私は現在18歳で母は乳癌で抗がん剤治療中です。


私が母の乳癌を知ったのは今年の5月。
私は大学受験に必要な大切な定期テストの2日目。明らかに家の空気が重くて、母は上の部屋で寝ていました。ちょっと、病院行って疲れてね、、、
と、だけ言って寝ている母。私は最終日のテスト勉強に励んでいました。

いつにも増していろんな人と電話している母
仕事から帰って母を気遣う父。
あまりにも重たい空気に、何も知らない私ですら違和感を覚えました。そして、姉にラインで『ママからなんか聞いた?』と送ったら『何も聞いてないよ?なんかあった?何かあったらちゃんと教えてよ』と言われました。
少なからずいい予感はしませんでした。
やたらと私のそばにいたがり
徹夜している私を近くで見守りながら眠っている母の姿はいつにも増して疲れているような気がしました。でも、何も聞けなかった私は、寝ている母のケータイをこっそり見ました。

その瞬間頭の中の全てが真っ白になりました。
『私乳癌かもしれない、、、。皆で同じ老人ホーム入ろうねって言ったのに。』
『下の子は受験生で上の子は就活で大切な時なのにわたし、、、』
私はもうこれ以上読めませんでした。
ただただ泣き崩れました。
友達にも上手く言えず彼氏に夜中3じ頃まで家の外に出てずーと電話を聞いてもらってました。
『お前が泣いちゃかんよ。辛いのはお母さん。まだ乳癌かもはっきりわかんないじゃん』
でも、私のその電話している姿を見た母には泣いてる理由も言えませんでした。
姉に言いたい。1番私と同じ立場の姉に、、、
でも、母のラインの内容を思い出してここは言ってはいけないと感じました。

次の日母は病院に行くと言っていたので、バッグの中に母へ手紙を書きました。
ラインを読んだことを素直に。
そして、すぐに登校中にラインが届いて、ごめんね。でもママ頑張るから。まだわかんないから。と。

学校に行く途中も涙が止まらず、テストギリギリまで保健室にいました。

そして、毎日の様に母の仲の良い友達が来たり
いとこのお母さんが来たり、ただただ結果を待つ日々は長く苦しかったです。

そして、ようやく明るさを取り戻した頃に
正式に乳癌とわかりそしてまた重たい空気へと。

母は私にハグをしてきました。お互い泣いて
『ママ頑張るから。孫見るまで死ねないもん』
今でもそのシーンを思い出すと涙が出ます。

そんな中、たんたんとする父を見て、
私は、初めて父を軽蔑しました。
“この人には感情がないのかな?”
そんな気持ちでした。

でも違った。1番母を精神的にも体力的にも支えていたのは父でした。1番強かったのは父でした。