「2012年」


今年はどんな年になるんだろう。


このことを考えると、去年の「2011年」を考える。



「2011年」


自分が感じるこの年は・・・。


「自然の脅威」を知る年になった。


「人の力の素晴らしさ」を知る年になった。


「日本の問題点」を見せつけられるような年になった。


それと本当はもう一つ、「あいつ」の事。

「自分に、なにができたか」ということ、「これから、どうできるか」ということを考える年になった。


「負」と感じるものも多く、「正」と感じるものもあった年。


「正」の素晴らしさを知り、「負」の出来事にとらわれた年。

そんな感じかな。



去年の年末、色々な人と「2011年」を振り返る話をした。


やはり、一番多かった話は「地震」と「津波」、それによって生活が激変したであろう「被災者」の話だった。


温度差はあれど、恐らく全国民が苦しんだ出来事だったように感じる。


その話の後、みんなが言う言葉。


「来年はいい年になるといいね。」


この言葉。


自分は思う。

みんなが、「いい年になるといい」と思えば、そうなるんじゃないかな。


もちろん、「行動」が必要になると思うけど、


みんなが「願い」、みんなが「行動」すれば「2012年」は今までに感じたことがないような、いい年になる。



そして、「あいつ」へ



 (ここの部分は、自分の心に留めておきます。)


こんな事を感じてますm(_ _ )m

東日本大震災。

この災害で、自分達は何を「問う」べきなのかな。

最近では、
地震の規模だとか、
津波の規模だとか、
原発の監視体制だとか•••。

この先、同じような災害が起きても対処できるように考えてるみたいだな•••。

この「問い」は間違いじゃないとも思うけど、本当にこれだけでいいのかな•••。


この「天災」で自分が疑問に思う事は「経済発展」という事に行きついた。

この「日本」は、戦後「経済発展」で確固たる地位を築いてきた。

「経済発展」によりこの国の「発言」、「行動」、「個性」・・・
様々な所に注目を浴び、色んな所で影響を与えてきた。

そして、「経済発展」によりこの国は生活することにおいて便利になった。

この「東日本大震災」でも、大きな役割を果たしたんじゃないかと思う。


例えば、

「救援作業、救出作業」において、ヘリコプター、救急車、消防車、パトカーなど、
あらゆる場面で、あらゆる利便性を発揮できる車両なり、機器なりを保有する事ができた。


「携帯電話」において、不通になる事もあったけど、安否確認や、掲示板の書き込みなどで、
遠くにいる人への連絡手段として大いに役に立った。


「メディア」において、緊急地震速報や、津波警報、などで救われた人もいたと思う。
その他震災の後、現地の情報など、映像などで対内的に対外的に発信した事で、
この災害に対して多くの支援が集まるキッカケを作った。


逆に、「経済発展」により様々な疑問も生まれた気がする。

例えば、

「原子力発電」において、今この国の「経済」を支える為に、必要不可欠。
だけど今回のように、大きな問題が起きると「制御」出来なくなってしまう。

「天災」は地震や津波だけじゃなく、地割れ、地盤沈下、火山の噴火、台風•••、様々ある。
「人災」という最悪の出来事も起こりうる。施設の老朽化、システムや行程の誤り、ミサイル攻撃なんて事も可能性としてある。
実際、あの「チェルノブイリ原発事故」は作業員のコミュニケーション不足だったという話もある。

理由はどうであれ、「人」が「制御」出来ない「力」を操るということ•••。


「盗難、義援金詐欺」において、「資本主義」という道を選んだこの国は大きく「経済発展」することができた。「資本主義」自体は悪いわけじゃないと思う。
「頑張った人が頑張った分だけ貰うという事」それ自体はいいと思うけど、最近は本当にそうなのかな?
「頑張っても報われない」こういう事も多い気がする。

この「災害」の中で、盗難や窃盗なんていう事も少なからず起きている。
「生きる為」ならば、しかたないのかもしれないけれど、そうでない場合もあるみたいだ。

「義捐金詐欺」において、言う事ないよね。バカなんだろうね。
「人」の「善意」を食い物する輩、自分や家族や大事な人が同じ事されたら、どう思うんだろうね。

こういう事は「経済発展」により「金銭の価値」が必要以上に高くなりすぎた結果じゃないのかな・・・。


この「震災・津波」による死者・行方不明者は今現在約2万8000人にのぼる。
この日本での「自殺者」は年間3万人を超えている。

「自殺者」の全てが「経済発展」によるものではないとは思うけれど、大きく関わってきているような気がする。



そもそもなぜ「経済発展」という道を辿ってきたのかな・・・。

自分が思うには「経済発展」の先に「国民の幸福」があったからじゃないのかな・・・。

一度は世界2位という経済大国になり、先進国の中でも上位に位置しているこの「国」は、
「国民が幸福」なのかな・・・。


自分が東日本大震災で、いい意味で感動できたこと。

「国内外からの支援」
「自衛隊などによる救出作業」
「福島第一原発の命を懸ける作業員」
「被災者の前向きな姿」

こういう事にすごく「心」を打たれた。

「人が人を助ける姿」
「人が人を支える姿」
「人が人を守ろうとする姿」

これらの「心」が本当の意味での「国民の幸福」に繋がるんじゃないのかな。
「国民が幸福」なら、「自殺者」や「犯罪」なんていうのも減っていくんじゃないのかな。

なんとなくだけど、「経済発展」するにつれ、「心」が薄れていってるような気がする。


今、一番大事なのは大人や子供に関係なく、「経済発展」と同じくらい、それ以上の、「心の成長」なんじゃないか思う。

「経済発展」と「心」の両立ができた時、「いい国」になるような気がする。

最近よくテレビで流れてたCMで
「心は見えないけど、心遣いは見える」
「思いはみえないけど、思いやりはみえる」
ってCMがあるけど「見える」からするんじゃなくて、

「国中から溢れる」ような国になったら・・・。

こんな事を感じてますm(__)m

東北地方太平洋沖地震・・・。


戦後最悪の自然災害。


多くの人が亡くなり、多くの建物が流された。


テレビでしか見ることができないけど、

そこに映しだされたのは、信じられない映像。


毎日のように、助けを訴える人がいた。

水、食べ物、ガソリン、薬・・・。


毎日のように、探し続ける人がいた。

子供を探す人、

親を探す子供、

姉妹を探す姉。


テレビでしか分からない「世界」、

でも「この国」で現実に起こっている「出来事」。


映しだされた「世界」から感じたのは、

自然災害の恐怖。

自然災害の無慈悲。

そんなものばかりで、

自分はその映像に「絶望」を見てた・・・。



そんなテレビのなかで、おじいさんが助けだされる映像があった。


そのおじいさんは旅館から3日目に自衛隊に救助されていた。


「大丈夫ですか?」という質問に、

笑顔で「大丈夫です。と答えていた。


そして、瓦礫と化した街を一瞬見渡して言った「言葉」。


「また、再建しましょ。」


正直、ビックリした。


そのおじいさんはどんな「人生」を送ってきたんだろう。

そのおじいさんにはその「絶望」はどう映ったんだろう。

仮に自分であればその「言葉」は出てこなかっただろう。


たった一言の「言葉」に凄く勇気をもらった気がする。



勝手にだけど、

その「絶望」から「未来」という「希望」を見てたんじゃないかな。


自分はそんな「人」になりたいと思う。



東北地方太平洋沖地震。

「国家」の大災害。


「国」の「家」と書いて「国家」。

「自分」の「家」の大惨事。


できる事しよう。


「再建」のために。


そこに「希望」があるような気がする。


こんな事を感じてますm(__)m