五月も最終日となりました。


という事で、締めは『たまスポーツ』のパクリで。


甘い誘惑、甘美なる悪に抗えないのは僕だけではないと思う。



『5/27エントリーより盗用』


本日は数あるスポーツの中でもベスト5に入るほどのめり込んできた『柔道』について述べます。

いつからこんなに柔道が好きになったのか今となっては知る余地もないのですが、気がつけば図書館にて「図解スポーツ教室『柔道』(監修:猪熊功)」を貪り読み、猪熊九段の一本背負いに釘付けになり、どこからか廃材を十字架のように組み合わせ、打ち込み稽古よろしく担いでいたのが懐かしく思い出されます。

そんな少し不思議な少年は数々の技をマスターし(あくまでも廃材相手ですが…)、ますます十字架柔道にのめり込んでいった訳です。

おかげで今でも、「技の名前は実況アナより正確に、ジャッジは審判より早く」の姿勢で前のめりでテレビ観戦してます。

そう、あくまでも観るだけなんですよ。


高校に入って体育の必須授業で柔道と出会いましたが現実は腕力勝負となり、十字架柔道など通用するはずもなく、にわか重病人として畳屋さんばりに畳の目を数える虚しい日々を過ごしました。

昨今、柔道はJUDOとして国際的にレスリングのような競技に成り下がってますが、ゆゆしき事態です。

理想論で勝てないほど現実の柔道では分が悪いのは重々承知しているつもりです。

でも、北京で日本の綺麗な「投げる」柔道が欧米の「倒す」JUDOをこてんぱんにやっつけて、テレビの前で大きな声そして多少上擦った声で、『いっぽーん』(右腕を高々とあげてからですよ)と叫びたいものです。

※「ヤワラちゃんっていつまで言われとるんや」、山下最強論については、また後日で。


『5/29エントリーより盗用』


本日は、体操について述べます。


体操といっても華やかな新体操ではなくランニング(今はタンクトップと言いますかね。)を着た筋骨隆々の選手(今回は男子体操のみ触れます)がくるくる回ったり、ぐるんぐるん回ったりするやつです。

体操にのめり込んだきっかけは、やはりというか、いつもの図書館にて「図解スポーツ教室『体操』(監修:加藤沢男先生→五輪金メダル8個獲得)」を手に取ったことです。
(このパターン多いですよ)

体操も柔道のように多くの技があるが、難解な宙返りなどできる訳がなく、ただ人間に見立てた身の回りの物(主に消しゴム)を連続写真の通りに忠実に再現して「月面宙返り(後方2回宙返り1回ひねり降り)だ~」とか、「新月面宙返り(後方2回宙返り2回ひねり降り)だ~」と独りで納得するという行為を飽きずにそこそこの年齢までやっていました。

今になってみると、この行為は自分なりの写経のようなものではなかったのかと思ったりもします。


この努力が今日(こんにち)の「実況より正確に技を見極める。審判より早く得点をはじき出せる」という観戦の域を超えたスタイルの確立に繋がっているのでしょう!

2004アテネ大会の団体金メダルは実に28年ぶりの復活劇で、平日に関わらず一睡もせず(一睡してられますか?)テレビに見入り、NHKの刈屋アナの「伸身の新月面が描く放物線は栄光への架け橋だー」という歴史的名実況とともに早朝とは思えない気合いの入ったガッツポーズと大声で隣の部屋で寝ていた祖母(当時84歳:今も健在)を起こしてしまったのを今でもよく覚えています。

あれから4年。北京でもまた感動したいと思っていますが、現在、体操競技は基本点(構成している演技の難度)に、実施点(完成度)を加点していく方式になっており、お馴染みの10点(以前は完璧な演技を10点満点としていた)を超える得点が可能となっています。

13.8点とか馴染みのない点数が出たりしているのです。

コマネチや、クラシアン森末の完璧な演技をリアルタイムで見ている者からすると、10点満点制の廃止は、とても寂しい気分になるのと同時に「完璧な演技は10点満点。ミスをしたらその分は減点しますよ」という方式は律儀で几帳面な日本人に合うルールだったんだなぁと今頃思ったりします。

※「男子体操選手は五分刈りか七三分けだ」とか具志堅幸司論は後日。


来月より気持ちを入れ替える所存

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