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着物語 -KIMONO STORY-

好きなもの。
旅。読書。銀座。着物。お家でゴロゴロ。
好きな言葉は “住めば都”。
モットーは “一日1スイーツ”。
着物まわりを中心に、
風の吹くまま 気の向くままに綴るブログです。

ご無沙汰しております。

今日は単なる独り言です。着物とは一切関係のないネタなので、ご興味のない方はスルーしてくださいね。

少し、自分の心の内を文章にしてみたいという思いに駆られました。


詳しくは書きませんが、田舎で暮らすわたしの母は病気を患っています。発症してかれこれ10年にもなります。

症状は一進一退・・・いや、客観的かつ冷静に眺めれば、徐々に悪化してきているように思います。


先日その母が、大学時代のクラス会があるとのことで上京してきました。

母を一人で歩かせることは、いろいろな意味で危険を伴います。田舎にいるときは、どこに行くにも父や姉が付き添います。


そんな母を一人で上京させることに関し、父は随分と悩んだようです。

最後には 「あれだけ楽しみにしているのだから行かせてあげよう」と心を決めたとのこと。父がそう決めたのなら、わたしはそれを尊重するまでです。

母の願いも叶えてあげたかったし、わずか数日とはいえ、母の看病から父を解放してあげたいと思いました。


ただ、上京が決まってから、わたしはずっと不安に駆られていました。

母が東京に滞在するのは三日。三日間、何事も起こりませんように。事故なく無事に過ごせますように。楽しい時間になりますように。

そう思い続けるだけで、首から肩はコンクリートのようにガチガチに固まりました。


心配ばかりもしていられないので、母が滞在中の計画を綿密に立てることにしました。

母が乗ってくる新幹線のホームに迎えに出るところから、どの順番で何をするか。何を食べ、何を見に行き、その間の移動手段をどうするか。


当初は歌舞伎に連れて行こうかと思いましたが、見慣れていない人にとって歌舞伎は長いんです。母は疲れやすいので、4時間余り座っているのは難しいと判断し、断念。

スカイツリーに連れて行こうかと思いましたが、風が強いという天気予報が出ていたため、事前予約はリスクを伴うと思い、断念。


食事の場所だけは決めたものの、あとは本人の希望を聞きながら、当日でも行ける場所に行こうと腹を括りました。


いざ、母の上京当日。

東京駅で母を迎え、まずは荷物を置きにわが家へ直行。それからごはんを食べに行きましたが、母の食事の長いこと長いこと。ランチだけで3時間近くかかってしまいました。


この時、なにも予約していなくて良かったと心底感じました。

もし予約していたら、後の予定が気になって「早く食べて」と急かしたでしょうし、間に合わなければ文句のひとつも言いたくなったことでしょう。何も予定を入れていなかったので、ゆったりとした気持ちで3時間のランチに付き合うことができました。


その後は我が家に戻って寛ぎタイム。

冷蔵庫にあったフルーツやらお菓子やらを二人で食べながら、のんびりとおしゃべりをしました。母はとめどなく喋り続け、わたしはただ黙って話を聞き続けました。


結局、母の東京滞在中、イベントらしいイベントといえば母が出席したクラス会だけで、それ以外はのんびりお茶を飲んだり部屋で昼寝をしたりしながら過ごしました。ショッピングも観劇もなかったけれど、母は穏やかに過ごし、満足した様子でした。


最終日の夕方、母を新幹線に乗せてホッとした…と言いたいところですが、実際はいろいろな思いが込み上げてきました。

母の面倒を見ている父や姉の苦労のこと。

東京滞在中に、もっとしてあげられることがあったのではないか、という小さな悔いのようなもの。

母を見送るときの淋しい気持ち。


なんとも割り切れない胸の内をどうしていいかわからず、その日は東京駅からわが家まで、ゆっくりと歩いて帰りました。

母は、新幹線のなかで何を思っていたのでしょう。



時々、母が病気じゃなかったらどんなにいいだろうと考えてしまうことがあります。

病気がなければ、もっといろいろな場所に出かけられる。父や姉はもっと自由に暮らせるでしょう。わたしも心配をしなくて済むのかもしれない。

なにより母が、本来の母らしく、朗らかに、快活に日々を過ごせたはずだと思うと、いてもたってもいられないような思いに駆られます。


だけど、考えても仕方のないことなのです。

母は病気であることは曲げようのない事実だし、これは受け入れるしかない現実。



街を歩いていると不思議な気持ちにとらわれることがあります。

みんな普通に歩いていて、笑っている人もいて、買い物を楽しんだり食事を楽しんだりしている。


当たり前の風景が、奇跡のように感じます。


ここにいる一人ひとりが、何かしらの苦労や悩みを抱えているに違いない。

それでもみんな、何もないような顔をして過ごしている。

歩いて、おしゃべりをして、笑っていて・・・それはなんと尊いことだろう。

目の前の景色に、心からの拍手を送りたいような気持になります。


最近のテレビCMで "NO RAIN, NO RAINBOW" というコピーが出てきました。

旅行代理店H.I.S のCMだったかな。

パッと画面に映しだされたときに、心が洗われるようでした。


NO RAIN, NO RAINBOW.

雨が降らなければ、虹は出ない。

あるいは、雨が降るからこそ、虹が見られる。


雨を経験する者にだけ、見える景色があると信じたい。

いや、誰もがきっと、様々な雨を経験するのです。

その先に見える景色がある。


NO RAIN, NO RAINBOW.

私にも、母にも、そしてみなさんにも、

素晴らしい雨上がりの景色が待っていてくれますように。