義妹の三回忌でした

亡くなってから丁度 2年、 月日が経つのは早いですね

心に残ることがありまして.....今日も問いかけました
(以前もこのブログで綴ったことがありますが)



忘れもしません

私が手術をしたのが 2年前の5月16日
病理検査の結果がでるのが30日で
病理検査次第では 放射線治療が始まり長期の入院になるからと
30日前に一度外泊の日程を組みました

それが 28、29日の予定でした

先生方も 病理検査の結果次第で 直ぐに放射線治療に入れるようにと
準備が着々と整っていくような雰囲気でしたので
私も覚悟は出来ていました

なので、この時の外泊を楽しみにしていたんです


5月の27日に日付が変わった 0時過ぎに
左側を向いてベットで寝ていた私の右側で 誰かの声がしました

「ないの ないのよ」と、

ビクッ! として振り向くと誰もいません

でも 確かにハッキリと聞こえた声

看護師さんかと思ったり、
娘に何かあったのかと思い その場で連絡したり
でも どうも違うようでモヤモヤした一晩を過ごしました

朝をむかえ 主人から 義妹が亡くなった知らせを受けた時は
驚いたと同時に あっ、来てくれたんだ!
と、思いました

しかも、突然の心筋梗塞で 亡くなった時刻が
夜中の0時から1時の間だったようなのです.....確信しました

私の外泊は 義妹に会いに行くことに尽きました

なんだか、不安だったのです

でも、微笑んでいるような安らかな顔の義妹と会った時
安心して涙がでました
苦しんでいないことが分かったから


義妹は年上なのですが 立場的には妹で 私は姉
そして私は けして世話をやいた良い義姉ではなかったはず

その私に 最後に何を知らせに来たのでしょうか?

何を探していたの?


外泊後私は、お陰さまでそのまま退院することができました
それからずっと.....この2年間

葬儀の時も、お墓参りの時も、新盆の時も、一周忌の時も、そして今日も
ずっと問いかけているんです

あちらの世界に逝ってからの貴女の歴史が 私の新しい歴史になってから
数少ない 貴女との思い出が蘇ります


そして とても不思議な気持ちなんですが
こちらの世界にいたときよりも 今の方が いとおしい 近くに感じる


これからも、私は貴女に問い続けるでしょう

いや、もしかしたら自分に問い続けるのかもしれない

貴女が伝えたかったこと、残したかったこと が何なのかを
みつける日がくるまで・・・