きむらなみへいです。

 

都内のお店は静かです。

 

イベントやセール時には、半ば殺気立った人たちでごった返していたお店も、

 

「貸し切りかな?」

 

というくらい静かです。

 

ゆっくり見て回れるので、何度も行ったことのあるお店でも、、

 

「このお店には、こんなものもあったのか!」

 

と、気づくものが多く、けっこう新鮮です。

 

曜日や時間帯によって、人が増えることもありますが、

 

押し合うことなく、互いに道をゆずり合うので、移動もスムースです。

きむらなみへいです。

 

都内の電車に乗っていて、

 

「変わったなぁ」

 

と感じたことについて書いていきます。

 

まず、車内がゆったりしています。

 

足を組み、新聞や雑誌を広げて読んでいる人もちらほらいます。

 

話し声もしないので、静かなところもいいのでしょう。

 

電車が「移動するくつろぎ空間」のようです。

 

次に、つり革や手すり。

 

つかんでいる人はほんの数人です。

 

立っている人の多くは、底の平らな革靴や、スニーカーを履いています。

 

両手でスマートフォンを操りながら、電車の揺れを器用に逃しているようです。

 

体幹がしっかりしているのでしょう。

 

電車がとまってドアが開くと、降りる人たちがしずしずと出ていきます。

 

それを待って、乗る人たちがしずしずと入ってきます。

 

「なんだか、いいなぁ」

 

と思っています。

きむらなみへいです。

 

子どもの頃は、視力2.0を誇っていました。

 

視力が下がると、親から厳しく言われていたので、

 

「左右ともに2.0」

 

の診断が下ると心底ホッとしていました。

 

しかし、受験勉強をするようになってから、一気に視力が低下。

 

おずおずと親に申告し、めがねをかけることになりました。

 

それまでは、めがねをかけている人を見て、

 

「知的な感じがしてカッコいいな」

 

と思ったこともありましたが、実際自分がかけてみると煩わしかったです。

 

そこでコンタクトレンズに切り替えました。

 

ハードレンズとソフトレンズを試し、装用感が気に入ったのはソフトレンズでした。

 

しかし、毎日パソコンで作業をするようになってからは、レンズ入りの目はすごく乾いて疲れてしまい、やむなくめがねに。

 

「煩わしいなぁ」

 

と思っていたところに飛び込んできた情報が、

 

「オルソケラトロジー」

 

という治療法。

 

就寝前にハードレンズをはめて眠り、目が覚めたら外すという使い方をするのですが、

 

裸眼で何でも見えるし、疲れないしで、現在はそれを愛用しています。

 

視力低下と引き換えに進学できたと言えなくもないですが、

 

何も手を加えてない裸眼のまま、

 

「左右とも2.0」

 

だったらなぁと思うことはあります。

きむらなみへいです。

 

今年の元旦は、ローカル線に乗っていました。

 

普段は乗車率が高い路線ですが、元日は人もまばらでとても静かでした。

 

目の前に広がる風景も、山や高い建物に遮られることなく、ただただ広い。

 

天気の良い日で、電車内には日の光がさしこみ、いつまでもぼーっとすることができました。

 

こんなにずーっと見ていて飽きない風景は、子どもの頃にあった用水路内の水の流れ以来でしょうか。

 

かなり久しぶりにリラックスできました。

きむらなみへいです。

 

私は年賀状を毎年50枚くらい出します。

 

宛名書きは印刷のことが多いですが、イラストなどは筆ペンでざざっとかきあげます。

 

その後、それぞれの人に合わせたメッセージを書き込んでいきますが、これが結構難航してしまい、途方に暮れそうになることもしばしば。

 

ある年は、イラスト面を既成のデザインを使って印刷してしまおうとしたことがありました。

 

しかし、プリンターの調子が悪かったり、インクが切れて買いに走ったりと、かえって手間と時間がかかってしまったので、手がきに戻しました。

 

人によっては、メールやSNSで対応して欲しいと言われるので、要望があればそうしますが、基本はハガキです。

 

「年賀状なんて意味あるの?」

 

という声もしばしば聞かれますが、意外と年賀状が縁で旧交が温まったりして楽しいことも多いので、私は続けています。

きむらなみへいです。

 

菊池涼介さんが、記者会見で、広島東洋カープに残留すると発表されました。

 

終始バツが悪そうで、

 

「やっぱりメジャー行きたかったよねえ・・・」

 

と思わせる印象の記者会見でした。

 

ただ、カープサイドからしたら、こんなにうれしい話はありません。

 

朗報でしかありません。

 

菊池ィ、いろいろ考えた末に、カープ戻ってきてくれてほんまありがとねぇ。

きむらなみへいです。

私のお好み焼きの食べ方は、

「肉玉そば無しを、皿に盛ってもらって、テーブルに置いて、箸で食べる」

という、ツウの人たちに怒られそうなものです。

東京にはお好み焼きに似たような食べ物があり、

「広島風お好み焼き」

とか、

「広島焼き」

とか言われています。

その言葉にも引っ掛かりを感じますし、実際に食べてみると、おいしいとか、おいしくないとかでなく、

「お好み焼きとは別の食べ物」

というカテゴリーに入ってしまい、特に興味がなくなってしまうので、次第に食べなくなります。

今回、久しぶりに広島で、

「肉玉そば無しを、紙皿に盛ったものを、箸で」

食べることが叶い、とてもおいしくて懐かしかったです。

お店の人たち、ありがとうございました。

きむらなみへいです。

 

広島に来てすごいなと感じたのは、カープの取り上げ方。

 

スーパー、本屋、眼鏡屋、銀行、コンビニエンスストア、本通り、百貨店などのグッズコーナー、選手の写真や立て看板。

 

いたるところで流れるカープの応援歌。

 

ユニフォームを着て仕事をする店員さん。

 

カープ仕様になっている市電。

 

テレビでは毎日組まれるカープコーナー。

 

あまりの熱気に圧倒され、

 

「ここまでだったかいね??」

 

と疑問に感じました。

 

懐かしいなと思ったのは、とある百貨店のグッズコーナー。

 

館内放送ではなく、再生プレイヤーからひそやかに流れる応援歌。

 

その一角だけ少し薄暗く、グッズの陳列の仕方も、

 

「置いとくだけ置いとくけえ、欲しけりゃ買いんさい」

 

といった風情の、あんまり売る気のない感じ。

 

誰も気に留めず、素通りしてしまいそうなその雰囲気に、

 

「ああ、これよこれ。本来はこんなんよね」

 

と妙に納得してしまいました。

 

きむらなみへいです。

 

数年ぶりに、広島で墓参りをしてきました。

 

実家の近くは人口が増えていて、かなり風景が変わっていたので、

 

「お寺も墓もうろ覚えじゃが、辿り着けるじゃろうか・・・」

 

と不安でしたが、見覚えのある小さな用水路や、わき道が残っていたので、無事墓参りができました。

 

そのあと、今の実家に移るまで住んでいた場所にも行ってみました。

 

更地にして売却されたとだけ聞いていたので、どうなっているのか知りたかったのです。

 

家や庭、畑があったところにはコンクリートが敷かれ、新しい家が数軒建っていました。

 

見たら悲しい気持ちになるかもしれないと思っていましたが、

 

「なんかきれいになっとって、よかったわ」

 

と安心しただけでした。

きむらなみへいです。

 

思うところがあり、広島へ行ってきました。

 

実家に帰るわけにいかなかったので、1週間ほど広島駅近くのホテルに滞在しました。

 

ずいぶんきれいになった広島駅に驚きながら、最初に向かったのはマツダスタジアム。

 

完成したのは10年前ですが、実際に見るのは初めてでした。

 

市民球場が移設されるという話を聞いたとき、

 

「駅の周りなんか何にもないし、ドームにもせんのだったらお金かける意味ないじゃん」

 

と、普段何の関心もなかったくせに、ひそかに私は反対していました。

 

実際、マツダスタジアムまでは、ただただ1本道があるだけで、お店も人通りもほとんどありませんでした。

 

道路わきには、布張りの選手のポスターや、ペンキで描かれた絵がずらっと並んでいたので、

 

「これで飽きさせんようにするんかー、なるほど」

 

と思いながら歩いていました。

 

試合のない日の、夕方のマツダスタジアムは、ものすごく地味でした。

 

「広島市の所有物です。適切に税金つかってます」

 

と強く主張しているかのような、つやのない鉄骨。

 

テレビでの、きらきらと華やかなナイトゲームのイメージが強かったので、とても驚きました。

 

「閉園後の遊園地みたい・・・」

 

と思いながら、その広島らしさというか、カープらしさに、安堵のようなものを覚えました。

 

令和元年マツダスタジアム