キム オフィシャルブログ 笑う門には福来る 好きなことを書くブログ

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ゆるく笑ってすごしたい。
落語、THE YELLOW MONKEY、THE BLUE HEARTS、会計が好き。好きなのこと書いていきます

​歴史が好き。

みなさん、こんにちは!キムです😊✨ 

いつもブログをお読み頂きありがとう御座います!

今回スポットを当てるのは、

ドラマなんかでは「裏切り者」として描かれがちな、

あの荒木村重(あらきむらしげ)です。

​現在放送中の大河ドラマ『豊臣兄弟!』では、

ウルフルズのトータス松本さんが

この荒木村重役を熱演されていますよね!

豪快でありながら、どこかクセのある人間臭さを

感じさせる村重像は、まさにトータスさんの

熱いエネルギーにぴったりです🎬✨


【戦国下剋上】池田のローカル武士から

 織田家のトップエリートへ!

 荒木村重のスピード出世物語🚀


​実は彼、最初から大物だったわけではなく、

最初は僕らにとっても身近な場所「池田」の

ローカルな武士だったってご存知でしたか?💡

​地元の小さな勢力から、

あの織田信長のトップエリートにまで

一気に駆け上がった、

村重の「超スピード出世」のドラマに迫ります!




​🌾 はじまりは「池田」の若手リーダー! 

​村重のキャリアのスタートは、

摂津(現在の大阪北部〜兵庫東部)の有力勢力だった

「池田氏」の家臣から始まります。

​当時の池田城主につかえていた村重ですが、

とにかく実務能力がめちゃくちゃ高かったのです💪

仕事ができる男として池田家の中で

どんどん発言力を強めていき、

最終的には主君を追い出して

自分が事実上のトップに立ってしまうという、

なかなかの野心家っぷりを発揮します

(まさに下剋上の世界…!💥)。

​この頃の村重は、茨木城や伊丹城(のちの有岡城)を

自分の勢力下に収めて、

着々と「摂津のローカルヒーロー」として

頭角を現していったんです。



​🔥  織田信長との出会いと「超・スピード出世」! 

​そんな村重に、人生最大の転機が訪れます。

天下統一に向けて爆進中だった、

織田信長との出会いです🤝

​村重が信長につかえたのは1573年頃。

織田家の中では、完全に、

「遅れて入ってきた中途採用組」でしたが、

信長は村重の圧倒的な軍事力と政治力を大絶賛!👏

​なんと、仕えてからわずか1〜2年ほどで、

摂津一国をまるごと任される国主に

大抜擢しちゃったんです!😲✨

現代で例えるなら、

「中途採用で入社した人が、

 1年目でいきなり

 関西支社長(しかも全権委任)

 に大抜擢される」

みたいなシンデレラストーリー。

信長の期待がいかに破格だったかがわかります。



​⚡ 有能な村重が、なぜ「播磨攻め」から外されたのか? 

​さて、ここで一つの疑問が浮かびます。


「そんなに有能で摂津(大阪・兵庫)を

 任されていた村重なのに、

 なぜ次のターゲットの

 『播磨(兵庫県西部)攻め』の

 総大将は羽柴秀吉だったのか?」


​実はここが、

村重の運命を狂わせる分岐点でした。


​信長からすれば、村重に与えたミッションはあくまで

「摂津の防衛と石山本願寺の包囲」

つまり、大阪のど真ん中で敵を抑え込む

「守りの要」としての役割でした。


一方、秀吉に命じたのは、

毛利輝元という巨大勢力に立ち向かうための

「攻めの遠征軍」です。


​村重からすれば、

「俺の方が播磨に近いし、

 黒田官兵衛を紹介したのも俺なのに、

 なぜ秀吉が総大将なんだ!?」

という猛烈な不満や焦りがあったと言われています。

​この「任務を奪われた」という

プライドの傷つきや孤立感も、のちに信長を裏切る、

謎の謀反へとつながっていくのです……😢



​🌀 もしも、あのまま信長についていったら……? 

​もしもあの時、村重が秀吉への対抗心を抑え、

裏切らずに信長を支え続けていたら、

織田家のナンバーワン重臣になっていたかもしれません。

​しかし、信長を裏切って敗北したあと、

彼は「道糞(どうふん)」と名乗って

茶人として生き延びるという、

波乱万丈すぎる後半生を送ることになります。


地元の池田から一気に、

天下の表舞台へと駆け上がった荒木村重。


一見、卑怯者に見える村重ですが、

トータス松本さんが演じるような、

この泥臭い這い上がり方と人間味は、

歴史の大きな魅力ですね✨


​みなさんは、この村重の生き方、どう感じますか?



それにしてもトータス松本さんいい!!


最後までお読み頂きありがとう御座いました!

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