「人工子宮」木森木林
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本文は科学的架空小説で、登場人物や設定は全て架空です。現在の科学的根拠があるところは青字にしています。このことを踏まえてお読みください。
小説「人工子宮」 #アルファポリス https://www.alphapolis.co.jp/novel/730518115/106235230には、色分けしていないものを掲載しています。
 

【第1章 第10話】マッチング出会い

 

嘉音も「マッチング相手に会う」に進んだ。マッチングの相手は平均的な身長170㎝で、教育センターで幼児教育を担当しているらしい。シンプルだがセンスの良い服装で、スッキリした目鼻立ちの写真が一枚添えられている。二人の共通キーワードは、「絵を描く」、「旅行好き」、「保存食」であった。


後日、二人は改めてマッチングセンターを訪れた。指示されたセンター内の喫茶室に行く。指定された席に嘉音が先に着いた。ほとんど同時に佐紀も席に着いた。周囲にも何組かのカップルが座って話をしている。緊張しながらも嘉音が口を開いた。「初めまして、カノンと申します。よろしくお願いします」。「こちらこそよろしくお願いします。サキと申します」。二人はマッチングの話に直ぐには入らなかった。



お互いに今の生活状況についてだけでなく、旅行先の思い出や好きなものについて話し合った。「食事は文化であり、単なる栄養摂取ではない」、「冷凍だけでなく、干物、塩漬け、発酵食品などは、保存するだけでなく食物を美味しくする」。嘉音は患者さんに対する説明口調にならないよう緊張して話していたが、いまでは佐紀の聞き上手に乗って滑らかに喋っている。佐紀は常に穏やかな表情で、嘉音の話に聞き入っていた。少し角張った顎の自転車通勤で日焼けした嘉音の顔を見ながら、「この人との間に子どもが生まれたら、どんな顔になるのかな?」、と勝手に想像していた。今日から一週間、センター内で二人は会うことができる。

 

センター外で会うことは両者の合意があってもご法度である。たとえ外で出くわすことがあったとしても言葉を交わすことは勿論、握手も許されない。これに違反した場合は直ちにマッチングは中止され、その後はマッチング対象者から除外される。センター内には、レストラン、映画館、音楽スタジオ、スポーツ競技場など多くの施設があり、夜間でも利用できる。嘉音の心の中には、「爽やかな風が吹き抜け陽だまりの暖かさを感じるような心地よさ」が広がっていた。佐紀は、嘉音の気配りや眼差しから優しさを感じ取っていた。明日も会うことを約束して二人は分かれた。


佐紀と嘉音は、次の日からも毎晩、センターで会った。二人とも、この1週間は仕事以外の予定は総てキャンセルしていた。色々な話をしたが、それぞれ相手のことを思ってか性的関係については話題にしなかった。一番の話題は、子どもについてだった。どんな子どもになってほしいか?自分たちができることは?1週間後にマッチング誓約書を提出するときには、二人の気持ちは「恋心が芽生えた」といったものではなく、「完全なる恋愛関係」に陥っていた。書類提出後にセンターから出るとき、二人は互いに手を固く握り締め合っていた。

 

マッチングセンターのことを多くのヒトは恋愛センターという。実際、多くのヒトがセンター内で恋に陥る。勿論、マッチングは、「子どもの幸福を考える」ことであり、「性的関係の相手を決める」ものではない。このマッチングの成立で、希望すれば凍結してある配偶子を用いての体外受精の顕微授精で妊娠、さらに人工子宮による出産が可能になる。