帰りは下りのみなので、靴の裏で優しくペダルを

撫でてやるだけで自転車は前へ前へと進んでいく。


2人は余った力のすべてを会話に注ぎ込み、

車輪を並べて過ごす久しぶりの時間を満喫していた。


ポン太は、3年になったときのクラス替えが、エツの

心にいくらか影を落としていないか、少し気になっていたが、

エツの相変わらずの様子に、それが杞憂で

あることを確信し、ホッとした。


エツにはあまり欲というものがない。そして、欲がないぶん、

当然、見栄というものも希薄であり、その気質がクラスの

席次や周囲の評価などの普通の高校生とって重要な関心事

からエツを遠ざけていた。


ポン太を含めた友人達は、そんなエツの人柄に好意を

抱かずにはいられないのであるが、その「美徳」といっていい

エツの気質が、同時に、エツの勉学に向かう情熱に

水を差している事実を考えると、

「(人って難しいなぁ・・・)」

エツの無垢な横顔を見ながらポン太は、つかの間そんな事に

思いを巡らせていた。


そんなポン太の心の機微に全く気付かない天然のエツは

「大学行ったら何したい?」と先ほどポン太が投げかけた

問いに目を輝かせて答えていた。

我に返ったポン太の視野にエツの顔が戻ってくる。


「そらぁ、大学入ったら原チャリ乗り回さなあかんやろ♪」

あまりに幼稚な答えに不意を突かれたポン太は、上半身

大きくよじったり仰け反らせたりを交互に繰り返しながら、

内から湧き出る笑いの衝動にしばし身を委ねた。


ひとしきり笑ったあと、乱れた呼吸を整えたポン太は、

怪訝な表情でこちらを見ているエツに視線を合わせ、
「オマエ、アホやろ♪まあ、勉強はないと思ってたけど

原チャリが出てくるとは思わんかったわ♪」

と言い「ブホッ、でも・・・」と弁解をしようとするエツの

言葉をさらに遮って、

「エツは女に興味はないんか?」と続けた。

「ないことはないけど・・・」


この手の話をエツにしても的を得ない事を思い出した

ポン太は、下がった目じりを元の位置に戻し、エツから

視線を外す事でこの話題の終了をエツに告げた。


その後、しばらく無言でペダルを踏み続けていた2人の

前方にレンタルビデオ屋の看板が見えてきた。


この時、ポン太の目じりが再び下がりはじめていた事を、

すれ違う歩行者に気を取られていたエツは

見逃していたのであった・・・。


つづく


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