アクシーズの時計台スカートという言葉を聞いて思い出したことがある。
私が幼い頃、近所にとても面白い洋館があったのだ。
その洋館にはひときわ高いとがった屋根が正面についており、その屋根のすぐ下に時計がついていた。
「塔」とまで呼べるものではなかったが、「時計塔のおうち」と近所の子供達は呼んでいた。
そのお宅はいつもうっそうとした生け垣に覆われ、手入がされていない前庭には雑草が人の背丈ほども生い茂って、そこに小鳥達が巣を作って朝など非常に騒がしいのであった。
以前は手入をされて美しく咲いていただろう薔薇のアーチに季節になると薔薇がまばらに咲いている様子はなにか「廃墟」のような物悲しさを感じさせ、それと同時に現実とは思えない物語の中のような不思議な雰囲気も醸し出していた。
ご主人がなくなって女主人が住んでいるとのことであり、その女主人の姿も滅多に見かけなかった。
噂ではとても変わり者で偏屈な性格であり、近所付き合いを拒否して引きこもっているとのことであった。
まだ私は幼かったのでそのような近所の噂がとても恐ろしいもののように感じ、非常に時計塔のうちにたいして恐怖感を抱いていたものである。
子供の頃の記憶なので曖昧で、どういった経緯でそうなったのかは覚えていないのであるが、あるとき、その時計塔のうちのお姉さんに招かれて、お邪魔したことがあった。
女主人には一人だけ子供がいて、その子はもう大学生くらいの大きなお姉さんであった。
そのお姉さんに手を引かれて私は時計塔のうちにお邪魔した。
薄暗いお屋敷の中はなにか古びた物置のようなニオイがして、その頃珍しかった木の廊下は歩くとギシギシと音がなった。
お姉さんは自分の部屋に私を招き入れた。
その部屋!!
本当に忘れもしない。
三畳くらいの小さな小さな可愛らしいお部屋で壁一面に作り付けの引き出しや小物入れが備えてあり、机すら引き出して使うような作りなのであった。
お姉さんはその壁の収納に自分が着ていたオーバーと私が着てきたオーバーを入れると、また別の小引き出しから可愛らしいお茶の道具をお盆にセットしたものを取り出した。
そして、またまた小さな別の引き出しを開けた。
そこには可愛らしい小さなツボが入っており、そこを開けると「キノコの形」をした砂糖菓子が現れた。
「うわあ!!」
目を丸くしてお姉さんのやることなすことすべてにビックリしている私を見て、お姉さんは
「うふふふふふ!!』と笑った。
お姉さんが台所にお湯を取りにいっている間、私はちょっと廊下にでてきょろきょろしていた。
すると二階からぼろキレの塊がゆっくり降りて来るのが見えた。
ひぃっ!!
ビックリしてかたまっていると
「おや、珍しいね、ヨーコのお友達かい?あんた、どこの子?』とぼろキレの塊は発言した。
それこそが時計塔の女主人なのであった。
女主人はボロボロの毛布のようなものを背中からスッポリかぶり、顔は目と鼻だけだした姿であった。
その少しだけでている顔はイボがたくさんついていた。
私はもう怖くて息も出来ず
「T家のちゃっこです。。。」と消え入るような声で自己紹介した。
すると
「ああ、T家といえば教員をやってるめかした男とちょっと暗いけど奇麗な女とが住んでいるあそこかね、あんた、そこの娘か?」
私は父と母が「男と女」というふうに言われていること、父はともかく母が女として綺麗なのかどうかを一度も考えたこともなかったので、ものすごい違和感を覚えたが、たぶん間違いではないと思い
「はい。。。そうです」と答えた。
「ふーん、あんたは男に似ているねえ」と、まじまじと私の顔を見ながらそういうのである。
怖くて寒くて私はガタガタ震えていた。
するとお姉さんが薬缶を持って現れ、
「お母さん、もうっ!!でてこないでっ!!ちゃっこちゃん行きましょう」と言って部屋に入った。
お姉さんは真っ赤な絨毯を敷いた小さなお部屋で「キノコのお菓子」と「紅茶」をふるまってくれた。
また、絵を勉強していると言うお姉さんは、たくさんの奇麗なものを持っていて次々に見せてくれた。
壁の引き出しからは魔法のようにいろんなものが現れてはしまわれていった。
お姉さんはまた引き出しから私のオーバーをだして着せてくれ、自分もオーバーを着て私のうちまで送ってくれた。
その時の経験は強烈に私の中に残っている。
そして、しばらくたって、時計塔のおうちに雷が落ちた。
そして、お家は全焼したのである。
お姉さんは遠い土地の大学に通っているのでいなかったのであるが
女主人がどうなったのか、どうしても思い出せない。
幼い頃の不思議な思い出である。