GWのこと。
帰京した後輩から、
「会って欲しい人がいるんです」
と連絡があった。
「オマエはオレの娘か、気持ち悪い」
と揶揄しながらも待ち合わせの店に行き、久しぶりに後輩と、そして、『会って欲しい人』、後輩の彼女と初見を果たした。
ご存知の方もいると思うが、基本的に僕は他人の不幸が大好物ではあるのだが、まあ、知り人の幸せもそこそこ嫌いではない。
10代の頃、紹介された友人の彼女に、
「色々聞いてるよ♪」
とキュートなティーンエイジ・スマイルをくれながら、彼奴(きゃつ)の『前の彼女』とのラブロマンスをつらつらと問わず語り、
「それ、私じゃない」
と生娘を大泣きさせるという、『22世紀に残したい』御伽噺(おとぎばなし)のような牧歌的エピソードを保持する僕も齢(よわい)、34歳。
慈愛に満ちた所作で能動的に場の緊張感を緩和し、
「違う一面を知って、また少しアナタが好きなった」
なんて結末を目指し、思い出話の中に『思い遣り』を織り交ぜる心優しい『恋の添乗員』となる、その程度の役割は演じてやろうと場に臨んだのであるが・・・後輩の彼女を見た刹那、僕の具備する大人としての『社会性』は、忘却の彼方へと召されてしまった。
シンメトリーな顔のパーツに、頬から顎にかけての涼やかな輪郭。彼女はとても美しい人だった。誰よりも綺麗、しかし、そんな自分に気が付いていないような佇まい。一瞥のみで好感が次の好感を呼び込むスパイラル。
こういう女性を『彼女』として後輩に紹介された先輩はどのように対処すれば良いのか。
自然な感情の発露に従うべし、である。
『イイ女が他人のモノになる』
男の人生でこれ以上の悲劇はない。己が内より湧き出る嫉妬の火柱を両の腕(かいな)で抱きしめて、見苦しいくらいに身悶えればいい。ここに至って、先輩、後輩なんて陳腐な虚飾にこだわり、善人、大人ぶる必要など皆無。身体を悪くします。
テーブルを挟んで二人の前に着座した鬼瓦(僕)は、遠慮なしに彼女の顔を凝視した。そんな無駄なアラ探しを2秒で諦めた僕の次の切なる願い。それはこのビジュアル的にアートな彼女の内面、つまりは、彼女の知能が北京やジャワの原人に匹敵するくらい『どえらいバカ』であることだった。
しかし、僕の問い掛けに対する卒のない回答、彼の先輩に対する大人としての距離間をけっして越えない場を和ませる立ち振る舞いを垣間見るに、この野心的なチャレンジも、ものの10分で頓挫してしまった。
万策尽きた僕には、『酒が不味い』と繰り返し駄々をこねる、この道しか残されていなかった。
こうして至極不愉快な2時間をやり過ごした僕は、二人を作り笑いで見送った後、ひとり寂しく帰路についたわけであった。
まあ、しかし、私見ですが、知己に彼女、伴侶を紹介されて、『二人の幸せを心より願う』なんて予定調和は、あまり好きではありません。
どうせなら、こちらが臍を噛んで取り乱すくらいの『イイ女』を連れて来て欲しい。そんな女性に見初められる男だと、僕もまた彼を見直せるわけだから。
だからと言って、『いい女が他人のモノになる』のを目を細めて見過ごすわけにはいかない。人間は、『1つの事象に1つの感情』なんて単純な生き物ではない。
この後、どこぞの私鉄の高架下にある屋台で熱燗を呷りながら前後不覚になるほど酩酊する、そんな男の哀愁が似合う心模様であったが、そんなオシャレ・スポットも知らないので、帰り掛けにリカーショップで酒を買い込み、家路に着いた。
ここで選ぶ酒は『いいちこ』。間違っても、舶来物や銘酒の類を買ってはいけない。その時々に見合ったアルコールを選択するセンスを大切にして欲しい。
抜群のチョイスをした僕に、『下町のナポレオン』はどこまでも優しいほろ酔いとひとつの示唆を与えてくれた。
今度、会ったら、彼女に双子の姉妹がいないか聞いてみよう・・・。
押してくれると嬉しい
↓