どうなんでしょう。

全国的に秋も深まって・・・なんて表現をしても

いいのでしょうかね。


京都は、日中は日差しが強い日もありますが、

夜になると、もう窓を開けては寝れないくらいの

涼を感じるくらいになっています。


さてさて気候的には本当に過ごし易い季節なんですが、

僕はどうも昔から秋が苦手でして。


と言うか、端的に言えばキライです。


外国はどうなのかはわかりませんが、日本人と言うのは

「年度」を基準に生活を営んでいると思います。


4月に始まって翌年の3月に締める。

このサイクルで学校も企業も動いていて、例えば、学生の時なら

4月に進級なり、進学によって周りのメンツが変わるでしょう。


春に出会い、夏前には気心も知れ、そして夏には皆で

ドキドキサマーを共有、満喫する。


その夏の熱情、祭りの余韻を残したまま秋がやってくる。

秋と言うのは足音を感じたと思ったら、夏の余韻を奪うように

とっとと過ぎ去っていきます。


そして寒い冬がやってきて、秋よりは遥かに長い冬の季節が

終わる頃には年度もあける。


つまり、別れの春がやってきて、その後にまた、

出会いの春がやってくる。


まあ、これは社会人の移動、転勤なども考えると大人になって

からも当てはまるのでしょう。


こんな感じで人と言うのは「年度」を過ごすと思うのですが、

僕はどうも秋がいけません。


何がいけないか。


秋に「別れの気配」を感じるんですね。


夏が終わるまでは、僕の周囲、愉快な仲間達との

熱情の宴、祭りが、それこそ永遠に続くのではないか、と思えるほど

一心に今、自分がいる、ある状態を謳歌しているのですが、

秋が来ると、秋の気配を感じると、


「この状態は永続しない。春には別れが来る」


それは当たり前のことなんですが、「諸行無常」を

思い知らされます。


これが冬になると、「最後にもうひと盛り上がり」なんて

気持ちになって、冬の終りには満足感を含んだ悲しみとともに

皆と別れを惜しむ。


そして、春の新しい出会いを経てしばらくする頃には、

その真新しい刺激に高揚して新生活をスタートさせるとともに

別れを惜しんだ気持ちなどきれいさっぱり忘却の彼方に

行ってしまうのですが・・・。


こうしてざっくりと考えてみても、どうも僕は

この「別れの匂い」を秋に感じるようで、秋が苦手で仕方が

ありません。


歳を経るにつれ、こんな情緒的、感傷的な感覚は僕に

関して言えば緩慢になってきてはいるのですが、やはり

あまり得意にはなれません。


もう少し書きたかったのですが、今宵はここまでに

致しとうございます♪


復帰早々、結論に至らず、つらつらと書いただけに

なりましたが、お許しください。


休んでいる時もクリックしてくれた方、

本当にありがとうございました。