前日のお話。


『バレンタイン』を控え、四条河原町も幾分、浮ついているような気がした。


行き交う人の流れも、いつもより弾んでいる気がした。祭りにも似たある種の高揚感。僕は好きだ。


昨夜、三条通りを東に歩いて三条小橋に差し掛かった時、熱烈な『口吸い』を繰り返すカポゥを見た。京都にいてもたまに遭遇するこの光景。


『愛は盲目』などと言うが、個人的には、人は恋をすると、物事の価値に対する共感をより強くする。この世界の様々な事象に、より高次の共感と可能性を見出し、常よりもむしろ、視力を強くするように思う。反面、恋愛対象の異性にばかり意識を奪われ、2人とその他の世界との交わり、関係性について近視眼的になる人たちもいるようだが、勿体ない。


いずれにしても、愛し合うこと自体は素晴らしい。お互いの想いが高まり、人目を憚らずに『口を吸い合う』その姿に、僕はさして不快な思いもない。


しかしながら、口吸い』に限らず何事においても『衆前』に晒した以上、それは目にした人の評価の対象になることを忘れてはいけない。


もちろん、僕が昨夜の光景に某かの感想を抱くことも致し方ないことであり、僕のそれは、彼の舌使い彼女の吸引力に対してではなく、「またか」と言う、既視感のようなものであった。おそらく、彼らが、


「日本の街中で公然とチュッチュしているカポゥは、男女ともにパンチの効いた風貌である」


なる僕の中の『不文律』に抵触したからであろう。


日本の街中で口吸い合うカポゥが、ハリウッド映画のワンシーンから抜け出してきたような美男美女であった試しは、ただの一度もない。


その法則の正しさを再認識した僕は、ひとりニヤニヤしながら帰路についたのであった。


本来なら、この法則に対する僕なりの見解、自論を述べたいのだが、かような日にクドクドとくだらない屁理屈を展開するのも無粋な気がしますので、またの機会に。



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