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見えにくいですが、津波に教われた小学校です。
震災当時、先生の判断により3階以上に児童を避難させて、難を逃れたとのことです。

仙台駅からタクシーの運転手さんに、被害のあった場所を冷やかしでも何でもなくどうしても見ておきたいと説明し、運転手さんの判断で『ゆりあげ』って名前の所に行って来ました。
行く途中、野原に見えた所は田んぼで、津波により(塩害)により苗植えが出来ないとのこと。





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家の土台のみ残された場所や半壊の家などが見えました。
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ちょっと前までは流された漁船があちこちの田んぼに撤去されずにいたらしいです。

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高速道路を東北大学の先生の意見で橋桁ではなく盛り土で造ったおかげで、防波堤になり、反対側は被害もなく田植えもできてました。
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漁港だった場所で、その先に見えるのが、ガレキ材です。前は松の木の高さまであったとのこと。
湾内は波も穏やかで、穏やか過ぎて涙が出そうになった。冒頭の写真もだけど、言葉が出なかった。
震災当日からの事を思うと…。


311の事は忘れたことはないけど、俺はつい忘れがちになってきていたかもです。その意味で

プリンセス プリンセス再結成【震災復興支援】

は大変意義のあることだと思ってます。
だから12月までは全力で応援します!




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