現代社会で、自分には違和感があるのは、 情報の氾濫とタイパ・コスパがやたら求められることです。
私は、何故か知らないが思春期いやもっと前から、人間は肉体の中に閉じ込められているが、中身(本質)ははるかに自由なのではないかと思っていて、この世には森羅万象という興味深い世界が広がっていても、人生は短く、そのほんの一部を垣間見て死んでいくしかないのは残念だと思っていました。
「よく生きて、よく死ぬ」には、前半はよくわかるけれど、後半のよく死ぬとは、ウェルビーイングの観点からは、死がプログラミングされているからこそ、生が輝くと考えていました。
先日、YouTubeで、大いに納得したのは、人間も自然の一部だから、文明の進化と自然の間で、バランスをとることが重要との観点でした。
もともと「現代人は何を失ったのか」の話だったので、人間も自然の一部であるという自明の理を置き去りにしていくことへの
警鐘を、養老孟司先生が鳴らされた講演でした。
自然より効率や便利さを重視した結果、現代はアレルギーなど自己免疫疾患が増えている。今もっとも毒性が高いのは、人肉かもしれない、という冗談のような言い方で、食物連鎖は最後に食す存在にすべての毒素が吸収されていくからと続く説明に、聴衆の笑い声が消えきました。食材の処理、保存、流通などがもたらした添加物の多い食品など、経済が優先し、自分もそれを利用している中で、自分なりに振り返るお話でした。
医療も、身体は取り換えられないし、完全なリセットはないので、個体に最初からある遺伝的条件プラス人生で本人が体験して加わった、心身の条件で、その先を生きる。つまり個々に違うし、この世を去る時までに衰退していく必要があるので、問題は何かといえば、その機能が老化していく時のバランスが異なり、調和しないことだろうと言われました。
人間も自然の一部であることを忘れてしまい、知性で判断しようとする現代では、移植すると異物を排除する反応が出るので、その拒絶反応を抑える免疫抑制剤を使わなければならない。
歯の治療も、老衰で歯を失っていき、食べられなくなるまでの間もたせられる方法の判断となり、バランスの問題で、個別の判断が必要となる。
内なる自分の声(直観)、からだの声を聴くことに叡知があり、自分の個性・特性に合った生き様は。食だけでなく、あらゆる面で、本人にとっての必然性をもっていることを、医師で解剖学者の養老先生は明確にして下さったと思いました
バッチ博士がフラワーレメディを個別に選ぶようにと言ったことにも通じると思いました。
林サオダ
一般社団法人バッチホリスティック研究会
http://www.bachflower.gr.jp