしいものや温かいものに出会ったとき、笑いながら涙が出てしまうことがありますよね。
ざこば師匠の落語は、まさにそれでした。
米朝一門の理知的で緻密な古典落語の美しさとはまた違う、「感情そのものをぶつけてくる天性の凄み」
「全員ざこば師匠なのに、
全員が愛おしい」
そんな奇跡のような高座を観ることができて、
本当に幸せな時間でした。
やっぱり上方落語って、そしてざこば師匠って、
最高ですね!

最近、心からぐっときた落語や舞台はありましたか?😊
それでは、また次回の記事でお会いしましょう!
最後までお読みいただきありがとうございました!
過去の関連記事↓





