東京生まれの私は、親に連れられて週末に食事や買い物に行くのは銀座だったから、銀巴里に一人で行ってみて、地下で大人たちに交じって黒いタートルネックの丸山明宏さんのシャンソンを聞いた時は、嬉しかった。女性ではないが、男性でもなく、美しい顔立ちの青年が女性の唄を情感をこめて歌うのを、10代の終わりで聞いたって、今思えば、人生が何たるかもまだわかっていなかった小娘だったのだから。
ある晩、また銀巴里の階段を下りて行こうとしたら、下から昇ってきた人に「今晩はもう終わったわよ。」と教えられた。低い声で、顔を見て驚きこちらは動揺したが、近所のお兄さんに声かけられたみたいな丸山さんとのすれ違い方だった。
それから15.6年後に、ひょんなことから表参道にあるビクトリア朝のレースのドレス専門のブティックに英会話を教えに行くようになり、お得意さまだった美輪明宏さんとまたすれ違った。
メディアで沢山見たことがあったし、知性を感じる文章も好きなものがあったが、金髪の三輪さんにはどうも馴染めなかった。
長崎の被爆経験者の美輪さんが、本当はどういう人だったのか知る由もないが、最後に「ありがとう」と言われたというのが、私が10代の終わりに見た若い頃のイメージとリンクする。ひとまわり近く年下の私には、目力を感じる瞳でまわりの世界を見据えている毅然とした態度の人に思えた。自分の中の一部分を他人の中に投影するという見方で言えば、自分が惹かれるものをこの人はもっているというのは、自分の中にある要素を他人に見ると反応するのかな。結婚して子供を育て夫を見送って、70代の終わりになっても、まだ自分は不可解な存在である。自己発見は続くので、退屈しない。
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