絶体絶命⇒糸 色 体 糸 色 命(いとしきからだ いとしきいのち)・・・完全な当て字ですが、こう言う読み方もできるんですね。考えてしまいます。
ちょっといい言葉 『頑張るのは僕たちです。みなさんは元気でいてください
』 By:藤井隆さん
最近知りました。配慮のある言葉です。
震災から一ヶ月が経ちますね。あの日のことを忘れない様に残します。
3/11地震発生時は、だんだん大きくなる揺れに驚きながらも、逃げ道確のため事務所の扉を開けて押さえていました。押さえてる最中、反対側の扉を開けるよう声に出したつもりが『そっちの窓開けて』って怒鳴ったら、机の下に隠れていた奴らが一斉に窓ガラス開けちゃって・・・心の中で「いや、違うんだけど・・・(汗)」って思ったっけ。建物と一緒に窓ガラスが左右に揺れるのが妙に記憶に残ってる。
その後は余震の中、各建屋の被害状況確認で入ったら、4階建ての建物が2棟あるけど3・4階の研究機器は軒並み机から吹っ飛んでいたり、大きい機械も倒れていたけど、不幸中の幸いなのか怪我人は出なかった。その内の1棟は階段の壁がほとんど割れていた。
一時集合場所で誰かの携帯ワンセグから、千葉県の石油タンクが炎上してるのを観たので、てっきり関東直下の地震かと思っていたけど、宮城沖が発生源らしいとも聞いたのでちょっと頭の中で混乱してた。
会社のTVをちょっとだけ観た時は、どこかの駐車場かな?玩具のミニカーの様に津波で流される車の映像が衝撃的だったな。(この時点では1地区程度が津波の被害があったんだと思ってた)
17:30くらいには母親と連絡がつき無事を確認したので、電車も止まってる状態だしここは腹を決めて万が一に備えて会社に残ろうと決断した。
23:00くらいまで会社内を確認したりして、やっとプレハブ2階の休憩所へ。そこには布団もテレビもあるのでちょっと休憩。やっとまともな情報を知るためにTVを着けたら気仙沼の火災が目に飛び込んきた。夜が明けたら、もっと被害状況が解って凄いことになるんだろうなと思っていたけど・・・でもまだこの時点では、あれ程の広範囲の被害とは思ってなかった。
比較的早くにtettsunさんの無事を知ったので、取りあえず『香さんグルっぽ』のスレッドに「被災された方々・・・云々。乗り切りましょう」などと書き込んだけど、翌日昼過ぎにやっと家に帰ってきてTVをじっくり観たら、まだそれどころじゃないと、慌てて書き込みを消しました。
また震災当時のことを書く機会があるかもなので、今日はこの辺で。