「彼女に浮気がバレました。どうしたらいいでしょうか?」



今でこそ、縁側で日向ぼっこをしながら濃茶をずるずると啜(すす)る、そんな『若年寄』然とした風情を身に帯び男としての冬枯れを迎えつつある残念無念な僕ではありますが、かつては古都の『色香恋次郎』と呼ばれた生粋の色事師。


件のような可及的速やかな返答を要する危難に見舞われた迷い子が恋次郎の頓知(とんち)に縋(すが)ろうとするチョイスは、わからなくもない。


が、しかし、僕自身、女性問題で愛する女性の心をかき乱したことのない極めきった優等生であり、パートナーの裏切りに紅蓮の炎を燃やす女心の消火活動の経験などないわけである。


これは、性行為の極意をチェリーボーイに乞うに等しいミス・チョイス。


加えて現在、独り身、この世の真冬を謳歌し、


『幸せなカップルは全員、この世から絶滅しろ』


と、10回祈りを捧げることを就寝前の歯磨きよりも大切にしている僕にとって、友人とは言え、『恋の滅びの予感』は何よりの馳走なのである。


悪魔に、『助けて下さい!』


進退窮まった人間の洞察力の脆弱なこと、この上なしである。


『浮気』


かりそめの快楽に身を委ねた結果、大切なものを失う。『後悔、先に立たず』、『言い訳、役に立たず』、なのに股間は・・・男の悲しい性(さが)。


しかしながら、等しく『気持ちの良いこと』をしたのに一方では凄惨な拷問の末、屋外に叩き出される者もいれば、さして追求を受けることもなくぬくぬくと常と変わらぬ生活を送るラッキー・ボーイも存在する。この事実を僕たち男は軽んじてはいけない。


この帰結の違いは有象無象のきら星の如く存在するのだが今回は一点、『恋愛の初動』について。


恋愛の初手で乱発される魔法の言葉、『絶対』。


芽吹いた恋をいつまでも幸せな状態で永続させたい、二人で描いた未来予想図を、既に体感した過去の出来事を思い出すように的確に予見した未来を刻みたいという切なる願いを『絶対』という言葉に込める気持ちはよくわかる。


しかし、この世は不確定要素で成り立っている。確かなものなど何一つない。


ビジネス上、


「絶対なんて言葉は絶対に使ってはいけない」


なんて上司ギャクのような薫陶を受けた人も少なくないと思うが、ビジネスに限らず説明責任を伴う事案に『絶対』なる言葉を使用するのはやはり上手くない。浮気について問われた場合も、『絶対』なる言葉が醸す安心感に酔わず、「浮気は絶対にしません」より、「浮気をしないよう鋭意努力を怠りません」と答えた方が、誠実なのではないだろうか。


他にも、昨今の露出の激しい婦女子のファッション、アルコールの悪魔的魔力、飲まずにやり過ごすことの許されない社会システム等々、責任転嫁できる、否、誠実な僕たち男の行く先を遮る数々の『甘い罠』の存在を愛する女性にキッチリカッチリ認識してもらうための日々の『啓蒙活動』、これも侮れないだろう。


これは決して、『事前に逃げ道を確保しておく』なんて後ろ向きのニュアンスではない。


『絶対に浮気はしない』と誓った男がした浮気と、『頑張ります』とげにカワユイ宣言をした男が不可抗力によって現代社会のトラップに本意ならずも犠牲になった場合の自分の心の揺らぎを婦女子の皆さんには想像して欲しい。


前者なら、


「信じていたのに・・・」


この後には、信じていたものに裏切られた耐え難い心の痛みに苛まれるイメージを、


後者なら、


「てめぇ、ついにヤリやがったな」


この後、痛むのは皆さんの無垢なハートではなく、怒り狂った皆さんのメガトンパンチを五月雨(さみだれ)式に喰らった男たちのバディであり、心の揺らぎは幾らかは発散できそう、そんな気がするでしょう。


どちらのスタンスが女性に優しいのかは言わずもがなですよね。


最後に男性読者の皆さん、もし、このロジックに篭絡されるような女性とお付き合いされているのなら、『オレは果報者だ』なんて呑気をカマさず、その女性に『国語・計算ドリル』の類でも送ってあげて欲しい。他人ながら、その女性の行く末が心配でなりません。


それに大方の聡明な女性たちはこの話を話し終えて見るに、魔除けの『鬼瓦』のような形相をされているのが通常だと思います。


男のライフライン、生命を守る最後の生命線は間違いなく『愛嬌』です。


くだらない理屈をあれこれと吟じるくらいなら、『笑って誤魔化す』、会心の笑顔を鍛錬した方が建設的だと僕は思わずにはいられません。


浮気など、しないに越したことはありません。


しかし、


『かくすれば 

     かくなるものと知りながら 

            やむにやまれぬ大和魂』


by吉田松陰


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