兎(うさぎ)追いし かの山
小鮒(こぶな)釣りし かの川
夢は今も めぐりて
忘れがたき 故郷(ふるさと)
男にとっての故郷、古里といえば『おっぱい』、女性の乳房である。
大人になると故郷を忘れる不届き者もいるようだが、僕はそんな大人にはなりたくない。許される限り、可能な限り『里帰り』をしたいし、また、させて欲しい。いや、させて下さい。
そんな郷愁、望郷の念をけっして忘れない律義者の僕だけに、昨今の『おっぱい』事情に対して、一言述べておきたいことがある。
それは、『豊胸』なる施術について。
現状、総体としての『美容整形』がどの程度、世の中に浸透しているのか。正直、僕には実感として伝わってきていない。ひょっとすれば、僕の身の回りの女性たちの中には、顔面に細工を施した人もいるやも知れないが、僕の洞察力ではわからないし、今後も、言われなければ気が付かないだろう。
つまり、倫理的な是非は別として、顔面の施術は商品として『優れもの』、
「いい仕事してますねぇ」
とりあえず、僕という『フィルター』を介して見える世界では、そういうことになる。
では、『豊胸』についてはどうだろう。
残念無念ではあるが、僕は加工済みのおっぱい、俗称『偽パイ(ぎぱい)』をリアルに拝謁したことがない。しかし、僕は三十路を過ぎてなお衰えぬ向学心ゆえ、定期的に『エロDVD』を借りて学術的研鑽を重ねることをライフワークのひとつとしている。
そんな僕が『偽パイ』を見て思うこと、それは一言でいえば違和感。
自分の愛した場所が、自然の造形美が乱開発によって歪なものに変えられた。それを目の当たりにしたときの感覚に似ているのかも知れない。
「二足歩行ロボットASIMOも順調に進化しているのに・・・」
『豊胸』を選択する女性、理由は諸々あるだろうが、少なくと『美容』のためだけに選択するのは、まだまだ時期尚早のような気がしてならない。
「着衣時の『逆R』のフォルムをどうしても手に入れたい!」
もちろん、そんな女性の思いに僕が口を挟む権利などない。
それに、「男性が巨根に憧れるのと一緒よ」なんて文脈で反論されたら、僕は音の速さで宗旨替えするかも・・・。
まあ、自他共に認める『シリフェチ』の僕にとって、胸の大小はさして問題ではないし、小ぶりなその胸元に、押し出しを控えた自己主張、謙虚な佇まいを垣間見る審美眼を持ち、大和撫子の心意気を感じてこその『わびさび』の効いたエロなのでは、と思う次第でございます。
と、本音をひた隠して締めておきます。
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