CUP vol.1
個人の趣向はどのようにインスピレーションされるのか




p.24

インタビュー
個人の
趣向はどのように
インスピレーションされるのか

Inspiration   01


p.28

강백수.(カン・ベクス)

文学と音楽、
そして
共感の妖精


p.29

Prologue.

 カン・ベクスの歌は淡白だ。現実的で直線的だが、胸が痛む。クスクス笑いながら聞いていて急に鼻先がじーんとして恥ずかしくなる。シンガーソングライターで詩人のカン・ベクスはきっと自分の歌に似ている。それは当然のことだが、とにかく彼はそんな人だ。
2008年季刊『시와 세계(詩と世界)』を通じて登壇し、2010年 <노래, 강을 건너다(歌、川を渡る)>を発表して歌手デビューしたカン・ベクス。最近作では2021年2月に発表した正規3集アルバム <헛것(無駄)> がある。詩と歌の他にも散文集『서툰 말(下手な言葉)』『사축일기(社蓄日記)』『몸이달다(いらだつ)』を出版した。
カン・ベクスバンドのリーダーでありボーカルであり、1人企画会社 カン・ベクス文化社を運営している。さらに学部に続き国文学博士課程に通っているというから、学究熱までうかがえる。ペッス(無職の人)という名前はしらじらしい冗談のようだ。
彼は毎回自分を「文学と音楽の妖精」と紹介する。しかし、彼の文章と歌は自己紹介のようにただかわいいわけではない。<タイムマシン>という彼の代表曲を聴いてみてください。泣かずにこの曲を聴くことができるのは誰なのか。平然と人を泣かせるのはもって生まれたものだ。
色づいた楓がようやく落ち始めたある日、ソウル麻谷洞(マゴットン)のあるカフェで反転魅力に満ちた歌手カン・ベクスに会って話を交わした。


INTERVIEWER ソン・ファシン | PHOTOGRAPHER キム・ヒョンソク





p.31

最近終えた公演の感想が知りたいです。コロナの影響で舞台に立つことができなかったので、本当に久しぶりに再開した公演だったと伺いました。
─── 普通の人々には土曜日の夕方がどれほど貴重で重要なのか知っているので、その時間を作って私を見に来てくれることに感激の気持ちがいつもあります。そんな気持ちで何ヵ月も耐えていますが、今回は空白が長くなったので、心理的に大変でした。以前のように楽しく公演できるだろうか、感が鈍ったのではないかと心配でしたが、幸いそのようなことはなくて楽しく公演しました。

ファンたちからエネルギーもたくさん得たと思います。
─── 公演にいらしたファンの半分くらいは、顔も知っているし名前も知っているんです。お互いに元気に過ごしている姿に安堵しました。元来は公演が終わってファンカフェの会員たちと打ち上げをするんですが、今回はコロナのためにできなかってので残念でした。

カン・ベクスにとって観客とはどんな意味がありますか?
─── 観客との出会いが私には燃料のような役割をします。創作は私がしますが、創作ができるエネルギーは観客から得られるようです。


p.32

「大変だった時代に
それでも カン・ベクスの歌が
あった」 という話を
聞くことができればこの上なく
嬉しいです。



p.33

詩やエッセイも書いていると聞いています。歌詞を書くときと詩を書くときのインスピレーションをどうやって得ているんですか?
─── 歌も詩も日常からインスピレーションを得ているということは同じですが、歌を作るときは、自分の感情を一緒に共感できる話に焦点を合わせます。どうしても歌は大衆芸術ですから。
詩は日常の中で少し非日常的な光景を目にしたときに、よりたくさん書くようになりました。例えば、みんなが忙しく働いている時間にみんなが忙しくしている街でコンビニに座ってマッコリを飲んでるおじさんとか、銀行で乱暴を働いて追い出されるおじいさんを見たときとかです。

カン・ベクスの歌は日常的な話を淡々と解きほぐすことに卓越しています。「人に対する憐憫」で曲を書くとインタビューで話されていましたが、そうやって作った曲がありますか?
─── ある日鍾路に行って学校の先輩に会って一緒に昼食を食べました。清渓川沿いは会社員でとても賑わっていました。ご飯を食べていた人たちがある瞬間一斉にコーヒーを持って歩いて午後1時になると、何もなかったかのようにその人波がすっかり消えてしまうのです。その光景を見て書いたのが <オフィス> という曲です。短い時間でも春を楽しもうとする人々のせつなさについて歌いました。憐憫なら憐憫、恐怖でもあるし、一方では面白くもある、様々な考えを引き起こすものをソースにして歌詞を作って詩も書きます。

p.35


カン・ベクスが作った歌は主に何について話すんですか?
─── 愛と別れの話が半分くらい、生きる話が半分くらいになるようです。27歳で出した1枚目のアルバムでは、私の話だけを書いたのに人々が共感しました。なぜなら、他人と同じように生きてきたので、私の話だけでも共感を得ることができたんです。ところが、私が30代に入って大多数の人々と私の生活の間に距離ができる感じがしました。私は平日の昼にも家にいながら曲を書きぶらぶらしたり、また舞台の上で公演をしながらお金を稼ぐ仕事をしていますが、大多数の人々は私と同じ生活をしていないじゃないですか。だから私が経験したことから私が眺めることで話が広がるようです。

生きる話を歌詞で解きほぐす時も、社会を眺める視線を歌に多く盛り込んでいらっゃるようです。そんな曲を1つ紹介してください。
─── 最近発売した <아가야(アガヤ)> という歌があります。



p.38

人々の喜怒哀楽が
似ているということ、
そこから出発するのが
時代精神ではないでしようか。



p.39

흙수저(フッスジョ)[貧しい家庭に生まれた子]・금수저(クムスジョ) [裕福な家庭に生まれた子]  という言葉からインスピレーションを得て書いた曲です。人が置かれた環境によって見ることができる夢の範囲が限定されるという印象を受けました。貧しい家に生まれた子供は、すべてが揃った金持ちの家に生まれた子供に比べて大きな夢を見ることができる資格のようなものが与えられにくいでしょう。それで歌詞では最初から「大きな夢を持たずに生きろ」 と反語法で語りました。

時代精神が込められた歌をたくさん作ってられるような気がします。シンガーソングライターとして曲を書くとき、インスピレーションは主にどこで得られますか?
─── 最近は友達と交わす会話からインスピレーションを得ているようです。Aという友達に会って交わした会話をBという友達に会っても、Cという友達に会っても同じように交わすことに共通した何かが私たちにあることを感じます。人々の喜怒哀楽が似ているということ、そこから出発するのが時代精神ではないかと思います。

それでは友達の話がインスピレーションになって誕生した歌がありますか?
─── <집에 가고 싶다(家に帰りたい)> がそんな曲です。友達が日課時間にグループチャットで皆「家に帰りたい」というのでこの曲を作ったんですが、予想外に軍隊でこの歌がヒットしました。YouTubeの再生数がかなり高いです。実は軍隊ごとにAIスピーカーがありますが、それに向かって軍人たちが「家に帰りたい」 という言葉を本当にたくさん言って、その度に私の歌が出てくるということです。YouTube コメントを見ると、将兵たちがまるで聖地巡礼をするかのように訪ねてきて、自分の転役まで残ったD-Dayを付けて行ったりします。







歌を作る課程を知りたいです。
─── 私は歌の芯になるような文章や言葉をメモしておいて、長い間その言葉を噛み締めます。例えば「家に帰りたい」だけ書いておいて、「それなら家に帰って何をしたいか」という考えに繋げながら歌詞を作ります。そうして出てきた歌詞にメロディーとコードをつけています。

歌を作って歌う人として自分の役割は何だと思いますか?
─── これは昔から持っている考えですが、人にある問題が生じたとき、3種類の友達が必要だと思います。解決策を提示してくれる友達、その問題を忘れられるように楽しくしてくれる友達、その問題に深く共感してくれる友達です。私は性格上、私が一番上手くできるし、また私の音楽が一番上手くできることはいつも共感だと思います。その次に、苦痛を忘れられるように楽しい歌を歌おうとします。

カン・ベクスの歌は誰かにきっとインスピレーションを与えるはずですが、その人が何を感じたり得たりしたらいいですか?
─── 同質感を感じてほしいです。例えば <런닝맨(ランニングマン)> という私の歌は確かに熱心に仕事をしているのに、しきりとどこか空虚な気分になる人の心を語っています。似たような感情を感じる人たちが私の歌を聴いて「あぁ、これは単に私だけの問題ではないのか。誰もが経験することなんだ」 と感じてくれたら嬉しいです。なお、「それなら私が間違っているんじゃないんだな」 または「おまえのせいじゃないな」と繋げて考えられるようになればと思います。




ご本人の歌に書かれたコメントの中で一番印象深かった言葉は何ですか?
─── 「私の話のようで鳥肌が立つ」という言葉がいつも一番気持ちよく聞こえます。音楽が上手な人も、良い曲も世の中に多いのに 「これは私の話みたい」というフィードバックを聞く歌は珍しいからです。


p.46

「世界の空の下で私だけなぜ
こうなの」 という気が
するときに聞けば
少し慰めになるような歌を
作って聞かせたいです。


p.47

これからやってみたいことはありますか?
─── 私の歌でミュージカルを作りたいです。私と似た世代の典型的な人物を描いてみたいんです。他人と同じくらい恋をして、他人が悩む分だけ悩み、他人が退屈な分だけつまらない人物です。あと10年くらい歌えばミュージカルを作る機会が来るんじゃないでしょうか。

世代の情緒を代表する歌手と呼ばれていますが、「この曲こそ、私たち世代の情緒を代表する」という言葉を聞きたいご本人の曲を一つ挙げるとすれば。
─── <타임머신(タイムマシン)> という歌です。歌の歌詞を見ると、IMFを経験した親世代の挫折もあり、不動産バブルについての話もありますが、そのようなものが中心素材ではありません。家族の話をしていると自然に出てくるようになった話です。この歌のように、人が生きる物語の中で自然に時代的な物語を持ち出す作品を作りたいです。

「私にとって歌とは〇〇〇だ」と定義してみると。
─── 飽きない唯一の遊び。



p.49

ご自分の歌を愛してくれる音楽ファンにこれからどんな歌をプレゼントしたいですか。
─── 「世界の空の下で私だけなぜこうなの」という気がするときに聞くと、少し慰めになるような歌を作って聞かせたいです。「大変だった時代に、それでもカン・ベクスの歌があった」という話を聞くことができれば、この上なく嬉しいです。ある時期を耐えるのに役立つ音楽をやりたいです。



Epilogue.

カン・ベクスをインタビューして羨ましかったことがある。自分が歌う理由、自分の歌が持つ価値を明確に知っているという点がそれだった。彼は自分がどんな歌を歌いたくて、どんな歌を歌えばいいのかを知っている人だ。
だからカン・ベクスは笑える悲しい人生を耐えている自分の世代の普通の存在たちに一つのことを一緒にはなし、繰り返し話しているのだ。あなただけじゃないと。私もそうだと。私たちみんなそうだと… だからだと思う。彼の歌を聞いていると大変なのに気持ちよく、寂しいのに胸の片隅がなんとなく爽やかになる。日常の中で時々彼の歌詞を噛み締めながら、私はそのように泣きながら笑いながら平凡に私の人生を、この時代を生きていくだろう。