勢いよく窓を開け放つと、微かな雨音が部屋に入り込んできた。


僕は窓際に胡坐(あぐら)をかいて座り、膝元にある片口(酒を入れる器)に手を伸ばす。そのまま手酌で黒塗りの木杯に注いだ酒を一口で煽った。


雨幕でぼんやりとした夜の景色を眺めながら片口を三度傾けたところで、浴衣姿の彼女が僕の右肩に手を添えて傍らにそっと座る。


冬服の整理をしているときに目に入ったから着てみたくなった。直截的な気質の彼女らしい理由だ。


「雨の音しかしないね」


「静かでいいな」


雨音に耳を傾け二人寄り添う静かな夜。


いつもなら、ころころと無邪気に笑いながらひたすらに続くオチの一切ない無限地獄のトークも今夜は鳴りを潜めている。浴衣といえども和装。和装は着る者にたおやかな身のこなしを、心に凛としたものを芽吹かせるのかも知れない。


せっかくの大人しやかな彼女を刺激しないよう、僕は無言で杯を進めた。


どのくらい経っただろうか。


手に持つ片口の重さから伝わる最後の一献を干そうと口元に杯を手繰ろうとした僕の肩に、彼女が頭を寄せてきた。やわらかな髪の毛が心地良い。そう思って顔を覗き込むと、彼女は目を閉じて小さな寝息をたてていた。


僕は干した杯をそのまま口に咥え、彼女を起こさないよう両の手でゆっくりと彼女の頭を膝の上へと誘った。しばし、彼女の無防備な寝顔を眺め、寝息の響きに耳を傾けて始まる幸せなひと時。心にあたたかいものが拡がっていくのがわかった。


女の人は僕たち男に比べ、隠さなくてはいけないもの、見せてはいけないものが多くて大変だと思う。それだけに、そういうものをひとつ、またひとつと許してくれる瞬間、男はまた女の人が好きになるのではないだろうか。


そして、口に咥えたときに僕の犬歯のあとがくっきりと残った黒塗りの木杯を見るたびに、僕はあの夜のことを今でも鮮明に思い出す。


思い出なんてものは記憶や胸の中以外の、ほんの些細なものにも宿っていたりする。


・・・なんて締めましたが、残念ながら、僕には木杯で日本酒を飲む習慣などまったくございません。


本当は下ネタなんか大嫌い

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