ぼくは京都の地方紙を愛読しています。
そのまま、京都新聞。

他府県にお住まいの方なら、まったく馴染みがないのでしょうが、
同じ京都に住む友人たちと、この種の話題になると、

「京都新聞・・・おまえ、左か?」

そういう反応が返ってきます。

京都新聞は、愛読者のぼくがジャッジをしても、
左向け左。記事内容については、左翼色が色濃いと思います。

でも、ぼくは、政治的な事柄だけに興味を持って生きているわけでは
ありませんし、何より「郷土愛」があります。

どうせなら、自分が生まれ育った街の名前を冠した新聞に、
購読料を支払いたいと思っています。

最近、これはテレビの報道番組を観ていてもそうなのですが、
新聞を読んでいて、とみに思うことがあります。

「(アンタの意見とか・・・どうでもいいわ)」

報道する側は、事実だけを教えてくれたら、お知らせしてくれたら、
充分なんです。

京都新聞、左向け左ですから、当然、安保法案も反対です。

ご存知の方もいるでしょうし、あまり好意的に書けそうもないので、
具体名は差し控えますが、

先週は、我が母校で教鞭をとってらっしゃる
紫色に髪を染めた女性経済学者の鼻息が聞こえてきそうな、
安保法案に関する荒々しい反対意見が掲載されていました。

しがない一市民のぼくが読んでいても、ツッコミどころが満載
(たぶん、ゆるぎない結論が先にあって、それにとって都合の良い
 理由を後から探してくっつける豪快な作業でよって作られた
 文章だから、とんちんかんに感じたと思います)で、

「ウチの大学がアホなんが、バレるやんか」

苦情ではなし、卒業生として恥ずかしいから、
彼女のインタビュー記事を載せるのは許して下さいと、
お願いの電話をしそうになりました。

しかも、卒業生のぼくを赤面させる
紫色の言論ミサイルを盛大に発射しておいて、
はい、おしまい・・・なんて、つれないわ。

バランスですよ、何事もバランスって大切でしょ。

ミサイル発射が中止できないなら、
「安保賛成派」、しかも、紫さんに対抗できるごりっごりに個性の強い
どこぞの著名人を引っ張ってきて、そちらも載せて、
なんとか読者の皆さんの注目を、少しでも我が母校からそらしてよ。

ほんと恥ずかしいし、賛成反対は、こちらできちんと頭を使って
考えるから、恣意的な紙面づくりは、やめてほしいものです。

仮にぼくが、安保法案反対に傾いていたとしても、
ああいう作為、意図を感じさせる報道の仕方に気付いてしまうと、
ヘソを曲げてしまいます。

巧妙というより、端的に、こすい。

今回は常と違う、こんなことを書いていますが、
皆さんが、安保法案賛成反対のどちらであっても、ぼくはいいです。

でもね、個人的な意見を言わせてもらえば、

ぼくは何に限らず、
平時にでかい声で自説をぶつひとを信用しないことに決めています。

だって、有事でもないのに声がでかくなるということは、
「相手にオレの声が届いてない」的な発想しかできなくて、

「届いていないのではなくて、オレの言っていることが
 間違っているのでは。だから、聞いてもらえないのではないか」

そういう、一度立ち止まって、
自分を顧みることができない独善的なひと。
ぼくは、そちらをまず疑うことにしています。

主義主張以前の問題です。

それにデモにしても、賛成も反対もやってらっしゃるみたいですけど、
賛成派のデモは500人です、以上。

反対派のデモは、警察発表3万人ちょっと、
主催者発表12万人、いやいや35万人とか・・・。

なんでもそうですけど、数字をいじり始めたら終わりです。
旧日本軍の大本営発表しかり、上場企業の粉飾決算しかり。

デモは目的ではなく、あくまでも安保法案を廃案に追い込むための
手段ですよね。

なら、デモを通して伝えた熱を、次は政治に、選挙に、
どうやって、広く一般市民に波及させていくのか。

こっちの方が大事でしょ。

あと、デモに参加してる大学生、

「もし本当に中国や韓国が攻めてくるというのなら、
 僕が九州の玄関口で、とことん話して、酒を飲んで、遊んで、
 食い止めます。それが本当の抑止力でしょう?」

・・・ワンピース以外の本も、ちゃんと読もうぜ。

それと、一国の総理と言う肩書がなくても、
年長者への敬称はきちんとした方が、
聞いているぼく達も心地よいですよ。


と言うように、現状、ぼくは賛成派なのですが、
でもね、やっぱり、一番よくない、ダメなのは、
世の中が一色に染まってしまうことだと思っています。

ですから、ぼくはこれからも、
京都新聞を買い支えていくつもりです。