最近、ぼくの周りで色恋について、
カリカリしている人がいた。

ぼくは、「葉隠(はがくれ)」という
一冊の本を渡して読むように薦めた。

後日、その人から、

「『切腹』しろってこと?」

なるオモシロメールが着た。

「葉隠」は、

「武士道というは死ぬことと見つけたり」

という一節で有名な
江戸時代中期に書かれた武士の心得書だ。

上記の一節に清冽なインパクトがあるため、
ここのみに着目して、一時期、
死を美化したり自決を推奨する書物と
解釈されていたようだが、

上司からの酒の誘いを上手く断ったり、
部下の失敗をフォローする方法や、
第一印象を良くする方法などなど、
日常生活全般についての心構えが書かれた
今で言うならビジネスマナーについての指南書。

このイメージの方が近しいのかな。
もちろん、巷のちんたらマニュアル本より
はるかに哲学的だとは思うが。

「葉隠」には、
色恋についての記述もあり、
ぼくはこの部分を読んでほしかった。

「恋の至極は忍恋(しのぶこい)と見立て候(そうろう)。
 逢いてからは恋のたけ低し、
 一生忍んで思い死することこそ恋の本位なれ」

適当な意訳をカマすと、

「究極の恋とは忍ぶ恋、片思いである。
 気持ちを打ち明けてしまった、相手に気付かせたあとの
 恋なんて、そんなたいしたもんじゃない。

 一生胸に秘めたまま、その相手を思い続けて死ぬような
 片思いこそ、本物の恋のあるべき姿なんだぜ」

初めてこの個所を読んだとき、
「このひと、ドMや・・・」と思った。

ひとを好きになったら、その気持ちを相手に伝えたい。
わかってほしい。そして、叶うなら、そのひとも
自分と同じ気持ちであってほしい。

ごく普通の感情だと思う。

でも、恋心、ひとを好きなることって、
それ自体は実に自分勝手で、一方的な感情だと思う。

そのことを忘れて、色恋の双方向性、
「相手にも応えてほしい」というインタラクティヴな
部分ばかりにベクトルが向くのはいかがなものかと。

相手に芽吹いた想いについて
負担を感じさせてはいけない。

互いの想いが運良く通じ合ったとしても、
そんな片思いのときの心の在り様(ありよう)、
を心のどこかに置いておくことって、大切だと思う。

恋心自体が自分勝手な感情である以上、
ひたすら捧げ続けたとしても、
見返りがないことに腹を立てるのって、
感情としては理解できるけど、
やっぱり、おかしいですよね。

※葉隠が取り上げている恋とは、
 どうも、衆道(男同士の恋、同性愛)のこと
 みたいです。でも、異性間恋愛と区別する
 必要は取りたててないでしょ。
 
 ぼくは、葉隠に書かれているエッセンスは、
 「何事も準備こそが、一番肝要」
 だと思ってます。

 面白い本なので、良かったら
 読んでみてください。

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