感謝、という言葉ほど、奥が深く、そして、その状態になるのは難しく、
多用されている言葉はないかもしれません。
〇〇感謝祭、とか、
勤労感謝とか、。
感謝して食事を頂きましょう、とか
感謝です、と文面で伝えたり。
小さい子には
「ありがとうは?」と促す場面もよくあります。
これは、感謝を教えているようで、
本当の感謝はどうも、もっともっと奥が深いようなのです。
そのヒントが、テサロニケの信徒への手紙の中の
「どんなことにも感謝しなさい」にあります。
どんなことにも感謝して、
常に喜んでいられるのが、
本当の感謝なのだそうです。
私は自分で、
「感謝できてるわ〜」と思っているフシがありました。
例えば、ご飯を作りながら、
子どもが遊んでいる姿を見るとき、
新たな気づきが自分の中でおこったとき、
有益な音声を聞いているとき、
「本当にありがたいことだなぁ」としみじみ思います。
ただ、
「それって、いつも?」と問われると、
ゔ〜ん・・・・^^;という状態です。
特に、
最近は、
ときどきピリピリする
中3受験生との会話で、
若干、沸き起こる何かに遭遇してしまいそうになることも・・・
そういうときも、
「私、今、喜んでいるか???」と問う癖は付けていますが、
「今は、喜んでないよねぇ」と
心の声が聞こえてきます。
感謝の状態とは、
いつでも、どんなときでも、
どんなことにでも、感謝できている状態です。
そのランクに入ってしまうと、
何やっても幸せだーという状態になるようで、
何でも嬉しくって、楽しくって、
はたまた、体の不調も改善、とか、
そういう域に入っていくそうです。
そうすると、さらに
宇宙と一体化〜とか、
永遠の生命〜とか、
死の恐怖の超越してしまう、とか、
そういう世界の住人に慣れてしまうんだとか。
そう考えると、
私はまだまだまだまだ、
感謝力は
身についていないなぁと自覚できます。
そして、いつも喜んでいる状態を感謝というのならば、
子どもって、
もしかして、感謝力高くない??と気づいたのです。
我が家のたいちゃん3歳ですが、
昨日、頂いた甘酒の蒸しパンがすごく美味しかったらしく、
家でも作ってほしいと言ってきました。
そして、今日作るよーというと、
そのときから、大喜び。
材料を混ぜるのも、ワクワク。
作る過程を見ては、ソワソワし、
完成したら、
わ〜〜と声をあげて、喜ぶ。
ささいなことを、
これだけ喜ぶ。
これって、
感謝してる、
お母さん、嬉しいよ、ありがとう、って言語化していないけれど、
もしかして、
自然と表現してくれている???
そういえば、
喜んでいる状態、
3才児って、
とても多いのかもしれない・・・・
とすると、
感謝力は
もともと、
もーっと備わっていたものだけど、
不平不満を言うとか、
ねたむ、
嫉む、とか、
そういった、
マイナス言葉&態度を蓄積するたびに、
感謝力ポイントは減っていってしまうのかもしれない・・・。
ならば、感謝力強化を
幼少期からするのが、大きなポイントかもしれない!と思います。
我が家の3歳時には、
「幸せだねぇ〜」という言葉を意図的に投げかけ、
ありがたいよね、という話は度々しています。
そして、
感謝、というワードを耳にしているからか、
昨日、あることについて、中3の兄に向かって、
「りょうくん、感謝がないんじゃろ」と言っていたのには、
びっくりしました。
私も、中3息子も思わず吹き出してしまいました。
感謝できている状態、というのは、
常に喜んでいる状態であるかどうか、ということ。
そう考えると、
自分の状態が、
まだまだだなぁと思う私です。
そして、重要なポイントが一つ。
それは、
感謝力とは、
訓練してこそ身につくものである、ということです。
言葉は神なりき、なので、
口に出す言葉を変えることから始めるのもいいかもしれません。
また、当たり前のことに、
一つ一つ、感謝のイメージをもって、
例えば、
目が見えます、ありがとうことざいます、などと、
〇〇○、ありがとうございます、と口に出してみるのも訓練の一つです。
(上の二人が小学生くらいの頃、これを「ありがとうゲーム」と名付け、
車の中で目的地に着くまでやっていたことがあります・・・)
まだまだ、私の知らない、
幸せで嬉しすぎる世界があるようです。
その世界に入る切符は、
感謝力100%になったときに、手に入るように
宇宙の仕組みは成り立っているようです。
・・・・と、ここまで知ってはいる私です。
3才児を見習いながら、
感謝力の訓練は、
まだまだまだまだ
続きます^_^