8月2日…。


何ら思い出すことなくその日をやり過ごすようになった今の自分。もちろん、違和感などない。忘れるとはそういうことだ。


初めて彼女を見たとき、許されるなら誰かに咎められるまでは、偏執的に眺めていたいと思った。


初めて言葉を交わしたとき、『かけがえのない』、そんな想いで自然と身体が温かくなった。


でも、僕は彼女に恋をしなかった。


「一目惚れすら許されなかった」


残念ながら、こちらの言い回しの方がしっくりくる…。


心奪われなかったのは、若者らしくない『清々しいほどの諦めの良さ』、ゆえなのだから。


参加することに意義があるのは、昨日開幕した国際的スポーツ・イベントであり、色恋は参加すること自体にさして意味はない。もちろん、結果として得るものはあるのだろうが、初手から勝ちを拾う自分をイメージできない色恋に飛び込む『恋のカナヅチ』になる気にはどうしてもなれなかった。溺れようと思って恋をする人がいないのと僕の中では同じ文脈だ。


『ケツをまくる』をさらりとチョイスしたあとは、内心にさざめく波も小石程度の波紋すらも起こらなかった。


しかしながら、家路に着く足取りは何故か幸せのリズムを刻むわけである。男という生き物はげに単純な造作物だと自分を顧みていつも思う。


その晩、僕は右腕を枕にベッドに横臥しながら、今日一日の出来事を思い返していた。


「(彼女の雫(しずく)で指先を潤(うるお)す。それを許される男って、どんな男なんやろう・・・羨ましすぎる)」


一抹の勝手な妄想に一通りひとりよがりによがって存分に身悶えてから、僕は潔く眠りに落ちた。


恋の矢が届かない射程距離の外で無責任にいい女に思いを馳せるのは、とても心地よいことだと思う。


つづく・・・かな。


本日、隊長たちに快気祝いをしてもらっていました。最中、携帯をイジって記事の後半を削除する失態を犯してしまいました。どうも、すいませんでした。


いつも本当にありがとう

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