先月のこと。
友人の結婚式、二次会の帰り。
後輩から、「飲みに行きませんか?」と誘われた。
さして断る理由も見当たらなかった僕は、ありがたく受けることにした。
・・・と、まあ、外形上は共通の知人の慶事で邂逅した男女が、久しぶりの再会を祝して飲みに行く。世の中にありふれる何処にでもあるお話。
しかし、リタイヤしたロートルとは言え、僕はかつて、木屋町の『恋愛FBI』として無類の検挙率を誇る色事師であった男。誘いの言葉を投げかけた彼女の所作、潤んだ瞳を見た瞬間に、仏陀ばりにすべてを悟ったわけである。
つまりはこうだ。
彼女は学生の頃から、僕に淡い恋心を抱いていた。しかし、当時の彼女は、田舎から上京してきたばかりの冴えない娘。素敵過ぎる先輩、アーバンのフレグランス芳しい僕と釣り合いが取れるわけがない。諦めないと。そう思えば思うほど、降り積もる雪のようにつのる僕への想い。
「誰か、私の心に除雪作業を!」
一人暮らしの部屋に響き渡るうら若き乙女のソウルフルな咆哮。
そして、彼女が半狂乱のような一年を過ごす間に、愛しい僕は卒業していった。思いを告げられないままに・・・。
僕がいなくなったキャンパス。
『新しい始まり』の予感に胸を膨らませた人たちの活気で溢れる4月のキャンパスに、相反する空虚な思いを抱いて通わなければならなかった当時の彼女を想像すると、僕は胸に鈍痛を覚えた。
僕が卒業した後、彼女がどのようなキャンパスライフを過ごしたのか。それを知る術はなかった。少なくとも、二人で飲み屋に行く道すがらまでは。
しかし今、僕の傍らにいる彼女の嬉々と輝いている横顔は、僕への忘れえぬ想いを雄弁に語っていた。
「(鈍感だった僕を許して欲しい)」
そんな狂おしいくらい的確に『女心』を読み終えた僕の体に異変が生じる。顔面の筋肉群がだらしなく弛緩し始めたのである。男と言うのは、かくも可愛らしい生き物なのである。
『据え膳食わぬは男の恥』
僕たちは木屋町通りを北に向かい、大正創業の老舗バーに入った。そして、カウンターのスツールに並んで腰を下ろし、各々の嗜好に見合ったパッション・ドリンクを注文した。
そして、お互いの杯をチンと合わせて始まる会話。
ここからのトークは『一問一答』形式のつもりで慎重を期さなければならない。しかも、机上の試験と異なり、『恋の一問一答』の場合、間違えることが『正解』であることが往々にしてある。そんなリアルの妙味を知らない男に、『夜のサバイバル・チャンス』は決して訪れない。
僕は、繰り出す会話に細心の注意を払った。と同時に、匍匐(ほふく)前進の如き己のマインドを悟られぬよう豪快に杯を重ねた。
『繊細さと豪快さ』、相反する観念を巧みに織り交ぜたあの夜の『作戦』は完璧だった。流れるような小気味の良い会話を奏でながら、己にアルコールを流し込む。終始、楽しそうな彼女。
自分の作出した『流れ』に満足する僕。
「(これ以上、意識的に会話をするのは無粋。ここからは、流れに身を任せよう)」
そう思い、己の心の縛(いまし)めを解いた瞬間・・・本当に意識が飛んだ。
・・・次に記憶が手元に戻ってきたとき、僕はパンイチの格好でマイクを握っていた・・・そこは場末のカラオケ・ボックス。
すべてが、終わっていた。流れに乗れずに、飲み込まれていた。
『酒は飲んでも飲まれるな』
80歳になったら、お酒やめます。
※もちろん、その後、彼女から連絡は一切ありませんし、
そもそも、前提となるお話も僕の妄想に過ぎません。
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