おばあちゃんが行ってしまってから、しばらくたって……
ゆっくりと、ベッドから出てみました。
大部屋の室内は寝静まっています。
それぞれのベッドはカーテンで仕切られていますが、どこも起き出す気配はなし。
そのうちのひとつ、桂馬飛びに斜め前のベッドが、カーテン開け放たれからっぽです。
どうやらここのおばあちゃんらしい。
全然しゃべったことがない方で、顔もうろおぼえでした。
自分のベッドに戻ってないとすると、どこに行ったのでしょうか。
まだ心拍数の高い心臓をなだめながら、大部屋からそろりと抜け出しました。
廊下をゆくと、いくつかの大部屋・個室があり、その先に不夜城のナースルームがあります。
煌々と照らされたナースルームに向かって、夏の虫のようにゆっくりと歩いていきました。
すると、なにやら途中の大部屋で声が聞こえる。
のぞいてみると、男性ばかりの大部屋に、おばあさんがしょんぼら立っていました。
いた。
いたよ、おばあちゃん。
できるだけ早足でナースルームにたどりつき、看護士さんを呼びました。
私の話をおちついてきいてくれた若い看護士さんは、あわてて大部屋におばあちゃんを迎えに行ってくれました。
あのおばあちゃんは、毎日、徘徊していたのでしょうか。
知らずのうちに、枕元まで、来られていたのでしょうか。
怖くて眠れない。
ベッドまで戻ると、携帯電話をひっつかんで、通話可能な場所に逃げ込みました。
深夜なのに、迷惑も考えず、センセイに電話。
「もーダメ、もーイヤ、おうちに帰る(>_<)」
小さいだだっこみたいにぐずる私。
怖すぎて、川や戦争が云々のくだりは話すこともできませんでした。
あまりの私の怖がりように、センセイは察してくれたようでした。
「もうちょっとだから、もうだいじょうぶだから、おちついて、ね」
もうちょっとって言っても、まだ二晩もあるよ。
センセイになだめられ、ようやっと落ち着いてきました。
明日もまた同じ目にあったら、即行退院する。
あかんて言われたら、部屋変えてもらう。
最後の一日だろうが、知ったこっちゃない。
怖いものは怖いんじゃあ!
あまりのショックに、リアルタイムで怖さをお届けせねばならないと、
思わず母にメールで報告してしまいました。
母からは翌日、こんな返事が。
「ほらやっぱり、言ったとおりでしょう~。
こんなことになるんじゃないかと思っていたわ」
うれしそうですね母よ。
娘は心底怖かったです。
父からは後日、
「まだらぼけのふりをして財布なんかが狙われる。気をつけろ」
と忠告が。
念のため、財布の中には小銭しか入れないようにしていました。
そのとき持っていた貴重品といえば、
ノートパソコンとポータブルMDと携帯電話。
携帯電話はすぐに暗証番号モードに切り替え、ノートパソコンなどは目立たないところに移動させました。
あと二日しかないけれど、それでもせずにいられなかった。
鍵のかからない棚やボックスしかない病室で、貴重品を守るには、自分が目を光らせるしかない。
疑心暗鬼にとりつかれ、ちっとも落ち着かない残り二日を過ごすはめになってしまいました。
もう二度と、高齢のおばあちゃんとの相部屋はごめんです。
個室は高いし、孤独だと聞いていましたが
短い期間の、しかも食っちゃ寝の入院ならば、断然個室が安全だと思います。
そして、大部屋であるならば、せめて病名の似た患者さんに囲まれているべきです。
わけのわからないトラブルに巻き込まれることはない。
入院など、しないにこしたことはないですが
もし今後入院することがあるならば、
絶対に、絶対に、絶対に、
徘徊おばあちゃんには出会わない環境で入院するぞー!!