「人工子宮」木森木林
【第1章 第9話】マッチング希望確認書(佐紀)
35歳になっていた塩澤佐紀のところにもマッチングセンターから「マッチング希望確認書」が届いた。佐紀は、幼児専門教育を受け、教育センターで働いていた。母、父、弟もいるが、みんな別々に住んでいた。たまに会うときには話が積もる。趣味は、旅行と絵を描くことで、特に小鳥を観察するのが好きだった。佐紀には特定の相手はおらず子どもはいなかった。
緊張した面持ちで佐紀は書面を読んだ。「マッチングは新しく誕生する子どもの遺伝的な親になることであり、相手と一緒に生活をすることではありませんし、性的関係をもつことでもありません。マッチング相手と伴に生まれた子どもに対して愛情をもって接することが要求されます」といったことが書かれている。
送られてきたマッチングの書類には、①マッチングを希望しない、②マッチングを希望する、この2つの選択肢が書かれている。佐紀は②を選択した。センターから直ぐに「マッチング出会い要綱」が送られてきた。
マッチング相手は人工知能装置が行ない、結果のみでデータやプロセスが公開されることはない。マッチング相手のことは何も書かれていない。「親になる」、「マッチング相手と会う」、経験したことのない不安と興奮が入り混じった気持ちで、佐紀は寝付けないまま朝を迎えた。
佐紀は、マッチングセンターを訪れた。ロビーは広く静かな落ち着いた雰囲気だ。案内ロボが受付から個室に案内してくれた。ロボの質問に答える。
「マッチングは37歳まで、3回までです。了解されていますか?」
「子どもを育てられている場合はマッチング対象になりません。了解されていますか?」
「マッチング相手とは決定をみるまで当センター内でしか会うことができません。了解されていますか?」
「違反行為があった場合はマッチングができなくなります。了解されていますか?」
「マッチング決定まで進んだ場合は以後のマッチング利用はできません。了解されていますか?」
こういった幾つかの質問に全て「了解している」と答えた。ロボから「このままマッチングを進められますか?」、「いつでも中止することはできます。どうされますか?」と尋ねられた。佐紀はマッチングを進めることにした。
マッチング相手のデータが画面表示される。もちろん名前や連絡先は書かれていない。現在の仕事、資格、勤務形態、趣味などが書かれている。マッチングの相手は整形外科医らしい。共通の趣味は絵を描くことのようだ。ジーパンにジャケット姿の写真が一枚だけ添えられている。佐紀は「マッチング相手に会う」に進んだ。(つづく)