東京で暮らしていた時
マンションのすぐ向かえに
八百屋さんがあった
その八百屋さんは野菜はもちろん
缶詰や乾物
お菓子やちょっとした日用品などもおいてあり
私にとって夢のような店であった
買い物に出かけたくない雨の日も
重いものを持ちたくない不調の日も
サンダルばきで出て道路を渡るとすぐにその店があった
ご主人はとても優しい方で
たくさん買い物をして荷物が重いと
すぐそこなんだからと玄関口まで持ってきてくれたり
随分とお世話になった
ご夫婦で営んでいるお店で
どうやら奥様はかなりご主人様より年上なのかな?
という感じを受けた
お二人の人柄か、いつもお客様が世間話をして賑わっていた
そんな世間話でどういう流れだったかは忘れたけれど
子供と奥さんが溺れていたらどちらを助ける?
という究極の質問を誰かが放った?
その時ご主人は
「そうだねえ、アタシはこう言ったらちょっとアレかもしれないですけど
迷わずウチのやつを助けます」
とおっしゃったのである
ひやあ〜〜!!
うっそ〜〜!!
躊躇なかったね!!
などと近所の奥様方から冷やかすようなどよめきが上がった
私もちょっと驚いた
子供は自力でなんとかできるかもしれないけど
ウチのやつはもう歳だし
なんと言ってもアタシのパートナーはこいつしかいないですからね
とのことであった
すごいなあ、旦那様の鏡のような方だな
そう思っていたが
まあ、その時の話の流れで言ったまでであろうと
聞き流していたのである
一年くらい経って
ご主人が言いにくそうに
「来月で店を閉めることになりましたんで・・・
お世話になりました」
というのである
ショックったらなかった
その店の存在は私にとって
灯台のようなものであったから・・・
八百屋としての存在はもちろんだが
店に寄らない日でも
帰宅してきて
明るい光が点っている店の入り口を見るだけで
ホッとできた
そんな店が無くなる!!
口も聞けないでいる私に
「ウチのやつがね・・・
調子が悪くなって検査してみたんですよ
そしたら・・・・・」
そう言ってご主人は言葉を詰まらせた
「ガンだってんで・・・・」
「・・・・・・!!」
「こんな吹きっさらしの店で朝から晩まで
重いもの持たせてずっとやってきたでしょう?
そのせいであいつが病気になってしまったんじゃないかと思うとね・・・
アタシはずっとあいつに助けられてここまでやってきたんす
だから今度はアタシがね
あいつを支えてやらないといけないから
キッパリ店は畳んで
あいつの看病に徹しますよ」
そういうご主人の顔は悲壮感と決意がない混ざった
本当に男らしい面差しであった
いろいろな意味でショックを受けた私であったが
帰宅して
ご主人が
「迷いなくウチのやつを助けます」
と言っていたあの時の情景を思い出した
有言実行・・・・
なんてカッコイイ人なんだろう
偉いや!!
男気!!素晴らしい!!
そしてそんなすごい人に愛される奥様素晴らしい!!
だから私も
店が無くなるのは悲しいけれど
心からお二人を応援して
見送ってあげたい
そう思ったのである
店の最終日は多くの人が
様々なプレゼントを持って集まり
いつもの野菜を運ぶバンがお花でいっぱいになった
愛する人を守る
男気というものが
ご主人の中にくっきりと存在していた
静かに奥様と一緒に
バンに乗り込み
馴染みの客達に手を振る二人
「絶対に良くなってまた帰ってきてね!!」
「お大事にね!!」
そんな言葉が
さりゆくバンに
温かなシャワーのように
いつまでもいつまでも
投げかけられていた