自分語り幼年期編2を書こうと思う
今回は内容が内容なだけにちょっと控え目に書く
僕が生まれ育った家は極々普通の一般家庭だ
他の家庭と違うところがあるとすれば、曾祖母の代から、新興宗教を信仰している
そんな事ぐらいしか他の家庭と違うところは考えていなかった
ただ、信仰宗教を信仰しているとはいえ、普通に鳥居は潜るしクリスマスはする、初詣やお盆には寺にお墓参りもする。
同じ宗教の人でも違う宗教になるキリスト教の教会で結婚式を行なったりするし、葬式も普通にお寺などでお経をよむ
曾祖母の代から宗教を信仰しているとは言ったが、家庭内での信者は主に女性メインだった
曾祖父、祖父、父は無宗教であった
それは現在でも変わらない
曾祖母、祖母、母は熱烈な信者ではあるが…
僕の立場でいうと四世代目にあたる為、正直宗教や信仰というのがあまりわかっていない
僕の考えではその人が必要なら宗教をすれば良いと思うし、支えになるなら信仰するのは自由だと思っている
逆に必要ないならやらなくていいとも思っている。
それはその人の自由な訳だし、その人しかわからない事だと思う
良くも悪くも当事者以外の人間がとやかく言うことではないと思っている
実際のところあまり人に関心や興味が無いのである
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話戻る
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何故この話をしたかと言うと
僕自身が物心ついた時には当たり前のように周りに宗教関係の信者さんがたくさんいたのだ
幼年期、少年期、と小さい時から自分より年上の方や年下の方との交流がものすごく多かったのである
幼年期の時期とはいえ悪い事をすれば信者さんに怒られる事もたくさんあった
ただの悪い事なら口で怒られる、
本当に悪い事なら怒鳴られる、
自分、人を巻き込む悪い事なら叩かれる、
自分が死ぬかもしれなかったら殴られる、
そういう風に育てられた。
他の信者さんは自分の子供を見るかのように
僕の事を可愛がってくれた
時には一緒に笑い
時には一緒に怒り
時には一緒に泣き…
その中で色々学んだ事もある
『自分がされて嫌な事は他人に絶対にやるな』
『自分の先輩に助けてもらった恩は自分の後輩に恩返ししてやれ』
これは今でもそう思う
こうして思い返してみると、小さい時から色々と
愛されて育ってきたなと思う
そう。。。
愛されて育ってきたからこそ、捻くれた性格になってしまったんだと思う
この続きのエピソードはまた今度書こうと思う
読んでくれてありがとう